表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/133

こう動く

『空、相手を倒しなさい』

「簡単に言ってくれるな」


 コクピット型シミュレーションゲーム筐体、エイロネイアに腰かけると同時に隊長殿の勇ましい命令を受けた。


 空は苦笑いを浮かべて、シトラの鼻息荒い命令に小さく頷く。


 円形に展開されたモニターには、何もない空間が映っていた。真っ青に塗りつぶされただけで水平線も地平線もない。多分開発者が、たまには手を抜いてもいいよねとか考えたんだろう。それぐらい乱暴な青色しか存在していなかった。


「っと。おでましか」


 相手が遅れて席に着いたからか、空の眼前でポリゴンが集まっていく様子が確認できた。一つ一つが大きな正方形の集まりが、徐々にその密度を高め画質を上げていく。


 やがて現れたのは緑のカラーリングが施された戦闘機だった。エンジンの排気口は一つ。流線型の翼は一対で垂直に伸びる尾翼も一つ。轟龍ほどスリムな印象はなく、信号機たちのようにずんぐりむっくりした印象もない。よく言えば平均的、悪く言えば特徴のない機体だ。


「やっぱり知らない機体だな」


 記憶にない機体に、空の体には知らず力が入る。


 空は廃人ゲーマーだ。エイロネイアに特化したものではあったが、逆に言えばエイロネイアに登場する機体は絶対に見間違わない。


 だが目の前の機体を空は知らなかった。


 つまりこの世界に来て初めて、空は初見プレイを強いられていた。


 空が機体を観察していると、緑の機体の全身から小さなトゲが飛び出した。


「なるほどなッ!?」


 空はそのトゲの正体を痛いほど知っていた。チームの一人、信号機随一の攻撃力を持つ蒼龍のものと同じ、ミサイルの発射口だ。


 空は予想外の出来事に舌打ちしつつ、条件反射で操縦桿を左右に振りつつ旋回する。


 紙一重の隙間を縫うようにして轟龍が飛ぶ。攻撃パターンは既に体に染みついている。だけども相手は初見であり、空の知らないパターンを組む可能性もあった。ミサイルの一つ一つがすれ違うたびに心臓が爆発しそうになる。


 永遠にも感じたミサイルの雨は、けれども数秒で終わり、空は小さく安堵の息を漏らした。


 どうやら蒼龍と同じ攻撃パターンで蒼龍ほど数があるわけじゃないらしい。


「その分速いのか」


 ミサイルを切り抜けた轟龍の前には、緑の機体の姿があった。蒼龍ではミサイルを発射した直後は動きが鈍くなる。旋回した轟龍の前に回り込むなんてできるはずがない。


 予想通りの展開だ。


 空は左手のスロットルレバーを引いて速度を落とし、緑の機体の背後を取ったと同時に右手の操縦桿についている引き金を絞る。もはや繋がっているようにしか聞こえない銃声が心地よく鳴り響いた。


