負けてよかった
波がステラに当たり、折り返していく。
「……」
空は甲板に座って、揺れる波を眺めていた。
考えるのは当然、数分前のスイとのシミュレーションについてだ。
見たことのない機体に見覚えのある戦術だった。勝てない相手ではなかった。一瞬の油断さえなければ勝てる相手だった。
勝てたからこそ、勝てなかったと後悔してしまう。それが終わった後のたらればに過ぎなかったとしても。
「負けたんだってな」
空が頭の中を空っぽにしてただ過去を後悔していると、隣に健太郎が座ってきた。
音もなく近付いていた親友に空は驚かない。なんだかこの世界に来てから健太郎の神出鬼没っぷりに磨きがかかっている気がするが、多分気のせいだろう。
「ああ、完璧にな」
空は波打ち際から親友に視線を移す。彼は澄んだ瞳で空を観察していた。
瞳の奥で空の動きを何百パターンも想定しているのだろう。空には健太郎の頭の中を覗き見たような感覚に陥った。
心配しているとは違う。いや組織のトップとして部下の士気を高めようとしているのは間違いないだろうが、健太郎の目はあくまでも自分のためだけに思考を巡らせていた。
「やっぱり凹んでるのか?」
「まあ、ショックではあるよ」
「気にするな。お前はあくまでエイロネイアを攻略しただけの人間だ。信号機スレイヤーと言ってもいい」
「だから他のエースパイロットに負けても仕方ない、か?」
健太郎の言葉を先読みして、空はへらっと口元を崩した。
「確かにそうだな。俺はゲーム好きの一般人に過ぎない。勝てないのも仕方ないのかもしれない」
健太郎の言葉は真実であり、空には一切否定できなかった。
空はゲームしかしてこなかった。だからゲームと同じ動きをする三人には負けなかったし、単純な経験値の差でシュテルンの放つ雑魚たちにも対抗できた。
でも空は強敵との闘いの経験が多いわけではない。
エイロネイアはほとんど敵キャラの追加はしなかった。ボスは圧倒的なスペックの信号機だけだった。
初見プレイでたった一度のコンティニューもせずにゲーム攻略なんてできるはずがない。空はとりわけゲームが上手いわけでもない、ただの一般高校生なんだから。
「でも、シトラたちの期待を裏切ったのは事実だ。勝てって言われたのに負けて、それで彼女たちが責められている。健太郎にだって迷惑をかけるんだろ?」
空だって勝てないのが当たり前だと割り切っている。スイに負けたこと自体はそれほどショックを受けたわけでもなかった。
ただ、シトラたちは違う。
空が負けたことに、下手すれば空よりもショックを受けて呆然としていた。
空が悔しいと思ったのは、初めて三人の期待に応えられなかったことだ。
そして空の敗北は、目の前の親友にも迷惑をかけてしまった。
「まあな。新しい言い訳を考えなくてはいけなくなった」
「責任を感じないほど、俺は神経が図太くないんだ」
空が勝利を勝ち取れていればよかった。直線状に並んだあのときに、躊躇わずに引き分けまで持ち込めばよかった。
そうすれば空が今こうして後悔する必要もなかったのに。
「まっ、負けてよかったけどな」
また顔を出してきた後悔から顔を背けるために、空はあえて表情を緩めた。
「それはなぜ?」
健太郎の試すような目が射抜いてくる。
急に笑顔になりゃ警戒もされるよな。
空は自分の上司を警戒させてしまったと感じ、同時に少しだけ苦笑した。せめてもう少し脈絡を絡めるべきだった。心配させまいとしたのは裏目に出たようだ。
「この世界に来てから俺は一度も負けていなかった。有頂天だったって言われても否定はできない」
世界最強を自負している部隊を、最後は自爆を使ったとはいえ瞬殺した。
信号機以上の、それこそ正真正銘のチート機体を、四人がかりでしかも既に研究していたとはいえ落とした。
三人の美少女に実力を認められて、指揮までして数億の敵を倒した。
考えれば考えるだけ、この世界に来てからの空の活躍は常軌を逸していた。全能感に支配されていなかったと言えば嘘になってしまう。悪く言えば浮かれている自分が確かに存在していた。
「鼻をへし折られて、逆によかったんだよ。ポジティブに考えればだけどな」
空は絶対の勝利者ではない。ときには苦戦するし運が悪ければ死んでしまう。
今回のスイとの戦いでそのことを思い出した。
簡単なことなのに、どうして忘れていたんだか。
空はまた口元に笑みを刻んだ。今度は自嘲だ。もしも鼻を折られるタイミングがシミュレーションではなく実際の戦場だったら、空は反省する時間も与えられなかった。
「ときには楽観的に物を考えた方がいいときもある」
「それは司令官としての言葉か? それとも親友として慰めているだけか?」
「両方だ」
「ホント、いい性格してるよなお前」
健太郎の言う通りだ。それは間違いない。
だけど何だか人の感情を読んでいるような気がするから、空は苦笑を隠せなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。




