最強の三人組を倒せるほどの実力
エイロネイアアメリカ支部シュテルン迎撃部隊総指揮官、スイ・ジュンシン。
彼の来訪に不機嫌を露わにしながらも、シトラは話が終わるとすぐに健太郎に連絡を取った。結構な長さの役職を持つ大事なお客様だ。一番上の人間に連絡を取るのは当然だった。
健太郎と二、三やり取りしたシトラは、スイを甲板へ案内するよう言われたようだ。シミュレーション室に集まっていたパイロットを一瞥し、空にその大役を押し付け、もとい命じた。
空が文句の一つもこぼさずスイを甲板へと案内すると、見慣れない機体が積み込まれている真っ最中だった。どうやらスイがステラに乗ることは確定していたらしい。
「ようこそスイ」
「お久しぶりなんだな。司令官」
空たちの姿を確認した健太郎が積み込みの合間を縫って駆け寄ってきた。空が動くよりも先にスイが一歩前に出て握手を交わす。
「アメリカは大丈夫なのかい?」
一瞬ながらも強固な握手を解いて、健太郎は甲板で働いている最中である職員たちに指示を飛ばす。簡単な指示を終えるとすぐにスイへと向き直り口を開いた。
「問題ないんだな。ここ最近日本にしか出現していないし、部下も鍛えてきたんだな」
「さすが優秀な指揮官だ」
「司令官は優秀ではないみたいなんだな」
健太郎はにこやかな笑顔を見せているが、空にはすぐに見破れた。彼は笑顔の仮面を被っている。
対するスイは冷たい無表情となっていた。健太郎の表情の正体を見破ったというわけではないだろうが、しかしあまりにも不愛想だ。
「教えてほしいんだな。どうして独断でパイロットを増やしたのかな?」
「君たちだってパイロットを増やしているだろう?」
「ボクたちはエイロネイアに頼らず戦闘機を増やしているんだな。でも轟龍は違うんだな」
片やにこやかに、片や無表情のまま、健太郎とスイは睨み合っている。
空は二人の話に参加できなかった。何より二人の話には空の知らない情報が数多く含まれているらしかった。何せ空はシトラたち三人以外のパイロットが存在していたことなど知らなかったし、アメリカの部隊とやらが大所帯らしいことも当然知らなかった。
「創立者は確かに司令官かもしれないんだな。だけど、組織を私物化していい理由にはならないんだな」
「……アメリカだけじゃなく、全支部を代表しているというわけか」
エイロネイアという組織がどれだけの規模なのは分からない。だけどアメリカ支部とか言っていたし、決して小規模な組織ではないんだろう。
「当たり前なんだな。ボクたちは世界を守らなければならないんだな。足並みを崩すわけにはいかないんだな」
世界を守らなければならない。その陳腐な言葉が、空の胸に重たくのしかかってくる。
シトラと同じ立場の、まったく違う人間の言葉だからこそ、余計とその重みを感じられる。
「足並みね。残念だけど、俺以外でも崩している奴がいる」
健太郎は目を逸らし、初めて睨み合いをやめて、今度は本当の笑みを刻む。
自嘲である理由は、組織のトップであるからだろう。
「――どういう意味なんだな?」
「裏切り者がいる。まだ確証はないが」
「何っ!?」
スイが怪訝な表情を浮かべて健太郎の言葉の続きを待つ。
そして健太郎の告白に、話を聞いていただけの空が一番驚いた。
組織は人が集まるところだ。十人十色というし、人が集まればそれだけ多様な価値観だって生まれるだろう。中には組織の意に反する価値観を有する人間だっているのかもしれない。
だけど、それはあくまで理論上での話。
空は足元が突如無くなったかのような感覚に襲われた。
裏切り者がいる。それはつまり、この船に敵が紛れ込んでいる可能性があるということだ。いつ寝首をかかれてもおかしくはないということだ。
堪えようのない不安で押し潰されそうになる空を、誰が嘲笑えるだろうか。
「確証がないのに裏切り者? 意味が分からないんだな」
スイは落ち着いていた。空のように言い得ぬ恐怖を感じている様子もない。
