機体トラブル
朝日が目に刺さる。今は何時だろう。断言できるのはいつもならまだ布団の中でぐっすりしているということだけだ。
ステラ所属のパイロット四名は、朝日が昇る瞬間を高度一万メートルで目に焼き付けていた。
戦闘機は夜間の飛行に適さない。しかし四人の戦闘機には自動操縦が搭載されている。長距離の移動なら問題はなかった。もっとも空以外は夜間戦闘も想定して訓練しているのだが。
『大丈夫か?』
『心配しないでも大丈夫なんだな』
シュテルンが出た。
母艦が出張ったわけではないようだが、それでも数は多いそうだ。
エンはあくびを噛み殺して通信を聞き流す。気が抜けていると兄に怒られたらたまらない。
空は出撃してからずっとスイを気にかけている。この通信も十分前に聞いたやり取りとほとんど変わらない。
『空。集中しなさい』
『分かってるよリーダー』
ついにシトラに怒られた。ただ話を聞いてただけのエンは、可哀想にと心の中で合掌する。
聞いていた話だとシュテルン共と会敵するのはもうすぐだ。
するとタイミングを狙ったように、エンのレーダーに反応が現れた。
「目的捕捉。敵機数は二百七十三」
口調が固くなるのは、先の出撃で兄に怒られたからだ。結果として空の助力があって沈静化されたけど、もう一度掘り返す話題ではない。
シミュレーションで数える練習をしといてよかった。
エンは練習の成果に一人で何度か頷いた。
『ん』
『了解。イリーナはこぼれ狙いね。他は?』
場数はかなり踏んできた。今やシトラやイリーナの動きは聞かなくても分かる。
シトラがわざわざ確認してくるのはまだ連携の甘い二人がいるからだろう。以心伝心とは程遠い以上、しっかり息を揃えられるよう考えて行動しなければならない。
「ウチは中央を叩くわ」
『俺は突っ込む』
すっかり定着してきた空お得意の連鎖特攻に、エンは苦笑せずにはいられない。
初見時は誰もが目を疑う神風特攻。空がまだ生きているのは、彼の持つ技量がそれだけ桁外れだからだろう。
エンも、それと隠しているつもりみたいだけどバレバレのシトラも、彼の戦い方を真似できるよう練習しているが、未だ成功率は五割を切る。落とした爆風で相手を巻き込みつつ自分は巻き込まれないようにすることは難しい。連鎖的に膨れていく爆発をすべて計算しなければいけないのだ。
エンたち三人を瞬殺した空との実力差は、簡単に覆るようなものではない。
『ボクは……エ……な』
『なんですって? スイ通信が聞こえにくいわよ』
『ザザーッ』
とうとう雑音しか聞こえなくなった。
『……どういうこと? ノイズしか聞こえないんだけど』
「おかしいやろシナスタジアはノイズなんて――まさか」
エンは嫌な予感がして、急いで操縦桿を横に倒してスイの様子を探りに行った。
シナスタジアシステムを使っていてノイズが入ることはあり得ない。脳と脳で直接語り合っているような状態だ。雑音が入る余地など存在しない。
「兄さん? 兄さん聞こえる?」
通信を飛ばしてみるが、相変わらずノイズしか聞こえない。
通信が使えないのなら仕方ない。エンは操縦桿を操作して上下を逆にする。そしてスイの機体に近付く。
コクピットを直接覗いてみると、口パクで何かを訴えているスイがいた。何を言っているのかは分からない。しかし何かを言っているのだろう。口を動かしているスイに、エンは色を感じた。滅多にみられるものではない、焦燥の色だ。
『エン?』
「兄さんは機体トラブルみたいや。ウチが誘導して撤退する」
シナスタジアに何か問題が起きたのは間違いない。つまりスイは戦える状態じゃないということだ。
エンはリーダーに撤退することだけを伝えた。戦えない以上、敵の真正面で一人撤退させるわけにもいかない。
『了解。空』
『なんだ?』
空は返事代わりに疑問符を浮かべた。
内容はある程度予想しているのか、少しだけ口調が冷たい。
『エンたちの援護に回って』
『……いいのか? 数が多いんだろ?』
『分かってるわ。全部アタシが落とす』
頼りになる言葉だ。さすがは自称最強のパイロット。