 緑の機体は空の射線上から逃れるようにして上方へと飛んでいく。空はその機体の動きが追えず真っ直ぐと進んでしまった。


 轟龍が緑の機体を追い抜く。すると緑の機体はまるで吸い寄せられるようにして方向を変えて降下。空の背後を取ることに成功した。


「いい動きっ」


 空は悪態をついて操縦桿を限界まで体に寄せる。メキメキと嫌な音を立てながら轟龍の機首が起き上がる。


 空気抵抗が増えて、轟龍は一気に減速した。その横をすり抜けるようにして緑の機体が飛ぶ。空はすぐに操縦桿を倒し、機体が落ちる前に姿勢を元に戻した。


 背後は取り返した。


 空は緩む頬とは反対に、厳しい目で眼前の獲物を見据えていた。


 戦闘機同士の戦いにおいて、相手の背後を取るというのは大きなアドバンテージだ。戦闘機は後ろには飛べない。後ろを突ければやりたい放題できるのだ。


 空は操縦桿に付いているボタンを押す。ピピッと電子音が鳴り、ミサイルが飛んでいった。


 誘導式ミサイルだ。フレアでも焚かない限りは避けられないはず。そしてフレアを焚けば、その隙を突けるはずだ。


 しかし、空の予想は外れた。


 ミサイルが緑の機体を穿つ直前で、機体が滑るようにして急加速したからだ。一瞬だけ標的を見失ったミサイルは、そのまま緑の機体を虚しく追い越していった。


「おいおい冗談だろ」


 ――蒼龍だけじゃないのか。


 空は目の前の光景にもまた見覚えがあった。あれは蒼龍ではない。それ以外の機体が持つ能力だ。


「ああ、そうか。イリーナ様ってそういうことか」


 スイはイリーナを褒め称えていた。最強は間違いなく彼女であると、現最強のシトラに息巻いていた。


 最強を真似しようと考えるのは何ら不思議ではない。


 スイの機体には蒼龍の攻撃力だけではなく、黄龍の速度も備わっているようだ。


「なら、俺はシトラだな」


 ――そこまで信号機の性能を真似するのなら、俺は最後にして最強の人間を演じてやるよ。


 空は口の中で呟いて、スロットルレバーを勢いよく前へと押し出した。轟龍の速度が跳ね上がり、緑の機体を追随する。


 速度差はある。轟龍は信号機を一つにまとめたような機体だが、完璧に再現しているわけではない。特化している三機にはそれぞれの性能で劣っていた。例えば蒼龍であればミサイルの数、黄龍であれば速度だ。


 だがしかし、速度が足りないのなら技術で補えばいい。


 空は最高の機動力を誇っている紅龍の動きを再現しながら、緑の機体に食らいつく。


「蒼龍ならこう動く」


 いつまでも後ろを取られ続けていることが嫌になったのか、前方の機体からミサイルがいくつか飛んできた。


 蒼龍の動きを予想していた空は、難なくミサイルの隙間を抜ける。


「黄龍ならこう動く」


 お返しとばかりに轟龍はミサイルを放つ。ロックオンはしない。緑の機体の進路上に置くように発射されているからだ。


 空はミサイルが当たるかどうか確認するよりも早く操縦桿を操作する。横目で見ると、ちょうど緑の機体が軌道を変えてミサイルを避けている様子が確認できた。


 予想通りだ。だからこそ落胆はしない。


「そして紅龍なら」


 相手のコクピットが見えたのなら、きっと驚いているスイがいたのだろう。


 轟龍は緑の機体の真正面に回り込んでいた。ミサイル一発で誘導したのだ。


「こう動く」


 轟龍と緑の機体が、同時に機銃を掃射しながら自らは激しく動き出した。


 共に相手を射線上に捉えつつ、相手の射線から逃れようとしているからだ。


 ――さすがだな。パターンが読めない。


 空は舌打ちを漏らした。ここに来て、初見の代償が出てくるとは思っていなかった。


 相手の回避パターンが読めれば当然機銃は当たる。だけどスイはここに来て初めて、空の知らない動きをしていた。これでは当たるはずがない。


 加えてスイは単純な技量は十中八九空よりも優れている。この一瞬の拮抗がいつまで続くのか分からないし、このチャンスを逃せば空の勝利が絶望的に遠くなるということも何となく予想がついた。


 ――勝てないのなら、ここでもう一つのミサイルをぶつければ。


「っと」


 無意識に自爆をしようとしていた空は、一瞬だけ手が止まった。


 シトラと約束した。もう自爆はしない。三人を守るまでは死ねないと。


『隙だらけなんだな』

「しまっ――」


 一瞬だけ集中が切れた空を、スイは見逃すわけがなかった。


 緑の機体が轟龍を捉え、機銃の雨で容赦なく塗らす。


 空の眼前に赤くデザインされたゲームオーバーの文字が浮かびあがった。


 久しぶりに見た光景にショックを受けたが、ある意味見慣れてもいたのですぐに立ち直れた。


 コクピットから出ると、観戦用のモニターを呆然と眺めている三人の美少女がいた。


 シトラ、エン、イリーナは空に気付いて、すぐに彼へと顔を向ける。その顔は変わらず、信じられないものを見たと語っていた。


「たはは、負けちまった」

「殺し合いの最中にボーとするなんて有り得ないんだな。三人も、こんな奴に負けるなんて弱くなったんだな」


 空がへらっと笑って見せると、遅れてエイロネイアから出てきたスイが、実に耳の痛い言葉をぶつけてきた。


 空のせいで三人がバカにされるのは思うところがあったが、実際にボーとして負けた手前何も言えない。


「ち、ちょっと調子が悪かったのよ。そうよね空」

「完全に実力差だ。完敗だな」


 肩を持とうとしてくれているシトラに、空は無慈悲ながらも首を横に振った。


「もし本調子じゃなかったとしても、たった一機に全滅するようじゃ先が知れてるんだな」

「ぐっ」


 スイの指摘にシトラが悔しそうな顔を浮かべて歯を食いしばる。


 彼女たちの会話に参加する気になれなかった空は、言い争いを背中で受け流しながら静かにシミュレーション室を後にした。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日午前8時頃更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