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美少女の妹

「エンはっと……いたいた」


 あまり当てがなかったので適当に歩いていただけだったが、運よくエンを見つけられた。


 シトラとイリーナがすぐに後を追いかけていたからまさかと思ってシミュレーション室に最初に向かってよかった。女性用個室が並んでいるエリアに行くのには勇気がいる。


「流石に逃げ出すのはどうかと思うわ」

「ん」

「仕方あらへんやん。昔からああなんやから」


 壁際で体育座りしているエンに、シトラとイリーナが寄り添って話しかけている構図。


 シトラやイリーナでは生み出せない弾力が体育座りによって強調されている。眼福である。


「昔から?」


 心の中で合掌しながら空は平然を装って会話に混ざる。


 異性が登場したことでエンが姿勢を変える。いわゆる横座りというやつだ。


 空は残念な気持ちとどこかホッとしたような複雑な気持ちになった。


「空、向こうはもういいの?」

「いいんじゃね? 別にスイは逃げられた側だし、大して傷ついてもなかったしな」

「やっぱり傷ついてへんねんな」


 エンが艶やかな唇を尖らせて拗ねたように呟く。


 彼女にしては珍しい子供っぽい仕草。家族の問題となると年相応というか、幼い雰囲気になるようだ。空はまた一つ学習した。


「エン。スイの言い方が悪かったのは確かだ。だけど話し合いの途中で逃げ出すのもどうかと思うぞ」

「話し合い? 聞いてたやろ。話し合いにはならへん。兄さんはウチの話をまるで聞かへんねんから」


 確かにエンの言う通りだ。話し合いで勝てるような相手ではない。空戦だけではなく舌戦まで百戦錬磨の猛者だ。スイに言い争いで勝てるとしたら健太郎ぐらいのものだろう。


 だけど現実をそのまま話すわけにはいかない。空はエンを励ましに来たのだから。


「聞かないってことはないだろ」

「聞かへんよ。ただでさえ兄さんは多数の部下のおかげで鍛えられてんから。口喧嘩じゃ勝てるわけあらへん」


 どうやらわざわざ現実を教えるまでもなかったらしい。


 エンは焦点の定まっていない瞳を虚空へと落とす。彼女はスイの妹だ。口喧嘩で負けた回数はそれはもう数えきれないに違いない。悟りの一つぐらい開くのも仕方がないだろう。


「諦めないで、と言いたいところだけど、まあ勝てないでしょうね」

「お前は口喧嘩弱いだろ絶対」

「ん」

「イリーナもな」

「……ん」


 シトラは空を睨み、イリーナは元気なく肩を落とした。


 二人はエンよりも口下手だ。空もチームのムードメイカーと比べれば口は回らない自信があった。


 シトラも空も口よりも先に手が出るような性格だから仕方ないといえば仕方がない。


「イチャつくならよそでやってくれへん?」


 エンの冷めた視線が空を貫く。


 珍しく、当然ではあるが、じゃれ合いに付き合う気にはならないようだ。


「スマンスマン。でも、敵わないからって逃げてばっかりじゃダメだと思うぜ」

「空に何が分かるん?」


 顔が鬱陶しいと告げている。こんな顔のエンを見るのは初めてだ。


「何も。俺はエンじゃないし、スイでもないからな。共感覚もないし、何も分からないよ」


 さすがにへらへらとしているわけにもいかないらしい。空は薄くかぶっている笑みを外して、真剣な表情を作る。


「でもスイの言い方が気に入らないってのは分かる。俺もシトラも何回かキレそうになったし」

「そうね。空がいなければ殴り飛ばしてやったのに」

「俺も兄妹喧嘩じゃなければ手を出していたな」


 シトラが観念したようにため息を吐き、空も釣られて苦笑する。


 仲間をバカにされて黙っていられるほど、空もシトラも気が長いわけではない。正直一人で話を聞いていたら拳を握りしめて話に水を差しに行っていた。


「それにスイの言い方がきつくなるのも、俺はなんとなく理解できるよ」


 スイに話を聞いてきたわけだし、十中八九間違っていないはずだ。


「誰だって、こんな美少女の妹を持てばそりゃあ心配にもなるよな」

「び、美少女って」


 エンが両手を頬に当てて、座ったまま体を左右に揺らす。耳まで真っ赤になっているし、本当に恥ずかしいようだ。


「ん」

「ん? ああ、イリーナも美少女だぞ。もちろんシトラもな」


 イリーナが袖を掴み控えめに自己主張してくるので、空は頭を撫でてあげながらちゃんと褒めてあげる。


 そして猫のように目を細める彼女を尻目に、もう一人のことも忘れない。


「はっ、はぁ? 別にアタシは何も――」

「そうか? 悪い悪い。期待してるように見えたからさ」

「そんなわけないじゃないっ」


 顔を真っ赤にして怒るシトラ。多分空の予感は間違っていないだろう。


 怒られていながらニヤニヤと笑みを崩さない空に、シトラはさらに激昂した。


「空。とんだ女たらしやな」


 エンが絶対零度のジト目で空を睨む。


 先ほどまで真っ赤に熟れていた頬もすっかり元の美白肌に戻っている。


「うぉっほん! とにかく、エンはもう一度スイと話し合うべきだ。ぶつからないと伝わらないことだってあるんだから」

「しょうがないな。空がそこまで言うんならもう一度話をしてみるわ」


 居心地が悪くなった空は大きな咳払いを一つして、場の空気を変えようと試みる。


 効果はあったようだ。エンがやれやれと首を横に振って話をまとめてくれた。


 よかった、と安堵する空。するとあることに気付いた。エンが両手の人差し指を絡めたり離したりしている。何か言いにくいことを言おうかどうか悩んでいる。空にはそう見えた。


「ん? どしたトイレか?」

「違うわアホ! ホントデリカシーのないやっちゃな」


 空が予想した内容を口に出すと、凄い剣幕で怒られてしまった。


「兄さんと話すとき、一緒におってくれへん? もちろん味方として」

「なんだそんなことか。いいぜ」

「ありがとなっ」


 安堵して笑うエンに、空の鼓動は一層強くなった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。

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