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陽気な泣き虫

 引き分けで終わった二人は遅い時間だったこともあり結局解散となった。

 もちろんエンたちの喧嘩もなあなあになった。狙い通りといえばそれまでだが、無事に終わってホッとした。


 自室に戻ってベッドに体を預けていた空は安堵していると、誰かにドアをノックされた。船に備え付けの部屋だ。当然インターホンなんてものはない。来客は扉を何度か叩かなくてはならなかった。

 誰が来たのだろうか。

 空は体を起こして、重たい体を引きずるようにしてドアを開ける。


「そーら、ちょっとええか?」

「ゲッ、エン」


 ドアの向こうにいた少女に、空は思わず顔をしかめた。


「そんな露骨に嫌がることあらへんやん」

「前科あるだろ。あっベッドにはそれ以上近付くなよ」


 ベッドに腰掛けてから両手をかざし、夜更けには少々刺激が強すぎる少女の動きを制限する。


 ネグリジェと言うのだろうか。ワンピース調の寝間着を着ている。中々きわどい格好だ。体のシルエットは透けて見えるのに大事な部分はしっかりとガードされている。


「なんやねん。せっかく美少女が夜這いに来てあげたいうのに」

「胸元を崩すな服をちゃんと着ろ」

「ほんに空は堅物やなぁ」

「お前が軽すぎんだよ」


 豊満な胸元を扇情的に煽るエンに空はさらに顔をしかめる。

 だから部屋に入れたくなかったんだ。いや客人を玄関で追い返すのもどうかとは思うが。


「んで、何の用だよ」

「……いつもどおり夜這いのつもりやけど?」

「いつものスキンシップってだけじゃないだろ? 俺だって鈍くはないつもりだぜ」


 少なくともいつもならもっと表情は明るいだろ。空は彼女が平常を装っていると看破していた。

 いつもなら、それこそ夜這いを仕掛けてきたと納得させるように下着同然の恰好で空の自室におとずれていた。もちろん手は出していないし出すつもりもない。

 だが今日の服装はいつもよりも控えめだ。色仕掛けをしに来たというよりは本当に寝る直前で来たような印象を与えてくる。


「困るなぁ。人の気持ち勝手に読んじゃあ」

「抜かせ。お前ら共感覚の持ち主も似たようなもんだろ」

「それもそうやな」


 頷いて、エンはからからっと笑う。


「ありがとな。ウチと兄さんの喧嘩を仲裁してもろうて」


 一見すると表情は変わっていない。エンは笑顔のままだ。

 だけど瞳の奥は笑っていない。それどころか申し訳なさそうに思っている。


「予定通りやったんやろ? 平行線を打ち崩すためには戦わなければいけなかったんも、ウチと兄さんが引き分けたんも」

「そんなに策士じゃないよ。シトラには怒られたしな」


 博打だったのは間違いない。

 空はスイとの戦闘で自爆の一歩手前まで追い込んだ。結果は空の敗北だったが、それは自爆を躊躇したからだ。シトラたちに出会う前なら勝利は空のものだった。

 一度見ただけで空の真似をしたエンが、その戦いを見ていて何も感じなかったとは思えなかった。

 優位なのはスイ。エンが勝利する未来は遠く、条件は厳しい。

 だからエンは自爆を選ぶしかない。空が示した道を彼女も歩くしかない。

 もしもエンが勝利のみを考えていれば、引き分けなんて頭のすみから追い出していれば今はなかった。


「それでも、ウチと兄さんを何とか繋いだんは空や。全部丸く収めて、それでいて現状維持をさせたのは紛れもなくアンタのおかげや」


 どちらかが勝利すれば、現状維持とはならなかった。

 スイが勝てば当然エンは連れ帰られていただろう。逆にエンが勝っていたとしてもスイを力づくで黙らせることになる。

 家族の問題は話し合いで解決するべきだ。その話し合いの機会を失ってしまうわけにはいかなかった。

 だから空は動いた。もっともらしい理由を作って、一つの可能性に賭けてみた。


「ありがとな。無関係やのに」

「無関係じゃないよ」


 エンの感謝に、空は首を横に振る。


「俺とエンは仲間だ。繋がりだけで言えば家族にも負けないぐらい太い絆があると思っている。困っていたら手を貸すのが家族だろ?」

「家族、ウチと空が」

「もちろん、シトラもイリーナも健太郎だって、俺の大切な家族だ。エンと同じぐらい深い関係にあると勝手に思っている」


 一つ屋根の下、というか船という密閉空間だが、で生活している以上、空たちには否応なく強い絆で結ばれる。

 運命共同体というよりは家族と表現した方がいい。この世界で空は、他に家族と呼べる存在がいないのだから。


「だからさ。家族が嫌いなんて言わないでくれよ。傷つくからさ」


 エンの事情を知っているわけじゃない。だから彼女がどういう思いで言っているのかは分からない。

 でも家族に家族なんて嫌いと言われてしまうと、空は傷ついてしまう。家族が嫌いだということはつまり、空も嫌われていることになってしまうからだ。


「ふふふっ、ウチは幸せやなあ。家族がこんなに多いなんて」

「胸なら貸すぜ? 陽気な泣き虫さん」


 ニヤリと笑って、目元に光をため込んでいる少女に両手を広げる。

 いつもなら絶対にしない行為。だけど今日ぐらいは、報酬を払ってもいいだろう。


「気に入らんけどまあええわ。それじゃ遠慮なく借りるで」


 エンが倒れるようにして体を預けてきた。空は耐えられずベッドに倒れ込む。


「うおっ。もっとゆっくり来てくれよ」

「…………すぅーすぅー」

「えっ嘘だろ? おーいエンさーん……ダメだ起きやしねぇ」


 エンは空に抱き着くと同時に眠りに落ちたらしい。体を何度か揺すってみるが、起きる気配は微塵もない。


「まったまにはいいか」


 幸せそうな顔をして眠る少女に、空は諦めるようにため息を一つこぼした。

 言い出しっぺは空だ。なら、邪魔をするべきではない。

 空はエンと抱き合ったまま、軽く意識を手放した。翌朝大騒ぎになったのは言うまでもない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。

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