この世で一番
パイロットは時間に縛られることはない。
ほとんどの乗組員が寝静まる時間であっても、一人シミュレーション室に向かっている空がいい例だ。
「あれ? てっきり一人だと思ったのに」
ほとんど照明も落ちている船内だ。光があればそれだけ目立つ。
締め忘れているのかシミュレーション室の解放された入口から洩れている光に、空は小さく首を傾げた。
どうして暗がりの中空が一人なのかと言うと、スイに負けてから連日のようにシミュレーション室にこもっているからだ。
空は自分が思っているよりもずっと負けず嫌いだったらしい。
「おっ空やん。精が出るなぁ」
「エンか。珍しいなこんな時間に」
空が恐る恐るシミュレーション室を覗いてみると、ちょうど休憩していたのかペットボトルに口付けていたエンと目が合った。
エンがシミュレーション室に一人でいるのは珍しい。
空やシトラは腕が鈍らないよう定期的に戦闘訓練を行っている。イリーナも暇つぶしで訓練を行っているようだ。だからシトラやイリーナと二人で訓練する機会はそこそこ多い。
だけどエンとはあまり会わない。
彼女は天才肌だし、自分の努力は極力隠したいタイプの人間だからだ。
「空こそもう夜も遅いで。あっまさかウチに会いに?」
「違う。スイに負けてからあんまり寝れなくてな」
「空も割と負けず嫌いやな。シトラに並ぶんやないか?」
「やめてくれ。誰が負けを認めない自信過剰女と一緒だよ」
「本人が聞いたら怒るでそれ」
空とエンは同時に吹き出した。どこかで勝気なくしゃみが聞こえた気がした。
「なあ空」
笑顔を引っ込めて、急に顔を俯かせるエン。
「ん?」
「よかったら対戦してくれへん? 雑魚戦ばっかで飽きてきたとこなんよ」
続く言葉がなければ、ときめいたままだったんだけどな。
空はエンの言動に残念な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「いいぜ。俺もちょうど雑魚には飽き飽きしてきたところだ」
ずっと夜中にこもっていたから、最近マンネリ化していたのもまた事実。
空は二つ返事で了承しつつ、自分専用となったシミュレーション機に腰かけすぐに起動させる。
見慣れたオープニングを眺め、素早く対戦を選び、慣れた手つきで機体を選択。すぐに何度も目にしてきた対戦ステージ、通称何もない空間が全本位モニターに映し出された。
『空、ごめんな』
ポリゴンが集合していき、エンの機体、蒼龍が姿を現す。と同時に対戦相手から変な通信が入ってきた。
「急になんだよ」
『兄さんのことや。ウチのせいで迷惑かけてしもうた』
「ああ、それか」
カウントダウンが終わり、空の轟龍と蒼龍は同時に動く。
蒼龍の開幕空間爆撃。本能が敗北を悟るが無視して空は操縦桿を左右に振ってミサイルの隙間を抜けていく。
「スイが来たのは俺のせいらしいんだ。だから迷惑をかけているのは俺の方なんだろうな」
空は背筋を流れていく悪寒に耐えながら機体が通れるわずかな隙間を縫い、一瞬だけ見えた隙間へと逆にミサイルを撃ち込む。
『そんなこと、うわっと危ないな』
「チッ当たったと思ったんだけど。轟龍を渡されたとき、シトラが噛みついたのを覚えているか?」
『どうして新人の空に新型機をウンヌンってやつ?』
蒼龍の全身からミサイルの代わりに赤い火花が散った。空の放ったミサイルは火花に当たると暴発し、エンには届かない。
だがそれでよかった。
空の狙いは、蒼龍が防御に回り、一時的に攻撃の手を緩めることにあった。
「そうそう。そのときは俺がお前ら全員を落として実力を証明したわけだが、どうも健太郎は他の支部にも説明してなかったらしいんだよ」
『あー、司令官はそういうとこあるからなぁ。ウチらもよく苦労するんよ』
「それはホントスマン。親友の俺からも謝っておくわ」
空はスロットルレバーを限界まで倒して出力を上げる。
蒼龍は武装が豊富だ。しかし逆に言えば移動性能は最も劣っている。轟龍が全力を出せば振り切るなど造作もない。もちろん、空の技量があってこそだが。