もっとも恐ろしいのは、シトラは本当に宣言した通り一人でも何の支障もないことだ。時間こそかかるが、シュテルンごときに遅れをとるような生半可な腕ではない。
――もしも一人で戦えへんなら、今すぐでもリーダーを交代したる。
エンが口の中で呟いた言葉は、彼女の本心だった。
『ん』
『そうね。イリーナもいるし、たかが二百機ぐらい余裕よ』
『了解』
空も編隊から外れ、既に撤退を開始したエンたちの後を追った。
『ああ久しぶりに全力で戦えるわ。最近空においしいところは全部譲ってたし、楽しませてよね』
『ん』
シトラとイリーナがそれぞれ鬼も裸足で逃げ出しそうな獰猛な表情になっていることを、共に戦ってきたエンだけは知っていた。
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スイは胸を抑えながら機体を操縦していた。
通信は使えない。薬が切れて、仮初の共感覚が無くなろうとしているのだ。共感覚がなければミサイルのロックオンもできない。スイの機体はエンほどではないにしても多数のミサイルこそが強みだと言うのに、長所は見事に潰されていた。
「……くそっ、困ったな」
片手で機体を完全に制御しつつ、コクピットに取り付けられているスイッチをカチカチと色々試してみる。だが根幹のシステムが使用できなくなったのだ。復旧に手間取っていた。
「ん? エン?」
頭上から視線を感じて、鏡映しのようにぴったりと並行しているエンに視線を移す。
彼女は左手を上げて指をクルクルと動かしていた。
「どこで覚えたんだろうな。今はもう使われなくなったはずなんだけどな」
その動きに見覚えがあったスイはサムズアップで答える。
二人がしたのはハンドサイン。シナスタジアシステムが開発されてからすっかり利用されなくなった、旧世代の通信系統だった。
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「大丈夫か? 聞こえないか」
空の通信はシナスタジアシステムの傍受が可能な旧式モデルだ。電波を飛ばして連絡する、空の世界では主流だった通信機だ。
だから薬の切れたスイにも届くと思ったんだが、残念ながらその目論見は外れた。
『空、どうするん?』
「言ってたじゃないか撤退なんだろ?」
『でも、回ってきてるで』
空が通信機からレーダーに視線を移すと、確かにいくつかの光点が後を追ってきていた。
シトラたちがいくら強いからといっても相手は二百機だ。取りこぼしはどうしても出てきてしまう。
「チッ、面倒だな。数は?」
『また数えなアカン?』
「いや、やっぱりいいや。一回でいけるか?」
『ギリギリ足らんかな。ウチ一人やと』
「分かった。援護は任せてくれ」
スイから離れて、蒼龍が無数のミサイルを放った。
一つのミサイルが一つの円盤へと向かっていく。それが無数対無数だ。
シナスタジアシステムは脳に直接リンクして制御していると聞いた。つまり全部頭の中でロックオンしているということだ。
どんな頭をしていれば一つのダブりもなく、無数のミサイルをすべて命中できるのだろう。
「ほらよ落ちていけ」
何機か取りこぼしが生じたのでエンに誘導を任せて空は撃退に向かう。
数が少ないから誘爆は狙えない。撤退戦なんてしたことがないからパターンが分からない。
だからどうせ落とすならと真正面から向かってみたのだが、どうやら空の判断は正しかったようだ。円盤たちの行動パターンが変わったことで、難なく空に落とされていった。
だが、例外は存在した。
「しまっ」
『見えとんで』
空の横を通り抜けようとした円盤がミサイルの直撃を食らい爆発した。
「ナイスだエン」
『これぐらいお安い御用や』
「ははっ。頼もしいな」
空は渇いた笑い声を出してから、自分の頬を叩いて集中する。かかっている命は一つではないのだ。余裕だとか考えるな。
空たち三人が戦線を離脱してステラに戻るまでの間、シトラの血気盛んな叫び声がずっと通信に入っていた。この間だけ、空はスイを羨ましいと思った。
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次回は明日午前8時更新予定です。




