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最強の指揮官

「んで、そのまま連れて帰ってきた、と」


 シトラの責めるような視線が、空を貫く。


 空母ステラ。シミュレーション室。日が落ちていようとも燦々と輝く照明を、空は少しだけ恨めしく思った。


 空とシトラ、そして何度見ても女性としか思えない美少年の姿がそこにはあった。


「あ、ああ。エンが過呼吸で倒れたからな」


 空は鋭い眼光のシトラに気圧されながらも、辛うじて彼女の質問に答える。


 兄と再会したエンは、そのまま体調を崩し倒れた。空としてもまったく予想していなかった展開で、焦りに焦った結果原因である美少年まで連れてきてしまった。


 エンを医療室まで運び、そのままエンの兄であるらしい少年を引き連れながらシトラに連絡を取り、こうして彼女にことの始末を報告している。


 シトラに報告しているのは彼女が空の直属の上司に当たるからだ。話の相手は健太郎でも間違っていないのだが、司令官としてステラを統括している彼の仕事を増やす気にはならなかった。その点、出撃以外では暇しているシトラはうってつけだった。


「……なんで怒ってるんだ?」

「口先だけの男女を連れてきたからよ」


 空は初め、シトラが不機嫌なのはエンが倒れた原因を連れ帰ってきたからだと思っていた。だけどそれにしてはシトラの視線が空よりも彼の一歩後ろにたたずむ美少年に向けられている。空だけが原因ではないような気がした。


 空に理由を尋ねられたシトラは、不機嫌を露わにして艶のある唇を尖らせる。


 まるでエンの兄を知っているような口ぶりだ。


「ご挨拶だなぺたんこ」

「ぶっ飛ばすわよ?」

「妹を見ればいいんだな。それから自分の胸を確認するんだな」

「………………」


 シトラは懐から拳銃を取り出した。黒い拳銃は鈍く照明を反射している。


「待て待て待て。無言で銃構えるなていうかいつから持ってたんだそれ」


 空はあわててシトラを羽交い絞めにした。そして男女の体格差を活かして拳銃の照準をずらそうと彼女の体を揺さぶりまわす。


「離して空。アタシはコイツを撃たなければならないの」

「落ち着けって」


 体はガックンガックン揺らされているのに、銃口はしっかり不遜な美少年に定まっていた。さすが最強を自称するだけはある。


 銃口を向けられている少年は呆れているのか両手を上げてため息を吐いていた。中々肝が据わっているらしい。少なくとも空は同じ真似ができそうになかった。


 空は至って平穏な声音のシトラに内心恐怖していた。同時に、止められるのは自分しかいないという使命感に駆られていた。


「ん?」


 夜更けにもかかわらず空とシトラが騒いだからか、不思議そうな顔をしているイリーナがシミュレーション室を覗き込んできた。


 第三者の登場に、場の雰囲気が変わる。具体的に言うと、シトラが美少年を撃ち抜くことを諦めてくれた。


「あっイリーナ様。お久しぶりなんだな」

「イリーナ……様?」

「知らないんだな? イリーナ様はエイロネイア最強の共感覚の持ち主なんだな」


 美少年のイリーナに対するあまり聞かない敬称に、空は首を傾げた。


 すると美少年はムッとした表情になり、まるで自分の自慢話でも語りだした。


 視線を横に向けると、イリーナがむふんっと自信満々に胸をはっていた。


「……そうだったのか? シトラが最強だって思ってたんだけど」


 空は正直に思ったことを口に出した。


 イリーナが目に見えて肩を落としていた。しょぼん、と音が聞こえてきそうである。


「才能だけで言えば優れているのはイリーナよ。もっとも総合力では負けないけどね」


 シトラが空の評価に訂正を加えてきた。

 鼻につくぐらいの自信家である彼女だが、事実は事実として確かに受け止める。自称軍略家であるシトラの評価を、空は信頼していた。


「ただの経験の差に過ぎないんだな。イリーナ様が勝つのも時間の問題だな」

「アンタはアタシたち以下でしょうが」


 シトラよりもイリーナが強いという少年の言葉に露骨に顔をしかめる。


 彼女の態度の変化、やはり最強でありたいという願望を否定されるのは嫌いらしい。


 だが、空は気になったのはそこではない。


「ん? この人も戦うのか?」

「スイなんだな。よろしくな」

「甲破空だ。よろしくスイ」


 スイと名乗った美少年が手を伸ばしてきたので、空は迷わずその手を取った。


 潤いのあるすべすべの肌だ。男らしい角ばった様子はない。直に触るとさらに実感する。やはり男らしさの欠片も感じられなかった。


「それで、さっきの話なんだが」

「――戦うで。アメリカ支部最強の指揮官。それが兄さんや」


 シミュレーション室に、三人とはまた違う声が届いた。


「エン。気分は大丈夫なのか?」


 空はその声の正体を知っていたので、声をかけると同時に入口へと振り返る。


 そこには予想通りエンの姿があった。いつもの青を基調とした制服でなければ、昼頃まで着ていた私服でもない。体の負担にならないよう緩めに作られた病衣だ。縛られていないからこそ、エンの発育した体つきを強調していた。どうやらエンは着やせするタイプだったらしい。


「モチロンや。って言いたいところやけど、ちょっとキツいかな。肩貸してくれへん?」

「俺でよければいくらでも」

「ありがと」


 素早くエンに歩み寄り、わずかに膝を曲げて肩を貸す。柔らかな匂いが鼻孔をくすぐった。一瞬意識が持っていかれそうになる。


「初めましてなんだな。空、とか言ったかな? 新しいパイロットの」


 エンの登場にわずかに眉を上げてみせたが、スイは特に言及しなかった。


 実の妹の登場をなかったことのように扱っている。空はなぜかそう感じた。


「俺を知ってるのか」

「噂は聞いてるんだな。スタントプレイが得意だとか、最強の三人を倒しただなんて噂をな」

「曲芸なのは確かね。珍しく意見が合うじゃない」

「不愉快なんだな」

「ホントイライラさせるわね」


 シトラが舌打ちをして一歩下がった。


 スイの話に参加する気はない。そう告げているかのようだ。


「待ってくれよ。エイロネイアは三人しかパイロットがいなかったんじゃないのか?」

「ステラにはな」


 空の疑問にあっさりとスイは答えた。


 エンもイリーナもシトラでさえも、誰も口を開かない。だが彼女たちの表情に驚きは混ざっていなかった。


「シュテルンは世界規模で侵攻してきてるんだな。たかが小娘三人だけで守れるわけがないんだな」

「はぁ? 余裕なんですけど」

「寝言は寝てから言うんだな」

「なんなら今から証明してあげましょうか?」


 スイとシトラが鋭い眼光を突き刺し合っている。エンの説明が正しければ指導者である二人だ。自我が強いというかプライドの高い二人は、多分似た者同士なのだろう。


 ずっと睨み合う二人は案外仲がいいのかもしれない。


 空は未だ睨み合う二人を見て、そう思わずにはいられなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日、午前8時更新予定です。

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