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ちょうどいい

 がらんどうとした食堂。一人っきりの食事。それらすべて、空にとっては日常の一部だった。


 パイロットである空に時間の制約はあまりない。出撃しなければならないときを除き、自主訓練ぐらいしかすることがないからだ。


 だから今、空はたいへん居心地が悪かった。


「……なんでしょうか?」


 広い広い食堂の真ん中に座っている空の真正面、他にも座る場所はあるにもかかわらず座っているのは、自称最強の少女と並ぶ最良の指揮官ことスイだった。


 女性と、それもモデルと見間違えるぐらいの整った顔立ちの彼だ。そんなスイがじーっと空の顔を眺めていた。


 たいへん居心地が悪い。いや、むしろ気分が良すぎるからこそ緊張してしまう。


「色々と話は聞いたんだな。妹と仲がいいのかな?」

「まあ、それなりに」

「それは性的な意味なのかな?」

「ブーッ」


 突然の言葉に、空は口に含んでいたお茶を勢いよく吹き出した。スイにかけないよう顔を背けたことを褒めてほしい。


「ゲホッゴホッいきなり何を言い出すんだ」

「? 何かおかしいこと言ったかな?」


 スイが首を傾げている。不思議そうな顔だ。本気で空が驚いている理由が分からないと表情が語っている。


「本気かよ。妹を色目で見られてもいいってのか? 大切じゃねぇのかよ」


 兄というものは、家族というものは、もっと他の家族を守るものだと思っていた。


 空は自分の考えに沿っていないとしか思えないスイに、戸惑いと嫌悪を抱かずにはいられなかった。


 きょうだいとして先に生まれたからという理由だけで異性に安売りするのはただの虐待だ。もしもスイもエンをそう見ているのだとしたら、今すぐこの整った顔面を殴り飛ばさなければいけなくなる。


「大切に決まってるんだな。戦場にいてほしくないぐらいにな」

「ならどうして」


 しかし空の最悪の予想を否定するように、スイは首を横に振った。


「女性軍人が退役する理由は二つある。一つは死亡、もう一つは出産なんだな」


 厳密に分ければもっと多いのだが、凄く凄くそれはもう大雑把に言えば、二つだけになるのかもしれない。


 重傷を負ったり戦う意味を見失ったり年を取って体が付いてこなければ、戦闘機には乗れなくなる。パイロットとして死んだと言えるのかもしれない。


 身ごもっていれば戦場に出られない。バッドステータスを背負っているのに重力と慣性の波に耐えられるわけがない。おなかの赤子とパイロット自身に命の危険が訪れる。もちろん出産を終えれば戦場に復帰できなくもないが、子育てに時間を取られるし数か月のブランクは簡単には戻ってこない。


 出産もまた、パイロットとしての死亡に繋がりやすい。


「だからエンには早く結婚してもらいたいんだな。空君ならエンと同年代だし、ちょうどいいんだな」


 どうせ戦えなくなるのなら、死亡ではなく家庭に入る形で。


 家族としての願いに、空は納得した。同時に少しだけ自分を恥じ、スイに対して謝罪の言葉を思い浮かべた。


 家族としての愛情を確かに持っていたのに、虐待だなんてひどいことを言った。少なくともスイはそんな意図は一ミリも抱いていなかったのに。


「ちょうどいいって、俺たちまだ出会って数か月も経ってないってのに」


 だが、納得できたからといって首を縦に振ることはできない。


 ステラに乗船しているのは片手の指の数より離れた年上がほとんどだ。例外はパイロットたちだけであり、

 目に見えて分かる年下なんてイリーナぐらいしかいない。だから世代的にも空とエンの話題が盛り上がることは多いのも事実だ。


 だけどいきなり結婚なんて言われても困る。空はこの世界に来てまだ数か月と経っていない。家庭について考えるには早すぎる。


「だから観察してるんだな。本当に空君がエンを幸せにしてくれるか」

「なるほどなるほどそういうことね。じゃあ諦めてくれ」


 空はようやく知りたかった答えを導き出せたので、軽く笑って手をヒラヒラと振った。


 もう話は終わりだ、と言外に告げるために。


「エンは好みじゃなかったかな?」


 スイは小さく首を傾げた。空はスイの性別がよく分からなくなった。ただ何となく手を出してはダメな気がするので必死に無意識の攻撃を耐える。


「違う。むしろエンは魅力的だ。それはもう、いつ理性を奪われてもおかしくないぐらいにな」

「だったら――」

「だからこそ、俺はエンには手を出さない。彼女が心の底から好意を寄せてこない限り、好意を言葉にしない限り、俺は彼女を傷つけたくない」


 エンはスキンシップが激しい。基本的にいつも笑顔を向けてくれるし胸は大きいしボディタッチは多いしアニメ好きらしいし夜這い仕掛けてこようとするし胸はデカい。


 空も何度勘違いしそうになったことか分からない。何度葛藤したか分からないし過ちを犯しそうになったことだって一度や二度ではない。


 だけど、エンの態度はどうしても本人が望んで行っているとは思えなかった。まるでスキンシップの方法をそれしか知らないからすり寄ってきているような感じがした。


 空が今まで誘惑を耐えてこられたのは、たった一つの予感があったからだ。最後の防壁がきちんと稼働していなければ、多分スイに勧められるまでもなかった。


「…………優しいんだな」

「そんなことない。当然の考えだろ」

「女の子に告白させようとしているヘタレだけど、君は妹を大切に考えてくれてるんだな」

「ヘタレは余計だ」


 スイは少しだけ目を丸くしていたが、やがて実に優しそうな笑みを浮かべた。


 しかしヘタレ呼ばわりされた空は、スイの表情の変化には気付かなかった。


「空君になら妹を任せてもいいんだな。これは朗報なんだな」


 そう言うと、スイは席を立ちあがり颯爽と食堂から出ていった。


「勝手に言いやがる。強引なところは兄譲りってわけか」


 空は身勝手な結論に至った自分勝手な兄の姿と、いつもニコニコと笑顔を絶やさないその妹を背中に重ねてしまって一つため息が漏れてきた。


 どうやら彼が兄妹に悩まされる未来は確定のようだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。

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