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夢中

 スイの元に行くまでに、ほとんどの椅子を直してしまった。


 スイは変わらず意気消沈しているが、物音を鬱陶しく思ったりはしないのだろうか。そして手伝ったりはしてくれないのだろうか。してくれないからほとんど一人で片付ける羽目になったのだろう。


「言い過ぎだぞ」


 ひとしきり片付けも終わったので、空はようやくスイに声をかけた。


 十分ぐらいスイは沈黙していた。そろそろ気持ちの整理もできてきた頃だろう。というかまだできていなかったら手の一つでも出してしまいそうだ。それなら手伝えよ。


「ボクもそう思うんだな」


 スイはポツリと返事をしてくれた。


 よかった。とりあえず空の黄金の右手は出番を失ったようだ。


「俺たちが聞いているってのに、どうしてあんな言い方をしたんだ」

「多勢に無勢とはならないんだな。収め方は知っているからな」

「収め方ね。俺もエンもスイの部下じゃないんだぜ」

「知ってるんだな。だけど、部下と同じ扱いの方がやりやすいんだな」


 スイは多くの人間を従える立場の人間らしい。人から聞いた話だし、正直言って空はそれほどのカリスマを感じなかったからあくまでらしいとしか言えないが。


 彼なら反論を無理やり抑え込む技術も経験も豊富なのだろう。だけど、空はその扱いに不満があった。


 この船にスイは客人として乗っている。空たちを部下と同じように考えるのはいただけない。空にとってスイはあくまでも仲間であり上司だとは一ミリも思っていないのだから。


「……妹に戦場に出てほしくないと考えるのはおかしいことなのかな?」

「おかしくないと思うぜ。俺だって妹がいたなら同じようにしただろうさ」


 あいにく空にきょうだいはいない。だから本当の意味でスイの気持ちを、ただ妹を心配する兄の気持ちを理解することはできない。


 それでもスイがどうしてあそこまで厳しい口調になったのか、少しは理解しているつもりだった。シトラや空にまで飛び火しそうなぐらいだったが、恐らくスイは狙っていて言っていた。


 もちろん挑発のつもりはないだろう。それだけ強く言わなければ伝わらないと判断したからこそ、スイはエンが飛び出すぐらいの強い口調で船を降りるよう言ったのだ。


 すべては妹を戦場から遠ざけたい一心で。


「ボクは家族を守れるぐらい強くなりたかった。だから薬を使ってまで――っぅ」

「大丈夫か?」


 空は急いでスイに近付いて崩れそうになる彼の体を支える。スイの表情が青ざめていることに気付いた。


 使っているという薬の副作用で倒れたときと酷似している。もしかすると、気持ちが動転すると薬の効果が著しく下がるのかもしれない。


「ありがとうなんだな。もう大丈夫なんだな」


 空に体を支えられているスイはそう言って手を振り払おうとする。しかし空はスイの言葉がただの強がりだと理解できた。


 顔色は変わらず息も荒い。なんだかいけない気持ちになりそうだ。


「薬を使ってまで最強に追いつこうと努力してきたんだな。すべてはエンに安全な生活を送らせるためにな」


 どうやら弱った自分がいくら拒絶しても空は離れてくれないと察したらしいスイは、そのまま話を続ける。


「その考えは正しいと思う。だけど部外者の俺としては、エンの仲間である身としては、彼女がその考えを受け入れないのは容易に予想がつくぜ」

「そうなのかな?」

「そりゃあそうさ。誰だって夢中になっているものを奪われたら嫌だろ?」


 空は当然のように言った。


 これでも一つ屋根の下でエンと一緒に生活してきた。顔ぶれの変わらない船内で、話ができるのはパイロットたちだけだ。仲良くなれるのは三人ぐらいだった。


 だからこそ空は三人のことを、それこそ目の前の家族よりも理解しているつもりだった。


「夢中になっている、のかな?」


 スイは信じられないような顔をしていた。


 エンに夢中になれるものなんてないはずだ。表情がそう告げていた。


「なってなかったら初めての敗北が悔しくて一晩中シミュレーション機に籠ったりしないだろ?」


 空はへらっと苦笑した。まぶたを閉じれば当時の記憶が鮮明によみがえる。


 初めての敗北を与えた自分すらも巻き込んで、自分から進んでではあるが、パイロットたちは一昼夜にわたって討論会をしていた。その中には当然のようにエンの姿もあった。


 夢中になっていると証明するなら、その記憶だけでも十分すぎる。


「それは確かに、その通りなんだな」

「妹が心配だっていうその気持ちは分かる。だけど、もう少しだけ彼女の気持ちを考えてやってもいいんじゃないか?」


 もう一度言うが空はきょうだいがいない一人っ子だ。だからどうしても言葉は薄っぺらくなる。


 空も言葉の軽さは自覚していた。どうしても真剣な顔にはなれず、つい口元を崩してしまう。


「空君に教えられるとは思わなかったんだな」

「まぁ気にすんな。たまにはズブの素人の目線だって必要なときがある。それが今だったってだけの話だ」


 空はスイから離れた。彼の顔色は最初に比べれば幾分かマシになっている。もう付きっ切りになる必要もないだろう。


「んじゃ、俺はいじけたお姫様の元に行ってくるな」

「分かったんだな……ボクの代わりに謝ってほしいな」

「やなこった。自分で謝れ」


 最後にニヤリと笑って、空は食堂から出ていった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時更新予定です。

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