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信用して

 落ち着かない。

 イリーナが町に降りてから、空は何も手につかなかった。気晴らしにシミュレーション機を使ってみたが誘爆に失敗して堕ちてしまったほどだ。今シュテルンが出てくれば間違いなく空は負ける。


「イリーナは大丈夫だろうか」


 何をやっても上手く行かないが、それでも気を紛らわせたい空は当てもなく空母内を歩く。おかげさまで知らなかった立ち入り禁止エリアを三か所も見つけた。


「何? 道に迷うとでも言いたいわけ?」


 ついでに行き止まりの物が散乱している場所でシトラも見つけた。

 彼女はずっと空の後ろをついてくる。ただの散歩だと言ってもお構いなしだ。もしかして暇なのだろうか。


「違うよ。誰も知らない調整内容が気になるんだ」


 シトラの訝し気な視線を、空は苦笑いで受け流す。

 一度でも内容が聞けたらここまで気にならなかっただろう。もしくはスイと会う前だったら、これほど不安にならなかっただろう。

 だけど今の空は知っている。

 戦うために身を切った青年のことを、エイロネイアでも人体実験が行われていると、空は知っていた。


「気にし過ぎよ。今まで何にもなかったじゃない」

「だからって、これから何もないとは限らないだろ」


 戦力差が漠然としているから大丈夫と油断していれば、戦場で命を落とす。

 空はつい先ほど思い知らされたばかりだ。シミュレーションで心底よかった。


「シトラ。お前は確かに優秀な軍略家かもしれない。だけど、策士じゃない」

「何よ突然。アタシは策を考えるのだって得意よ」

「事実を認めるのが得意ってのは認めるよ」


 事実を事実のまま認める。それは立派な才能だと思う。空が異世界からの来訪者だと知っているのも、彼女の才能が大きな要因だ。

 シトラの考え方だけは、空も見習わなければと思っている。


「でもシトラは可能性の考慮が下手だよな。特に戦闘機に乗っていないときは」

「……空なら策士の才能があるとでも?」

「違うよ。だけどなんでか俺の不安が拭えないんだ」


 あからさまにカチンと来たらしいシトラがとげを含んだ声音になる。

 今のは地雷だった。言い方も悪かったかもしれない。

 空は笑って誤魔化した。シトラは不満を空気として吐き出した。どうやら空の思惑は伝わったらしい。


「なんや、またイリーナの心配か?」


 ふらふらと食堂の前を通りがかったら、今度はエンまでも見つけてしまった。

 手にはたくさんのスナック菓子の袋がある。まだ午前中だ。しかも何ならまだ朝食を食べてから二時間も経っていない。

 どんな胃袋をしているのか、今度問い詰めてやりたい。ついでに意地悪もしてやりたい。延々とお預けするのも楽しそうだ。


「エン聞いてよ。空ったらアタシのことを策士じゃないって言うのよ?」

「事実やん。猪突猛進やねんから」


 シトラが泣きつくように意見を求めるが、エンはその手をばっさりと切り捨てた。


「猪突猛進ってほどじゃないわ」

「どの口が言うん? 基本真っ向勝負のくせに」

「その方が確実じゃない」

「これやから猪突猛進ガールは」


 その言い方はやめてほしい。何かと危ない気がする。

 シトラの脳筋な考え方に、空とエンは同時にため息を吐いた。上司がこの考え方なのだ。命をかけている部下たちは頭が痛くなる。


「空の言い分も分からんでもない。確かに不安はあるんかもしれん」


 エンが分かりやすくシトラを視界から外した。もう構うつもりはないようだ。


「イリーナは最年少やし、アイツもいけ好かんのは確かや。ウチだって不安がないかと言えばあるんかもしれん」

「アイツ?」

「イリーナの調整を担当している職員よ。鳥肌が立つぐらい気持ち悪い奴なの」


 空が頭にハテナを作ると、シトラがすぐに補足説明を入れてくれた。

 どうやら二人ともイリーナの調整内容こそ知らないが誰が責任者なのかは知っていたらしい。その情報があるだけでも何かと調べられたのではないだろうか。


「でもな空。仲間やねんから、イリーナを信用してみいひん?」

「イリーナが信頼しているからソイツも信頼しろってか? それはさすがに暴論じゃないか?」


 仲間が信じているから信じろ、は危険な考え方だ。

 もしもその仲間がカルト集団を盲信していれば。もしも犯罪者の甘言に乗せられていたとしたら。

 間違いを犯そうとしているとき、その手を引き寄せるのも仲間の役目のはずだ。


「そうかもしれんな。だけど、戦いに集中せなアカン以上、大丈夫なはずの背後まで気配らなアカンのはしんどくない?」

「裏切り者はいない、か。そうだな。確かにいたらとんでもないもんな」


 否、それはない。

 いるはずだ。健太郎は既に存在していると踏んでいる。スイも独自に調査をしているはずだ。

 空は内心で首を横に振ったが、それを表に出す愚行はしなかった。シトラもエンも知らないのだ。むやみやたらと言いふらしてもいい内容とは思えなかった。


「裏切り者なんているわけないわ。エイロネイアにいる人間のほとんどはシュテルンを憎んでいるんだから」


 ――いるんだけどな。

 空は笑顔の仮面を被って、何なら同意の言葉を口にしながらシトラへと視線を向ける。

 彼女の顔は殺気立っていた。戦場で敵として相対したならば失禁してしまいそうな、恐ろしい顔だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後6時更新予定です。

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