誰だお前ら
やっとヒロイン出せた……
気が付けば寝ていたらしい。まぶたの向こう側から光が貫いてくる。
記憶が確かなら今日は祝日だったはずだ。なら二度寝に突入しても誰も文句は言わないだろう。健太郎だって昼まで起きないだろうし。
空は寝惚ける頭で記憶を掘り起こし、ごく自然と生理的欲求に身を委ねる。
本日は月曜日であり、祝日は先週の話であって今日自体はなんでもないただの平日であり、本当なら二度寝してしまうと十中八九遅刻となってしまうのだが、空はそのことに気付かない。
しょうがないのだ。興奮のせいか寝つきが悪く、結局午前四時ぐらいまで意識があったのだから、二度寝したくなってしまうのは仕方がない。むしろ明るいからという理由で朝に目が覚めたことを褒めてもらいたいぐらいだ。
恐らく数時間後に繰り返されるだろう言い訳が頭の中に浮かんだがスルーして、空は再び夢の世界へと旅立とうとした。
「あっこらイリーナ」
そう、旅立とうとした。つまり旅立てなかった。
もぞもぞと、空の布団で何かが蠢いている。
ペットではない。そもそも空は一人暮らしでペットを飼っていない。虫、でもない。虫にしてはサイズが大きすぎる。例えるなら小学校高学年ぐらいの、まだ大人ほどではないが十分大きくなった人間並みのサイズ。十分に寝るスペースを圧迫しており、逃げようにも寝返り一つできないほど一人用のベッドを陣取っていた。
もぞもぞ、もぞもぞ。
――なんだうっとうしい。
普段なら、それこそエイロネイアをプレイしている最中の空なら、この状況に対して第六感が異常だと騒いでいただろう。しかし、今の彼は寝起き。しかも二度寝の邪魔をされて機嫌も悪い。
警戒よりも先に障害を取り除きたいという気持ちが沸き上がり、空は日の光が網膜を殴りつけてくるのを我慢して目を開けた。
「……ん」
鼻が当たりそうなほど近くにある十二、三ぐらいの美少女の顔と目があった。
空はすぐに目を閉じた。
どうやらまだ寝ぼけているようだ。一人暮らしなのに自分ではない人間が同じ布団に入っているなんて、それも一目見て分かるほどの美少女と、だ。信じられない。きっと夢だ。そうに違いない。
「ん?」
例え、目が合ったのにすぐまた眠りについてしまった人間に困惑する鈴のような美しい吐息が聞こえてきたとしても、これは夢なのだ。
「どうやイリーナ気持ちええか?」
空の布団から少し離れた位置から、別の女性の声が聞こえてくる。
軽そうな足音が近付いてきて、ベッドのすぐ隣で止まった。頬に視線が刺さっている気配を感じる。
どうやら未だもぞもぞと空の安息の地を浸食しようとしている少女の名はイリーナというらしい。すごくどうでもいい情報だ。今なら夢ってことにしておくから即刻お帰り願いたい。
「ん……ん?」
「いやいや、ウチは無理や。狭いし」
「狭くなかったら入ってたわけ?」
呆れた声が聞こえてきた。また別の人間の声だ。
声の位置からして恐らく部屋の入口か。壁に物が当たる音が一つして布がこすれる音がしたから多分壁にもたれかかって腕でも組んでいるんじゃないだろうか。というか、それ以外で何をしているのか想像もできない。ええ決して、役得があるかもと期待などしていない。
空は思春期特有の桃色の妄想を、ようやくベストポジションを見つけたのか動きを止めた少女に気付かれないよう極力小さくしたため息と一緒に吐き出した。どうでもいいが、完全に抱き着かれている。
これで三人。
空の思考はとっくに目覚めていた。だからこそ、今置かれた状況がどれほど異質なのか理解していたし、危険を取り除くためにはどうすればいいか考えていた。
正体不明の三人が一人暮らしの人間を取り囲んでいる。
正直言って、まだ直接危害を加えられていないことが不思議でなかった。寝ているから油断しているのだろうか。いや、イリーナとやらと空は目があったのだ。実は目を覚ましていることなど気付かれていると思った方がいい。
ならどうして、未だ手を出してこない。いや抱き着かれてはいるが、それは別。役得だからぜひお願いしたい。じゃなくて。意識したら急に甘い匂いが。でもなくて。
