初めての攻略者
憎き信号機を落とした喜びを健太郎と分かち合い、あまりに騒ぎすぎてゲームセンターから追い出された夜。恐らく世界で初めて信号機を落としたであろう興奮が収まらない空たちは、一度落ち着く目的も兼ねて解散することにした。
今、話をしようとしても歓喜の叫び声しか出てこない。信号機の撃墜という偉業を達成した以上、話し合わなければならないことは多く、例えば実況動画を取る必要性とか、二人して熱に浮かされているままでは打ち合わせにならないという健太郎の判断だった。
「勝てた……」
ガチャリという重い音と一緒に、分厚い鉄板の扉が閉まる。
自宅に帰ってきて、抑えていたものを解放した空は、玄関で靴を履き替えながら小さく呟いた。
ただいま、と誰かに帰宅を知らせることはしない。家に誰もいないのは分かっているからだ。
靴は一足。空がたった今脱いだ靴だけが暗い玄関に放置される。
「勝てた」
制服を脱いで、しわができないようにとハンガーに袖を通して壁にかける。そして脱ぎ捨てたままだった部屋着を拾って着替える。
部屋には雑誌が散乱していた。そのほとんどがエイロネイアに関するものだ。中にはネットで手に入れた胡散臭い情報を印刷した紙の束もある。
いつか片付けないとな、とは部屋に入るたびに考えることだ。
「勝ったんだ!」
自宅に帰ってきた。着替えもした。もう外には出ないし、夜更けに突然訪問してくる知り合いもいない。
外野の目がないと安堵すると同時に沸き上がってきたのは、信号機を落とした勝利の余韻。そしてそれは全身が震えるほどの喜びに変わっていく。
本当なら歓喜のまま叫びまくってやりたいところだが、空の自宅はアパートの一室だ。近隣住人に迷惑はかけられない。いや迷惑はどうでもいいとしても、怒鳴られたくはない。
「初めての攻略者だ。俺が初めて信号機を落とした。世界で初めてだ」
だから代わりに口から出すのは、漠然とした事実だ。
誰も攻略した人がいない。このご時世だ。ネットに攻略法の一つも乗っていないということは誰もがあの信号機に負けたということ。
ウン十万円下手したらウン百万円かけたかいがあった。
もう二度と負けない。感覚は完全に掴んでいる。
空が世界で初めての攻略者として、ゲーム界で有名人になる。実証も可能だ。
もしかしたら仕事になるかもしれない。プロのゲーマー。ある意味憧れの職業だ。
「明日、もう一度、落としに行こう」
これから何度も落とすだろうけど、八つ当たりもかねてもう一度私怨で潰してやる。
空の戦意に満ちた眼光で、照明が一瞬だけ点滅した。
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