まったくの平常運転。その程度の何に驚く必要があるのかとでも言われているようなぐらいである。
「単純な話だ。空が来てからシュテルンは日本に集中している。だからこうしてスイも来たわけだし」
「それはまあ合っているな」
「それはなぜだ?」
スイは健太郎の根拠に同意した。
ある時期を境にシュテルンの出現箇所には偏りが生じるようになった。今では世界中にあるエイロネイアのパイロットたちが娯楽を求めてデモを起こしそうなぐらいだ。
エイロネイアの指揮官として、パイロットを従える立場であるスイはその事実を身をもって認知している。だが、その理由を考えたことはなかった。だからこそ、健太郎の問いかけには一瞬だけ反応が遅れた。
「アメリカもパイロットはたくさん集めている。なのにどうして空が来たときだけ戦力を集中させる?」
「それは……戦闘機の性能が優れていると知っているんじゃないかな?」
「その情報はどうやって手に入れた?」
健太郎がもう一度問いかけ、今度はスイも答えたが、健太郎は更なる疑問を投げかけてきた。
相手の考えを読むだけでは足りない。相手がどう動いても対処できるよう先回りしているような印象だ。少なくとも空は、健太郎と押し問答しないと決意した。
「空は今まで機体の性能を生かした戦いをしていない。集団戦に特化した技能は惜しげもなく披露しているが、性能を十二分に使いこなした場面は少ない。なのにどうして、轟龍が優れた機体だと知っているんだ?」
空の十八番である敵の群れのど真ん中に飛び込む戦術のことを言っているのだろうが、多分一度も見たことがないスイにはイメージが湧きづらいだろう。
だけど二人とも補足説明をするつもりはなかった。空は口を挟める立場ではないと自覚しているがゆえに、健太郎は実際に見せた方が早いと考えているからだ。
「内通者がいて、日本に戦力を集中するよう目論んでいる奴がいるんだな」
「その通りだ」
余計な考えは先回りして潰し、求めていた言葉を誘導した健太郎が重く頷く。
「なるほど、司令官の言いたいことは分かったんだな。要はいるであろう裏切り者に対抗するためにたった一人戦力を増やしたんだな」
「ああ」
「でも、たった一人で何ができるのかな? 知っての通りエイロネイアは司令官の手から離れるほど大きくなってきたんだな。素人一人増えたところで意味がないんだな」
スイの言う通りだと思った。
空一人が増えたところで、裏切り者をどうにかできるはずがない。空はただの高校生だったのだ。特別な訓練は一切積んでいない。やっていたことと言えば、ゲームセンターに貴重な青春をつぎ込んだぐらいだ。
「でもその一人が、最強の三人組を倒せるほどの実力だとしたら?」
健太郎が、それはもう底意地の悪い笑みを浮かべて、スイを試すように首を傾げた。
空はその笑みを知っている。この世界に来る前、まだ健太郎が空と同い年だったときによく見せていた、悪戯を思いついた時の顔だ。
「……冗談は休み休み言うんだな」
「今冗談を言うと思うか? 本当だ。シトラ、エン、イリーナの三人を空はたった一人で撃墜してみせた」
「――本当なのかな?」
スイの懐疑的な視線が空を射抜く。
この視線にも心当たりがあった。そうだ。シトラたちに初めて出会ったとき、健太郎の紹介を聞いた三人が向けてきた視線によく似ている。
「あ、ああ。俺は信号機を倒した。何なら実践してやってもいいぜ」
空は何となく嫌な予感がしていたが、首を縦に振って肯定した。
空は事実、信号機を相手に負けなしだ。世界を渡ってからしばらく経った今でもその事実は変わらない。
スイの目に怒気の色が宿った。
「司令官。シミュレーション機に空きはあるかな?」
「もちろんだとも。職員の暇つぶし用にいくつかあるよ」
「最強を打破したというその実力、見せてもらうんだな」
大見得を切った空に、拒否権があるわけがなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は来週月曜日、午前8時頃更新予定です。




