仲良く飯を
日が落ち、暗闇に包まれた海の上。
灯りになるのは夜空の星か、まだ仕事中の艦橋ぐらいだ。
「食い過ぎた」
すっかり定位置になった甲板端で、空は背後の灯りを頼りに足元を流れていく波を眺めていた。
エンと大食い対決なんてするんじゃなかった。無謀な戦いだというぐらいは事前に分かっていたはずなのに。いや、仕方ないか。
空はげっぷ交じりのため息を吐く。
ウチより食べられへんの、なんて女の子に言われて黙っていられる男なんていないだろう。ニヤニヤと笑っていたらなおさらだ。
結果は聞かないでほしい。彼女は二桁のハンバーガーを既に平らげていたはずなのに、ハンデにはならなかったとだけ言えば分かってもらえるだろうか。思い出すだけで腹が立つ。
「空君」
「んー?」
二重の意味で嫌な記憶に蓋をして、空は肩越しに背後を振り返る。暗闇に隠れるようにして、薄緑色の髪があった。
「珍しいな健太郎以外と会うのは」
「何の話かな?」
「こっちの話だよ」
空は何でもないと言って、視線をスイから眼下に広がる暗闇に戻す。
戦闘機は夜間戦闘に適さないそうだ。視界が悪くなるからだと思っていたが、その認識は直さなければいけない。吸い込まれそうな暗闇だ。引き込まれてしまえば最期、生きては帰れない。
「ありがとうなんだな」
「は? 何が?」
空がゾッと背筋が凍る気分を味わっていると、スイに感謝された。
「とぼけないでほしいんだな。仮初ではあるけれど、ボクだって共感覚は持っているんだな」
「何の話だよ。俺はスイにお礼を言われるようなことをした覚えはないぜ」
いや、ホントに。とぼけるとかじゃなくて話聞いてなかったんだが。何のことについてのありがとうなんだ。
空の頭の上にはいくつものはてなが浮かんでいた。
「むぅ。本気で言ってるみたいだな」
「だから何度もそう言ってんだろ」
スイが頬を膨らませて、不満をあらわにする。
こうしてみると本当に男かどうか疑わしくなる。風呂場でも直視できなかったから本当についているのかどうか不明なままだし。実は性転換薬で本当に性別が変わっているとかないだろうか。さすがに気持ち悪いな俺。
空は自己嫌悪した。家族同然に思っている友人に対して抱いていい感情ではない。
「ボクのためにパーティを開いてくれて、本当に感謝しているんだな」
「パーティ? ……もしかしてさっきのハンバーガー大食い大会のことか?」
うぷっ。
思い出したら吐き気がこみあげてきた。
「気にすんなよ。俺が食べたかっただけなんだから」
「一人で食べるだけなら大食い大会を開けるほど作らなくてもいいんだな」
空が復活した吐き気と戦っていると何となく察してくれたのだろう。スイは苦笑いを浮かべながら割と正論を並べた。
「途中でシトラとイリーナも手伝ってくれたからな。思ったより捗ったってだけだ」
嘘ではない。二人が手伝ってくれたから、特にイリーナは何だか楽しくなってきたらしくずっと鼻歌交じりだった、全員が満足できる量が用意できた。
「君が席を外してから、エンに聞いたんだな」
ジトーと音が出そうな目で、スイが睨んでくる。
なんだろう。顔に何かついているのだろうか。
空は顔に手を当てて、割と真面目にすっとぼけてみる。
「ボクが好きなものを聞いたそうだな?」
こうかはいまひとつのようだ。
「ったく口の軽い奴だな」
空がハンバーガーを作ろうとした真の理由は、スイとエンに食べさせたかったからだ。
シトラとイリーナが手伝ってくれたから他の乗組員にも配れただけで、本当は二人だけを喜ばせたかった。
もっとも、エンの満足してくれる数が分からなかったので、とりあえずこの船に乗る全員分を目安に考えてはいたのだが。
空の目的を知っているのは空本人ともう一人、きっかけをくれたエンだけだ。
「ボクの、ボクたち家族の事情を知ったからかな? 気を使わせてしまったんだな」
「それは違うぞ」
空は言葉を被せ気味に否定する。
確かにタイミング的にはそう受け取られても仕方ない。スイもエンも鈍感じゃないから、自分たちが関係しているぐらいは感付くかもしれない。そして申し訳なく思うのもいつぞやの喧嘩のときに実証済みだ。
「まあお前らの事情を聞いたってのがそもそもの理由ではあったけど、気を使ったつもりはまったくない」
発端だ。それは否定しない。スイと裸で腹を割ったあの話がなければ、わざわざ空が調理室に籠ることもなかった。
だけどそのことについてスイが何か思うのは違う。空はそのために一肌脱いだわけじゃない。
「家族を嫌ったエンと、嫌われた家族であるスイが仲良く飯を食う時間を提供したかっただけだ」
肩を落としているスイにもしっかりと届くよう、空はその瞳を真っすぐ見据えて言った。
「お前らの話を聞く限り、一緒に飯食べたことはほとんどなかったんだろ?」
「そうだな。ボクの記憶では一度もないな」
「だからだよ。同じ釜の飯を食うって言葉があるんだ。仲を良くするには一緒に飯食えって意味なんだけどよ」
多少の間違いはあるかもしれないが、空はそんな細かいことは気にしない。
「形から入ったほうがいいときってのもあると思うんだ」
スイは目を丸くしていたが、すぐに顔を俯かせる。宵闇のせいで表情は伺えない。
「君にはホント、迷惑をかけてばかりだな」
「何を言ってんだ。互いの背中を守るのが仲間ってもんだろ? お前は仲間の危機を救って迷惑だと感じるのか?」
スイは無言で首を横に振った。
「君には敵わないな」
「なんだって?」
ぼそりと呟いたスイに、よく聞き取れなかった空はもう一度と聞き返す。
「シミュレーションで勝ったのはボクなのにって言ったんだな」
「言うじゃねぇか。次は負けねぇよ。何なら今すぐ実践してやろうか?」
「いや遠慮するんだな」
「チッ勝ち逃げかよ」
空は立ち上がり、スイに手を差し出す。気分も大分よくなってきた。もう一歩間違えれば海に真っ逆さまの暗闇に腰かける必要もない。
スイは空の手を取り、タイミングを合わせて立ち上がる。その顔は暗闇でも分かるぐらい、不敵に笑っていた。
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