「怖い顔しなさんな。せっかくの美人が台無しやで?」
「否定しないのね」
理性と欲望が第三次世界大戦をしていると、女性二人のやりとりが聞こえてきた。
片方が軽口を叩き、もう片方がさらに呆れて重たいため息を吐き出す。
なんだろう。警戒するだけ無駄な気がしてこなくもない。
そもそも危害を加えるのならとっくにしているはず。寝ているからという理由がない以上、少なくとも目撃者は排除するみたいな物騒な犯罪者ではないはずだ。自信はないが、多分そうだろう。そうであってほしい。
「誰だお前ら」
空は大変名残惜しいが抱き着いてきていた少女を引っぺがして両手を支えに上体を起こす。
ベッドに近付いてきていた声も、予想通り部屋の入り口で壁に寄り掛かっていた声も美少女だった。
思わず息が詰まる。
ゲームセンターにいた頃はこんな嬉しいハプニングに巻き込まれるなんて予想していなかった。妄想はした。しかし、現実に起こるとは塵ほども思っていなかった。
「なんや起きとったんか」
「質問に答えろよ」
何が楽しいのかニコニコと笑っている美少女その二の声で我に返って、空は緩んでいた意識を強く縛り上げる。
ちなみに体を支えている右手に絡みつこうとしてくるさっきまで添い寝をしていたのが美少女その一。壁にもたれかかったまま訝しげに目を細めているのが美少女その三だ。
「人にもの頼む時は相応の敬意を示せって習わなかった?」
「不審者に敬意もクソもあるか」
「ん」
「言う通りやな。諦めシトラ。この人からしたらウチらは不審者同然や」
美少女その三がいかにも不機嫌ですと言わんばかりのしかめっ面をしてきたので、空も負けず劣らず眉間にしわを寄せて言い返した。
驚いたことに美少女その一とその二も空の味方をしてくれた。
「アンタどっちの味方よ」
少女その二を睨むその三。さっきからのやり取りを聞いた限りだと、もしかしたらそれほど仲が良くないのかもしれない。
「ん」
「イリーナまで」
美少女その一が頷くと、その三は驚いたような顔になる。
やがて、自分の味方が一人もいないのだと察した美少女その三が盛大に舌打ちをした。
「アタシの名前はシトラ・バール・レイ。少なくとも今危害を加えるつもりはないわ甲破空」
美少女その三改めシトラと名乗った少女は、不機嫌を露わにしてそっぽを向く。
空の額に青筋が走りそうになった。なんという態度だ。仲良くなれそうにない。
彫刻のような美しさだった。金色の髪は二つに結われ子供っぽい印象を与えるというのに整った顔立ちが幼さを魅力の一つに変えている。日本人ではあまり見ることのない吊り上がった青い瞳からして外国人なのだろうか。生意気な言動の陰では日本語を真面目に勉強してきたと思うとなんだか笑ってしまいそうになる。
スレンダーな体には不思議な迫力があった。彫刻のような顔立ちもあるだろうが、何よりも無駄のない肉付きが理由だろう。やせ細っているというわけではなく、欠かさぬトレーニングで体形を維持しているような雰囲気だ。抜き身の刀のようだと言えば伝わるだろうか。
きっと男なら誰しも目が行ってしまう箇所にほとんどふくらみがないのも弛まぬ鍛錬の結果だろう。
空は哀れみの視線を送らずにはいられなかった。
「すまんなぁシトラは態度が悪うて。ウチはエン・ジュンシン。よろしゅうな」
「よろしく」
エンと名乗った美少女その二から差し出された手を握り返して、空は初めて自分の警戒をすり抜けられていることに気付いてすぐに距離を取った。
常にニヤニヤと何が楽しいのか顔を緩ませている彼女は、しかし下品だという印象を与えなかった。仕草の節々で気品を感じるからかもしれない。お金持ちだと紹介されても納得してしまう。
シトラに負けず劣らずの美少女は、薄い水色の髪を後ろで一つにまとめていた。地毛、ではないだろう。この世界に地毛で青髪なんているはずがない。いやいるのかもしれないけど、なんとなく彼女は違う気がした。