『気にせいでええよ。慣れっこやし。でも他の支部はそうはいかへんやろな』
蒼龍の間合いから離れた轟龍はすぐに切り返して機体の下部、レーダーを除けば唯一の死角へと潜り込んでからの突撃を開始した。
轟龍は機動こそ蒼龍に勝っているものの、武装の量と射程距離ではどうしても劣ってしまう。肉薄しなければどうやっても勝利はない。
「ああ、だから代表としてスイが来た。と考えると悪いのは全部健太郎だな」
『せやな。説明しない司令官が全部悪いんや』
二人は同時に苦笑した。組織を率いる立場の健太郎にはそれなりに世話になっているが、それと同じぐらいの気苦労も味わらされていると自覚したがゆえに。
死角から迫る轟龍を、蒼龍がまるで見えていたかのようにひらりと躱す。
今までのエンの行動パターンなら空の思惑には気付かずに落とせていたはずだ。だからこそ空はわざわざ距離を取ったのだし、だからこそ空は死角に潜り込んだのだというのに。
「腕を上げたなエン。今のは本気だったんだけど」
『お褒めにあずかり光栄や。ウチだってずっと手加減なしやねんけど?』
「そう簡単に落とされるかよ」
予想外だった突撃の失敗に嘆いている暇はない。
交差した轟龍と蒼龍は、それほど離れていない。
言い換えるなら、再びミサイルの嵐のレンジの中に入ってしまった。
「それにしてもよかったな。家族との久しぶりの再会だったんだろ?」
『……よくあらへんよ。ウチは家族から離れたくてエイロネイアに入ったんやから』
ああ、そういえば健太郎も言っていたっけ。
空はチャンスを探るために、再び雨のように降り注ぐミサイルを避けるのに集中する。背中をジリジリと焦がされるような感覚が、妙にくすぐったい。
「何か事情があるのか? 部外者が家庭の事情に深入りするべきじゃないんだろうけどさ」
『気にせんでええで。と言っても、特に何かあったわけやない。ただウチが嫌いなんや。家族が、この世で一番』
エンの言葉に、空の集中が一瞬だけ乱された。
そしてミサイルを避けるのに手いっぱいで、蒼龍の位置を把握がおろそかになっていた。
「えっ?」
空の目の前、どう動こうと間に合わない距離にある蒼龍の姿。轟龍へと真っ直ぐ飛んできている。
呆けた声を漏らす空の画面が烈火に染まった。内臓のスピーカーから大声量で爆発音が鳴り響く。
「あっ」
ゲームオーバーという赤くデザインされた文字がモニターに浮かび上がってきて、空は初めてエンの自爆に巻き込まれたと直感した。
「やったやったで! 空とタイマンで初めて引き分けまで持っていけた!」
呆然とした気分のまま空がシミュレーション機から出てくると、誰がどう聞いても浮かれていると分かるエンの声が響き渡っていた。
「ひ、引き分けぐらいでそんな喜ぶなよ。ただのまぐれだろ」
「ふっふーん。動揺しとるな? 次はウチに先を越されると思うて」
「んなわけあるか! 動揺しているのは確かだけども」
空の知らない動きを見せたエンは、多分成長しているのだろう。シトラと違ってあまり対戦する機会もなかったから知らなかった。
正直途中まで余裕だと考えていた自分をぶん殴ってやりたい。
「そう落ち込みなさんな。次はきっといい結果になると思うで?」
「……ウゼェ」
肩をバシンバシンと叩いてくるエンに、空は全力で顔をしかめた。
「あっはっは酷いなぁ。んじゃ、ウチはそろそろ寝るわ。今なら気分もええし」
「夢の中でぐらい存分に俺を落とせばいいさ。おやすみ」
「うん。おやすみなさい空」
エンはスキップでもしそうなぐらい軽やかな足取りで自室へと戻っていった。
「――さて、と」
まずは先ほどの戦いの反省点と改善案の見直しだな。
空がシミュレーション室を後にしたのは、すっかり外が明るくなってからだった。
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次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。




