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ハンバーガー

「げっ」

「エン……」


 無機質としか表現できない白い壁が続く十字路の真ん中で、エンとスイはエンカウントした。


「あの戦い方はよくないんだな」


 スイから出てきたのは、戦闘の反省についてだった。

 本当はもっと別の話題を使いたい。空にも言われた。エンを幸せにするのはスイの役目だと。

 しかし、身内が家族を幸せにするなんて考えたことがなかったスイは、未だその方法を見出せていなかった。おかしな話だ。戦場では瞬時にひらめくのに、戦闘機から降りるとこうも頭の回転が鈍くなるなんて。


「分かっとうよ。空の真似やねんけどな」

「また空君か。彼にも困ったものなんだな」


 空、空、空。誰も彼もが同じ名前を口に出す。

 スイは立場上、ほとんどのパイロットと面識がある。知らないとすれば最近入隊した新兵、例えるなら空のような、だけだ。当然シトラたちと話をしたのも一度や二度ではない。

 シトラはもっと寡黙な人間なんだと思っていた。口を開けば戦術論、常に眉を寄せていていつも何かに追われているみたいに焦っていた。彼女が笑えるだなんて想像すらしてなかった。

 イリーナは人間嫌いなんだと思っていた。言葉を話さず他者との接触を避け、なお近づいてきた者は容赦なく投げ飛ばしていた。彼女が飼い犬のように誰かに懐くことができるなんてまったく知らなかった。

 エンだってそうだ。スイと再会するたびに顔を真っ青にして会話なんてできなかったのに、今では笑みすら浮かべている。

 三人が変わった原因の中に、必ず空はいた。まるで彼を中心にして世の中が回っているようだ。

 そしてスイもまた変えられようとしている。そもそも彼がここにいる理由だって空が作ったのだ。


「せやな。ウチらの常識はまるで通じひん。まるでどこか別の世界から来たみたいや」


 エンの笑顔を見せながらの冗談に、スイも思わず吹き出した。

 実は冗談ではなく本当に異世界から来たのだが、真実を知る者はこの場にいなかった。


「おっいたいた二人とも」


 冗談によって砕けた雰囲気のまま何年ぶりかの談笑をしていると、空に声をかけられた。走って探していたのか、わずかに肩が上下している。


「噂をすればなんとやら、だな」

「何の話だ?」

「空はカッコええって話してたんよ」


 息を整える空に、エンは家族には決して見せなかった心からの笑顔を浮かべてからかう。


「はぁっ? まあいいや。ちょっとついてきてくれよ」

「なんや? 何かあったっけ?」

「いいからいいから」

「ボクもなのかな?」


 空はエンとスイ、二人の手首を掴んで引っ張る。


「もちろん。二人ともだよ」

「司令官が呼んでるとか?」

「違う違う。いいから来いって」


 すごく怪しい。

 目的をはぐらかそうとする空にエンも同じことを感じたのか、兄妹で顔を見合わせた。


「まあえっか。別に急ぎの用事があるわけでもないし」

「そうだな。シュテルンでも出ない限りは大丈夫なんだな」


 振り払おうと思えばいつでも空の手を振り払える。しかし、エンもスイも彼を受け入れた。

 害意は感じない。まるでおもちゃを欲しがる子供が親を誘導しているみたいだ。きっと彼が何か危害を加えてきたとしても、子供のいたずらみたいに笑える範疇だと思う。

 それにスイもエンも空のことを心から信頼していた。




~~~~~~~~





 空に連れられて、二人は食堂までやってきた。


「……なんやこれ?」


 三人の中で一番ステラの食堂に付き合いの深いエンが代表して口を開く。

 パイロットは時間の制限がないが、ほとんどの乗組員は決まった時間割というものが存在する。本来ならパイロットたちが合わせない限り他の乗組員と一緒に食事はできない。

 だが、目の前にはたくさんの乗組員がいる。

 所せましと食堂で談笑している乗組員。ステラに乗っている人間のほとんどが食堂に来ているのではないだろうか。それぐらいの数がいる。普段はシフトで勤務形態を決められているステラではあり得ない光景だ。


「あら遅かったじゃない。食い意地の張ったアンタのことだからすぐに来ると思ったのに」

「ん」

「二人もおるんか……って誰が食い意地張ってるや!」


 シトラとイリーナんにからかわれながら、エンも雑踏の奥へと消えていった。

 その場に残された空も一度食堂の奥へと消える。


「待て待て。帰ろうとすんなよ」


 とうとう一人になったスイは状況を理解できないまま、部屋へと戻ろうと踵を返す。戻ってきた空が慌てて呼び止めた。

 そして食堂の並べられたテーブルから取ってきた中身入りの包み紙を手渡す。


「……それはなんだな?」

「ハンバーガーだよ」

「はんばーがー?」

「やっぱり知らなかったか」


 空は苦笑した。世俗的なものなんて食べさせない、みたいな教育をする家庭があるなんて思わなかった。てっきりフィクションの中だけの話だと思ったのに。


「百聞は一見に如かずだ。とりあえず食べてみろよ」


 空の許可を得て、スイは丁寧に包み紙を取り、大口を開ける文化がないのかぎこちなく一口くわえた。


「――おいしいんだな」

「だろ? 頑張って作ってみたんだ」


 目を丸くするスイに、空は心の中でガッツポーズをした。

 ハンバーグは得意料理だ。だけどハンバーガーとなると作ったことがなかったし、そもそもスイの口に合うかどうかも分からなかった。

 喜んでくれたのなら何よりだ。これで第一段階は成功した。


「空君が作ったのかな?」

「ああ。食堂はやっぱり栄養バランスを考えてメニュー決めてるからさ。ファストフードなんてジャンキーなもんがたまに食べたくなるんだよ」

「食べたくなったから自分で作るなんて、空君もなかなかなんだな」

「いいだろ別に。ほら早く食わねぇと誰かさんが全部食べちまうぜ」


 空は視線を食堂の奥へと向ける。

 エンたちが消えていった方向だ。何が行われているか、空は既に予想していた。


「いやーまさか船でハンバーガーが食えるなんて、幸せやわ」


 エンが大声で幸せだと連呼しながらハンバーガーを口に運んでいた。掃除機も逃げ出すぐらいの吸引力だ。彼女の周りには既に包み紙が散乱している。


「……知らない間にエンも成長していたみたいなんだな」


 成長と呼んでいいのか微妙なところではあるが、嬉しそうに微笑んでスイも再びハンバーガーに口をつける。


 この日行われた空発案ハンバーガーパーティは大成功だった。

 あまりの盛況ぶりに食堂のメニューに新しくハンバーガーが追加され、青髪の少女と備蓄をかけた果て無き戦いが始まるのだが、それはまた別のおはなし。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前8時更新予定です。

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