纏う雰囲気がシトラと正反対の彼女は、体つきも対照的だった。
柔らかい印象を与えるのは全体的に肉付きがいいからだろう。指で突けばどこまでも飲み込んでしまいそうだ。しかし締めるところはしっかりと締めている。
音で表すならボンキュッボーンだ。
「ん」
いつの間に掴んでいたのか、空の袖を引っ張りながらイリーナと呼ばれていた添い寝系美少女が小さく首を傾げた。
自分でも背が高いと自負している空を自然と見上げる形になるのはイリーナの身長がこの場にいる誰よりも低いのが原因だ。犯罪のにおいがする。
「この子はイリーナ。イリーナ=ペトルシキンや。ほら挨拶しい」
「ん」
話ができないのだろうか。エンが代わりにイリーナの名前を教えてくれた。
エンに促されて、イリーナは一歩下がってちょこんと頭を下げた。
抱く印象は変わらず、十二、三ぐらいの小学生から中学生にあがったぐらいに見える。
肩にかからないぐらいの銀髪。色白の肌に何よりも目を引くのが真っ赤な瞳。いわゆるアルビノという奴なんだろう。怒られるかもしれないが同情せずにはいられない。
体つきも年相応というかなんというか、全体的に小さい。小学生特有の潤いのある肌に発展途中のむっちりとした体。空と一緒に町中を歩いていると本当に職務質問されそうだ。彼女と二人きりになるのは極力避けた方がいいだろう。
「……なんで知っているんだ。俺の名前を」
三人の自己紹介が終わり、空はますます顔をしかめながら新たな情報に警戒心を強めた。
彼女たちの正体が何者なのか、結局分からなかった。それだけではない。空はまだ名乗っていなかったにも関わらず、シトラは自分の名前を言い当てた。
つまりこの三人はたまたま押し入った家に空がいたというわけではなく、空を狙ってこの家に侵入したということになる。
気付けば三人ともが同じ服を着ている。青を基調としたワンピースのようだ。胸から腰にかけて二列ボタンが並んでいる。制服、のようにも見えた。
空に警戒された三人が顔を見合わせる。その様子は空が事情を知らなかったことに困惑しているようだった。
「運命のなせる技や」
「そんなわけないでしょ」
まずはエンがふざけて、一瞬でシトラに否定された。
「すぐばらしたらつまらんやん。この堅物」
「時間ないって知ってるでしょ。遊んでいる暇ないの」
「いけずぅ」
エンが艶のある唇を尖らせる。不満げな彼女に空は来るものがあったが、少なくともシトラは何とも思わなかったようだ。もしかしたら、彼女たちにとってこれが普通なのかもしれない。
――シトラってのが主犯格らしいな。
空は彼女たちのやり取りを眺めながら、不審者たちの立ち位置について考察を重ねた。
イリーナは一番幼い。よって三人のリーダーが務まるとは思えない。事実彼女はさっきから一言二言しか話をしていないし、自己紹介では通訳を必要とした。通訳の必要なリーダーでは迅速な行動というものが取れないはずだ。よって彼女はトップに立てる人間ではない。
よってシトラかエンのどちらかがリーダーなのだと考えていたが、どうもシトラの方が立場が上のようだ。思えば暴走する二人をシトラが諫める場面が多々あった気がする。シトラが優秀だと言うよりは他の二人に任せられないと判断すべきだと思う。
「そういうわけで、アタシたちはアンタの質問に答える義理も時間もないの。ついてきなさい」
シトラは鼻で笑って、同時に空の質問を封殺した。
高圧的な態度だ。やはり仲良くなれない。
「はいそうですかって言うと思ってんのか? 俺がお前らについていく理由だってないだろ」
半分は意地だ。易々とこの女に従ってたまるかという意地で、空は駄々のように首を横に振った。
いかに男女の体格差があるとはいえ、相手は三人。しかも家主に気付かれず部屋まで侵入してきた上に、シトラは見るからに鍛えており力づくが通用する相手だとは思えない。
そして三人は常に空を囲んでいた。
シトラは部屋の入り口で背中を壁に預けているし、イリーナは背後から動こうとしない。エンはヘラヘラと部屋を歩き回っているが、さりげなく空が退路を探す邪魔をしていた。
