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思い過ごしだった

「いい加減にしてよ!!」


 うるさい腹の虫を収めるため食堂に入った空を、怒号が出迎えてくれた。


 まさか食堂にちょうど入ってきた自分に向けられたものではないと思うので、空は面倒に巻き込まれないようにするために食堂を見渡して声の主を探す。


 ステラは空母だからほとんどを海上で過ごす。急用でもない限り月に一度しか陸には上がれない。乗組員たちは閉鎖空間で顔ぶれも変わらない状態で生活していかなければいけない。


 自然と乗組員たちの距離は縮まっていく。距離が近付けば衝突することも多くなっていく。


 空は強面の見た目のせいであまり乗組員たちと親しくなれていない。自由行動が許されているパイロットは固まっていることが多く、仕事のある乗組員たちとはあまりかかわることがない。それどころか美少女ばかりが集まっている三人に近付こうとする勇者はいなかった。過去に何かあったのかもしれない。


 どうやら今回の言い争いは青い髪の少女と薄黄緑色の髪の見た目美少女にしか見えない青年が行っているらしい。食堂の真ん中だなんて他の使う人のことを考えていないにもほどがある。


「――どうしたんだ?」


 空は首を傾げた。


 あまり親しくもない人間ならともかく、今回の喧嘩はエンとスイだ。部外者が横やりを刺すべきではないだろうが、それでも気になってしまう。


「ん」

「エンとスイが言い争って?」

「ん」

「ついさっきエンが怒鳴ったわけか。説明さんきゅなイリーナ」

「んー」


 食堂の壁にもたれかかっていたイリーナに、感謝の気持ちも込めて頭を撫でてやる。


 イリーナは目を細めて空の手を堪能している。こうしてみると猫みたいだ。


「喧嘩の横でよくイチャついてられるわね」

「シトラもいたのか」

「何? 悪い?」


 入口からではなく食堂の奥から呆れた顔をぶら下げたシトラが、表情に勝るとも劣らない冷めた声をプレゼントしてくれた。恐らく冷蔵庫を勝手に物色したのだろう。その手には飲みかけのペットボトルがある。


「司令官とどうするか考えていたのか?」

「……ぶっ飛ばすわよ」

「冗談だって」


 ニヤニヤしながら健太郎との妄想を楽しんでいたか聞いてみると、シトラの額を青筋が走った。


 触れられたくはないだろう。そうだろう。だから空は今後も同じネタでからかってやろうと内心でほくそ笑んだ。


「ウチだって子供やないんや! もう放っておいてよ!」


 再びエンの怒号が響き渡り、空たちの視線は自然と彼女に吸い寄せられる。


「放っておけるわけないんだな。敵機の数もろくに数えられないようなら戦闘機に乗る資格もないんだな」

「乗る資格がない!? 兄さんにウチの何が分かるっていうわけ!?」


 今の空は傍観者だ。だから会話に参加する資格はない。


 理性では分かっている。だけど思うところがあった。


 空はエンと同じ気持ちになっていた。


「蒼龍は索敵に最も特化した機体なんだな。ボクよりもずっと前に敵機の存在に気付いたはずなんだな。無駄話に気を取られていなければ」

「うっ」

「それに、空君に負けたというのも気に入らないんだな。日本は三人に任されていたんだな。なのにどうしてたった一人に負けるのかな? 随分と、腑抜けていたようだな」


 スイの瞳は絶対零度のように冷たく暗い。


 なるほど、指揮官としての練度は十分あるんだろう。感情の欠片もない表情は、ゆえに彼の言葉を淡々とした事実なのだと痛感させてくる。


「この、言わせておけば――」

「ダメだシトラ。今俺たちが出るべきじゃない」


 飛び掛かろうとするシトラの肩を掴む。


 気持ちは痛いほどに分かる。だけど駄目だ。これは二人の問題であり、部外者が口を出していい問題ではない。


 例え同じ部隊であろうと、傍観者を努めなければならない。


「エイロネイアにいればエンも変われると思っていたんだな。だけどそれは思い過ごしだったんだな」

「ウチは成長した!」

「そうだな。言葉遣いだけは変わったようだな」


 スイが首を縦に振る。


「だけどそれだけ。実際は何一つ変わっていないんだな。昔のまま、何もできずヘラヘラとすることしかできないんだな」

「そんなことない」

「それならどうしてぽっと出の新人に負けるのかな?」


 スイが首を傾げるが、その瞳は答えを求めていなかった。


 彼にとって大切なのは、いかにエンの心を折って戦場から引き下がらせるか。それ以外はどうでもよさそうだった。


「空は強いよ。ウチらよりもずっと」

「なら空君を落としたボクはもっと強いんだな。最強でないのなら、エンが戦う理由はないんだな」


 エンとスイが睨み合う。


 片や信じているからこその強さを披露するために。片や相手を思いやるがゆえに。


 どちらの気持ちも理解はできる。だけど空が味方をしたいと思うのは信じてくれている少女の方だった。


「……空放して」

「ダメだ。これはエンたちの問題だ」

「分かってるわよ。痛いから放せっての」

「あ、ああ。悪い」


 話に集中するがあまり、シトラの肩を掴んでいたままだと忘れていた空は、慌ててシトラの肩から手を放す。


 ようやく解放されたシトラは腕をぐるりと大きく回して肩の調子を整える。無意識のうちに強く力を込めてしまっていたようだ。


 空は申し訳ない気持ちになった。


「帰ろうエン。戦いのない平和な家に」

「嫌や。ウチは絶対戻らへん」

「何度も言いたくないんだな。エンが戦わなければならない理由はないんだな。ボクの命令を断れる理由もないんだな」

「それでもウチは嫌なんや!」


 エンは三度叫び、逃げるようにして食堂から飛び出していった。


 それなりの広さがある食堂だ。その中心から入口まで走れば、必然的に椅子をなぎ倒すことになる。


 エンは何度も椅子につまずきそうになりながらいくつも椅子を蹴飛ばしていった。つまり誰かが片付けないといけない。


「シトラ、イリーナ」

「分かってるわよ」

「ん」


 俺が左右に待機していた二人に目配せすると、彼女たちは分かっていると言わんばかりに食堂を出ていった。多分エンを追いかけていったんだろう。


 本当は椅子を片付けてほしかったんだが仕方ない。どうせ二人に任せてエンの後を追うつもりだったわけだし、予定と少し違うが彼女を励ましに行くのなら構わない。


「俺はスイと話してから行くから」


 ついでに椅子を片付けるから。


 手伝ってもらえるかとスイに視線を移すと彼は無事な椅子に腰かけ深く消沈しているようだった。これでは頼めない。


 空は重たいため息を吐いて、スイの元へ――ではなく近くの倒れている椅子から起こしに行った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。

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