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人体実験

 やっぱり風に当たるのは気分がいい。室内に引きこもっていても息が詰まるだけだ。

 空は甲板のすみに腰かけて足を外に投げ出していた。後ろから誰かに押されてしまうと海に真っ逆さまだ。


「空、また考え事か?」

「健太郎」


 予想通り、ここにいれば話ができると思っていた人物に声をかけられた。

 生まれつきの茶髪は手入れする時間もないのかボサボサで、眼鏡の奥には据わった目と深いクマができている。何徹目だお前。

 空はどう見ても疲労困憊の親友に同情した。だけど何か言うつもりはない。余計な仕事を押し付けられる可能性があるからだ。


「今度は何考えているか当ててやろうか? スイのことだろう?」

「当たってるけど外れだ」


 今この瞬間はお前のことを考えていた。だから嘘は言っていない。


「なんだと? 戦うために薬漬け生活を強いられているスイの事情に傷ついていると思ったんだが」

「そうだな。改めて考えるとすごいよなそれも」


 過去に起こったことだ。本人が気にしていない以上、外野がとやかく言うのはおかしい。

 だから頭の中から排除していた。しかし、だからといって事実が変わるわけではない。健太郎が悩んでいると予想するのも頷ける。

 と、ここで空は疑問が生じた。

 空がスイから話を聞いたのだと、どうして健太郎は知っている?


「健太郎は知っていたのか?」


 スイに投与されている薬のこと、空が話を聞いたこと、二重の意味での質問だった。

 恐らく後者は答えてもらえないだろう。いや、答える必要はないと言われるかもしれない。

 スイの状態を知っていればいつまでも隠し通せるとは思えない。人の機微に敏感な健太郎なら、空の様子から深刻な話を聞き、その話の内容がスイに関係しているだろうことは容易に想像ができるはずだ。


「ああ。別に秘匿情報でもないしな。信号機やお前が関係ないから知らなかっただけだ」


 空の予想通り、健太郎が答えてくれたのは薬についてだけだった。


「強い副作用が出ることも?」

「強い副作用? 滅多にないぞそれ」

「なんだって?」


 訝し気に眉を寄せる健太郎の言葉を、空は聞き間違えたと思って聞き返す。

 滅多にないわけがない。現にスイは今だって苦痛に耐えている。


「当たり前だろう。俺たちは地球を襲う謎の飛行物体を落とす軍組織だ。副作用があって出撃できませんなんて笑い話にもなりゃしない」

「でもスイは――」

「ああ、スイだけは違う」


 空の反論は予想されていたらしい。

 空の言葉を遮って、健太郎は首を横に振る。


「彼は進んで人体実験に名乗りをあげてくれた。おかげで改良が進んだわけだが、代償にスイの体はボロボロになった。薬物依存でもあるな。本来なら戦闘後にプスリで済むのに、彼だけは常時薬を切らせなくなった」


 手に注射を刺すジェスチャーをする健太郎。


「人体実験だと? そんなひどいことをしてんのかよ」

「何をいまさら。多数を救うために少数を犠牲にする。常識だろ?」


 そう言われてしまえば、空は黙るしかない。


 空と健太郎は背負っている重みが違う。

 空は世界を救う戦いの兵士だ。つまり空の両肩には世界が乗っていると言っても過言ではない。

 では健太郎はどうだろうか。

 エイロネイアの総司令官は、世界を救う兵士たちすらも背負っている。彼が倒れてしまえば、それだけで世界はシュテルンのものになってしまう。

 空はもし死んでしまってもシトラたちがいる。だけど健太郎には誰も肩を並べる人はいない。重荷を誰かに分かち合うことはできない。

 歯を食いしばったことは一度や二度ではないだろう。やりきれなくて枕を濡らした過去も多いはずだ。

 最善を選ぶために誰かを切り捨てたことも、あるのだろう。


「もちろん強制はしていない。希望者に手伝ってもらっているだけだ。後の世話だってしているさ。スイで言えば腕利きの教授に定期的にメンテナンスをしてもらっているしな」


 スイ以外にも希望者がいるとは思えない。彼の様子から、まだ前線で戦っているような兵士がいるとも思えない。

 きっとほとんどの被験者がエイロネイアの世話になっているのだろう。


「……変わったよお前は」

「何とでも言え。俺はお前と違って世界そのものを背負っているんだ」


 健太郎は軽い笑顔すら作っているが、空はとても笑う気分にはなれなかった。


「それで、お前は何を悩んでいたんだ?」


 空の気持ちを知ってか知らずか、健太郎は話を変える。


「二人の家庭の事情についてだ」

「あの毒親のか? 止めておけ。時間の無駄だぞ」


 健太郎はさらりとスイの両親をディスった。


「無駄だと?」

「ああ、エイロネイアにいる限り手出しはさせない。俺の部下は俺のものだ。個人の勝手な事情に振り回されてたまるか」


 言い方は少々問題アリだが、頼もしいことこの上ない。

 健太郎はスイやエンの味方だと断言した。彼はエイロネイアのトップ。これ以上のコネはないだろう。


「よく分かんねぇよ。部下を守るのに、その部下を実験体にするなんて」

「何度も言わせるな。俺の目的はあくまでもシュテルンの討伐だ。それを邪魔するなら全員俺の敵になる。簡単なことだ」


 確かに単純な話ではある。敵は全部潰すつもりなんだろう。世界を渡る前から健太郎はそういう奴だった。


「お前も、誰かを失ったのか?」


 空は親友の表情の変化に気付いていた。

 敵だと断言した健太郎の表情。いつだかシトラも見せてくれた、自らをも焦がす憎悪を滾らせているような、そんな表情。

 復讐心を抱いているのだとすれば合点がいく。


「……空には関係ないだろ」


 そう答える健太郎は、どこか寂しそうな顔をしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時更新予定です。

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