表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/133

知らない方がいい

 青空を見通せる艦橋。水平線を心行くまで見られるのだから、案外いい職場なのかもしれない。


「健太郎、今大丈夫か?」


 イリーナが夕食を残した次の日、報告が必要だということなので空は艦橋に来ていた。

 健太郎なら何かを知っているだろう。空は聞きたいことがあった。内容はもちろん、イリーナの調整についてだ。


「ん? ああ、大丈夫。ちょうど休憩したかったところだ」


 眼鏡を外して眉間を指で揉む健太郎。

 どうやら今日もお疲れのようだ。こちらの世界に来てから健太郎が疲れていなかったことなどない。


「相変わらずの働き者だな。もう少し手を抜いてもいいと思うぜ」

「うるさいな。俺が手を抜けないのは知っているだろう」

「まあな。お前の真面目は死んでも治らないと思う」


 たかがゲームの攻略でノートにメモして研究しようなんて言うような人間だ。手を抜くなんてもっとも縁のない行為だろう。

 空は同情のため息を吐いた。難儀な親友を持ったものだ。


「それで、何の用だ?」

「司令官。イリーナに調整が必要らしい」

「……ああ、もうそんな時期か」


 感慨深そうに呟く健太郎。

 忘れていたというよりは、もうそれだけの時間が経ったのかと実感したかのような、そんな顔だ。


「シトラも言っていたけど、その調整ってのは定期的に必要なものなのか?」

「そりゃあ調整というぐらいだからな。機械だって定期的にしないと動けなくなるだろ」


 親友の知らない過去に触れられず、空は話題を変えた。

 健太郎の過去に何があったのかも気になるが、今はイリーナだ。健太郎のことはまた今度時間ができたときに聞こう。


「何をするんだ?」

「どうして気になるんだ?」


 質問に質問で返されてしまった。


「いや、シトラもイリーナ本人も調整ってやつの内容を知らなくてさ。そうなると気になってくるだろ?」


 予想はしていた。恐らくイリーナの調整とやらは機密情報だ。気になったからといって簡単に聞ける内容ではない。

 だが、機密情報ならスイの使っている薬品だって同じはず。そう思ったから空は何の策も聞いてみたのだが、どうやら失敗だったらしい。


「スイと、同じなのか?」

「ああ、なるほど。そういえば、空はスイの事情を知っているんだったな」


 たった一言で、親友はすべてを察したようだ。


「本人から直接教えてもらったからな。共感覚を与える薬についても知ってるよ」


 直接どこまで教えてもらったかは話していない。なぜだが健太郎は知っているようだが、それでもはっきりと告げる。


「だから直接司令官である健太郎に聞きたいんだ。お前は、イリーナにもスイと同じ苦痛を与えているのか?」


 空が気になっているのはその一点だけだ。

 スイは妹を連れ戻すためだけに実験体としてエイロネイアに捧げた。その結果彼は確固たる実力と地位を築いた。しかし代償に、彼は常に薬を手放せなくなった。副作用に悩まされるようになった。

 もしイリーナにも同じことを、まだ年端のいかない少女を何らかの実験に使っているのだとしたら、空はどうにかして止めなければならない。


「知らない方がいいことだってある」

「なんだと?」


 健太郎は首を横に振って、空に真実を話すことを拒否した。


「大体、お前がそれを知ったところでどうする。イリーナを黄龍から引きずり出すか?」

「引きずり出すわけないだろ。イリーナが望んで戦っていることぐらい知ってんだよ」

「なら聞いたところで意味がないだろう」


 そうだ。聞いたところで意味があるとは思えない。

 空は心の中で、健太郎に同意した。

 仮にイリーナが筆舌にがたき苦行を強いられていたとして、ゲーム好きの高校生にはたして何ができるのか。どうすることもできないのではないか。

 昨晩からずっと頭の中でグルグルと回り続けている疑問。全身を苛む無力感だ。


「イリーナは調整しなければ戦えない。そして戦えなくなる未来をイリーナ本人は望んでいない。なら、調整の内容なんてどうでもいいだろう?」

「……仲間なんだぞ。もし何かあったら」


 辛うじてでてきたのは、自分の無力さを誤魔化す綺麗ごと。

 どうすることもできないのだから聞いたところで意味がない。深入りするな、とも聞こえる。

 健太郎はエイロネイアに関するすべての情報を持っていると言っても過言ではない。だからこそ親友をこれ以上深くまで引きずり込みたくはない。

 そう考えていたとしてもおかしくない。いや、そう考えているんじゃないだろうか。そう考えているに決まっている。


「調整をする職員だってエイロネイアの仲間だ。お前は仲間を疑ったりしないよな?」

「くっ、分かったよ。俺独自で調べればいいんだろ」


 分かってる。何もできないのは。

 それでも何もしないのは話が別だ。


「好きにしろ。ただ厄介ごとだけは増やすなよ」


 健太郎は手をヒラヒラと振って、空に下がるよう命じた。

 多分これはヒントだ。厄介を増やさなければ、真相にはたどり着けないのだという。

 空は健太郎の顔を見る。彼は本心を隠す笑顔の仮面を被っていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は今日午後6時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