空が逃げられる可能性は低い。相手の技量から見て、明らかに場数を踏んでいる。素人が振り切れるかどうかは完全に賭けだった。
それに言っていたではないか。シトラたちは今、危害を加えたいわけではない。
後ろに誰か黒幕がいるのか、彼女たちの意思で行っているのかまでは分からないが、少なくとも今は従った方がいい。無傷で返してくれる可能性だってゼロではないのだから。
「何度も言わせないで。それとも力づくで引きずってほしい?」
「やってみろよ」
だから空がテレビで見たボクシングの構えを真似るのもただの意地でしかなかった。
シトラは面倒そうにため息を吐いて、壁から背を離す。その間にエンがちゃっかり入口付近に陣取っていた。本当に抜け目がない。
肌を刺すような緊張感。シトラが一歩進むごとに痛みに似た感覚が強くなっていく。
空の口元に描かれている弧がだんだんと深くなっていた。この感覚には心当たりがあった。
――信号機と似た威圧感か。上等じゃねぇか。
シトラの歩が止まる。彼女とは腕を伸ばせば届いてしまうほど近い。
彼女がもう一度鼻で笑った。まるで出来るものならやってみなさいと言っているかのようだった。
空の額に青筋が走る。そして上等だと胸中で叫んでその自信に満ちた顔を殴り飛ばそうと右腕を引く。
「ん?」
右腕を誰かが引っ張る感覚。空は反射的に自分の制裁を邪魔した正体を確認しようと肩越しに振り返った。
「……ん」
ほとんど抱き着きながら、イリーナが空の右腕を掴んでいた。抱き着いているようにしか見えないほど密着しているのはそうしなければ彼女の手が届かなかったからだ。犯罪的な身長差が、思わぬところで役に立った。
空と目が合ったイリーナは首を横に振った。相変わらず吐息に似た声を鳴らすだけだったが、その意味は空でも理解できた。
喧嘩はよくない。彼女はそう言っている。
空は部屋全体に聞こえるよう大きく舌打ちをこぼして、戦闘態勢を解いた。
不審者の言葉を聞くつもりなど毛頭ない。だからイリーナの言葉に従ったわけではない。
ならばなぜ、シトラに殴らかからなかったのか。理由は空とイリーナの姿勢にある。
彼女は抱き着いていると言っても過言ではないほど密着している。しかも空を一身に見つめている。空は高身長、大して彼女はまだ未発達。つまり背が低い。
何が言いたいかというと。
美少女に上目遣いされると、男は従うしかない。
「分かったよどこへでも連れてけ」
「最初からそうすればいいのよ。五分あげるから準備なさい」
心なしか残念そうにしながら、シトラは踵を返した。
リーダーの意図を行動から察したのか、イリーナも空から離れエンも部屋から出ようとする。
部屋の外で待機するから着替えろということだろうか。
「………………いいのか? 逃げる時間を与えて」
窓の外に視線を送りながら、空は信じられないことを聞いていた。自分で言ってて後悔した。黙って逃げればよかった。
信じられなかった。いくらついていくと言ったからとしても、いきなり包囲を解くとは思わなかった。
警戒が薄すぎるのではないか。しかも先ほど練度の高さを痛感させられたばかりだ。それで彼女たちの仕事が本当に問題ないのかといらぬ心配をしてしまう。
「残念ながら逃げられへんよ。ウチが逃がさへん」
エンの今までとは違う冷たさのこもった声音。
本当に要らぬ世話だった。何をするのかまでは分からないが、絶対に彼女たちからは逃れられない。理屈ではない何かで、その事実を理解させられた。
「御託はいいからさっさとしなさい。本気で引きずり回すわよ?」
初めてシトラが笑顔を見せた。悪戯っぽい笑みだったけど、たったそれだけで空の心臓が跳ね上がった。
いけ好かない女に一瞬見惚れたことがなんだか悔しくて、部屋から出ていく三人に空はもう一度舌打ちを送った。
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次回は明日午前7時頃更新予定です。




