お仕置き
「仲直りするとは言ったものの」
食堂を覗いてみる。いない。シミュレーション室を覗いてみる。いない。艦橋を覗いてみる。いない。
「どうしたものか……」
ステラ中を徘徊しながら空は唸った。
同じ船の中にいるはずなのにイリーナを見つけられない。謝りたいのに、これでは話すらできない。
恐らく彼女は空を避けているのだろう。彼女がいそうな場所をかたっぱしから探しているが見つからないのだ。そうとしか考えられない。
避けられているとしたら厄介だ。イリーナは最強の共感覚を持っている。空の知らない方法で事前に察知されているのかもしれない。共感覚を持っていない空が見つけるのは簡単ではなかった。
「おっいたいた……なんや大変そうやな」
「なんだエン。俺は今忙しいんだ」
振り返りながら苦悩で冷めてしまった目を向ける。青い髪の少女がニヤニヤと笑っていた。
「シトラに聞いたで? イリーナに避けられてるんやってな」
「なんだよ笑いに来たのか?」
絶賛捜索中だ文句あるか。
思ったが空は我慢した。彼は大人な男なのだ。舌打ちの一つで勘弁してやろう。
「ちゃうて。協力してあげよう思てな」
「協力?」
「報酬は弾んでな?」
ニシシッと笑うエンに空はなんだか嫌な予感がした。
~~~~~~~~~
「という話だったわけだが」
「どしたんイリーナ。ウチに負けるんか?」
「んっ!」
「そうやその調子や」
エンの提案から三十分が経過したころ、彼女に呼び出された空はシミュレーション室に来ていた。
先客がいるからと覗いてみると、エンとイリーナが対戦している。どうやらエンが優勢らしい。スイとの対戦後、彼女の実力は一段上がったから、今のイリーナでは互角がいいところだろう。実力差は僅差だが、負けず嫌いの少女たちは些細な誤差を見過ごせない。
確かに空が来ても問題はないだろう。イリーナはエンとの対戦に集中しており、周りに気を配る余裕はなさそうだった。
「アカンなぁ。どうもイリーナは苦手や」
手持ち無沙汰な空がとりあえず壁にかけられた特注サイズのモニターを眺めていると、二人の戦いが終わったようだ。
エンは黄龍との相性が悪い。ミサイルの数が蒼龍の特徴だが、イリーナはミサイルの雨を引きはがせるほどの推進力を持っている。空のように先読みしなければ、そうそう攻撃は与えられない。
「んっ……」
「よ、よおイリーナ」
時間で言えば五時間ほど。空が落ち込んでいた時間とイリーナが逃走していた時間を合わせてもたったそれだけしか経っていない。
だけど空は言葉が出てこなかった。色々準備していたはずなのに、気まずそうな顔の無表情を前にしたらすべて吹き飛んでしまった。
「おっとウチ用事思い出したわ。そんじゃ」
わざとらしく右手を口元に当てて、エンが躍るような足取りでイリーナから離れていく。
「頑張りよ空」
すれ違いざまにエンが肩をポンと叩く。空は声に出さず、しかし頷いて彼女の激励に応えた。
せっかくエンがお膳立てしてくれたのだ。言葉が出てこないぐらいで諦めるわけにはいかない。
「……ん」
「ああ、待て。待ってくれイリーナ。まだ怒ってるとかそういうわけじゃないんだ」
エンに続くようにしてシミュレーション室から出ようとするイリーナの腕を掴んで、空は首を横に振った。
「……ん?」
イリーナが首を傾げて足を止める。どうやら話は聞いてくれるみたいだ。
「ああ、その、だな。悪かった!」
「ん?」
空はイリーナの髪を揺らすほどの勢いで頭を下げた。頭上から彼女の困惑するような声が聞こえてくる。
「イリーナにひどいことを言った。謝っても許してもらえないとは分かっているけど、それでも謝りたくって」
「ん」
「本当に悪かった。俺が勝手に心配しただけなのに、暴言を吐いちまって」
「んーん」
イリーナは空の両肩を掴んで頭を上げさせ、両手に力を込めることで無理やりひざまつかせた。低身長のイリーナを高身長の空が見上げる形になる。イリーナの首と下あごの付け根なんて初めて見た。
「い、イリーナ?」
彼女の意図が掴めない空は、とりあえず名前を呼んでみた。
イリーナは相変わらずの無表情だ。空や他のパイロットは考えが読めるようになってきたが、今の彼女が何を考えているのかは分からない。これは予想だが、感情を意図的に隠しているのではないだろうか。
怒っているのか分からない。だがまったくの平常心というわけでもないだろう。落ち着いているのであれば人を無理やりひざまづかせたりしないはずだ。
空がビクビクしながらイリーナの動きを待っていると、手を伸ばす彼女に頭を触られた。
「ん」
「空は悪くない? そんなことないだろ」
ナデナデ。
「ん」
「自分が知らないのが悪い? 元々は俺のエゴだ。イリーナは悪くない」
ナデナデナデ。
空とイリーナは首を横に振り、互いに互いの言葉を否定する。
「ん」
「ああ、そうだな。同じだな」
空は苦笑し、イリーナもわずかではあるが目尻を下げる。
ナデナデナデナデ。
「ところで、いつまで俺の頭を撫でてるんですかね?」
「ん?」
イリーナが小さく首を傾げる。小動物みたいだ。
未だ空の頭を撫で続けている手がなければしっかりと脳裏に焼き付けていただろう。
「いやとぼけるのは無理だからな? そんな純粋な目をされたとしても――わぷっ」
空の言葉を遮るようにして、イリーナは空いている左手で両頬を掴んだ。
「――ん」
「分かったよ。お仕置きだって言うんなら、甘んじて受けるとも」
空はそのままイリーナが満足するまでの三十分間、頭を撫でさせ続けた。
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次回は今日午後6時更新予定です。




