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十三個目や

「んっふふ~」


 アスファルトと区画分けされたコンクリートが並ぶ更地。区画の一つである地下へと伸びる建物で、一人の少女が歓喜に顔を緩めていた。


 薄い水色の髪を後ろで一つにまとめている少女の服装はいつも見ている青い制服ではなかった。


 膝上まである丈の白いワンピースに薄手のカーディガンを羽織っている。どちらかと言えば体のシルエットを隠すような服装なのに主張する二つのふくらみが、周りの視線を集めている。もっとも注目を集めている当の本人は気にしている様子はない。


「ご機嫌だなエン」

「当たり前やん。ファストフードなんてそうそう食べられへんし」


 エンの返答に、空は納得しつつも苦笑を抑えられなかった。


 エンの言い分も確かに分かる。空とエンは戦闘機パイロットであり、普段は空母ステラで生活している。つまりほとんどの日を海上という閉ざされた世界で生活していた。


 閉ざされた世界においてパイロットである二人はそれはもう大切な存在だ。二人に何か問題が起こってはならず、宝物のように丁重な扱いをされている。彼らが不満でもある一つの例として、完璧な栄養バランスを考慮された献立が常に提供されている。


 確かに食堂で出されるメニューも美味しい。だけど空やエンは多感な年頃であり、たまには塩分過多のカップラーメンやケチャップやチーズをたんまりと挟まれたハンバーガーをおなかいっぱい食べたいときだってあるのだ。


「ほどほどにしとけよ。太るぞ」


 空とエンが向かい合っているテーブルにはまだ中身の入っている包み紙が二個と丸められた紙の山ができていた。紙にはそれぞれポップな文体のアルファベットが並んでいる。


「……空ってときどきデリカシーあらへんよね」

「いや、一つ二つならまだしも、何個目だよそれ」


 顔を伏せて、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの態度を取るエン。しかし空だって少しぐらいは空気が読める。だからこそ言わせてもらいたい。空はもうとっくにハンバーガー二個とフライドポテトを胃袋に収めている。包み紙だった紙くずの山、そのほとんどはエンのものだ。そして彼女はまだ顔をほころばせたままハンバーガーを口に運んでいる。


「ん? 十三個目やけど?」

「多すぎだろ。デリカシーウンヌン以前に」


 空は胸焼けしそうな感覚を空気と一緒に吐き出した。


 エンはどことは言わないが発育がいい。年下であるイリーナはもちろん、同年代であるシトラと比べても色々と大きい。


 空はシトラがたまに羨ましそうな視線を送る理由が分かった気がした。


「それでもや。空は最低やな」

「あんまりだ」


 分かりやすく肩を落としてエンの評価に落胆する。


 だけど本当に落ち込んでいるわけではないし、エンが本心で空に最悪の評価をしているわけではないと知っていた。あくまでもコミュニケーションの一つ。場を盛り上げるための冗談に過ぎない。


「さて、と」


 結局十五個ものハンバーガーを平らげたエンが勢いよく立ち上がった。軽やかな動作からはとても空の七倍近くの食事を終えたとは思えない。


「小腹も膨れたし、次行こか」

「まだ何か食うのか?」

「ジャンクフード巡りってのも面白そうやけど、せっかくの空との初デートやで。時間は有意義に使わなアカンやろ?」


 エンの照れ臭さを誤魔化すような笑みに、胸を締め付けられるような感覚が空を襲った。


 シトラのときにも感じた違和感。もどかしくて恥ずかしくもある感覚に、自然と顔が熱くなった。


「分かったよ。どこへでもついて行きますともお姫様」

「えっホンマ? じゃあホテ――」

「却下だ」


 空はエンの要望を食い気味に切り捨てた。


 バカみたいだ。通常運転なエンを見ているとそう思わずにはいられない。


「いけずぅ。据え膳食わぬは男の恥やで」

「やかましい。俺は恥じらう子の方が好きなの」


 ――何言ってるんだ俺は。


 空は変なことを口走った自分に呆れかえったが、事実であることは間違いないので表情は崩さなかった。


「な、なあ空。一緒に……な?」

「取って付けたような恥じらいだなおい」


 エンが上目づかいで空をチラリ。恥じらいを紛らわせるために体はモジモジ。口元に手を持って行っているのはニヤけていることを隠すためだろうか。


 空は彼女の性格をよく理解しているため、呆れた笑みを刻んで取り合おうとはしなかった。代わりとばかりにエンのトレイを自分のに重ね、一緒に運ぶことで彼女の荷物を一つ減らす。


 そして流れるようにして、店内に備え付けられていたゴミ箱にエンが空よりも食べたという現実を放り込みつつ店を後にする。


 自動ドアの向こうに立っていた人と空がぶつかった。


「おっとすみません」


 軽く謝って横を通り過ぎようとして、ぶつかった相手に目を奪われた。


 肩にかかるぐらいの薄黄緑色の髪は、一目で手入れが行き届いていると分かるほどきめが細かい。瞳の色は髪と同じ薄黄緑で、中性的な顔立ちで落ち着きのある雰囲気が大人の女性という印象を与えてくる。空の周りにはいないタイプだ。


 服装は黒のジャケットに黒のパンツ。ラフと言えばラフだが、引き締まったスタイルの良さも相まってモデルのような完成度の高さを誇っていた。


「――エン。やっと見つけたんだな」


 空が目を奪われていることなど気にも留めず、その人はエンに視線を集中させていた。


 どうやらエンの知り合いだったらしい。一人話題についていけていない空は、紹介してもらおうと彼女に目を向ける。


 エンは両目を見開いていた。


 まるで目の前に立つ人間に対し、信じられないものを見たと言っているようだ。


「――――――――どうして兄さんが」

「えっ兄さん?」


 空はエンの言葉に驚きながら、もう一度目の前の人物を観察する。


 女性にしては長い手足。だけど自他ともに認める長身の空の背には到底及ばず、顔立ちも相まって少し背の高い女性にしか見えない。


 ジャケットに隠れていて分かりにくいが、女性にしては筋肉質な体。だけど空はシトラというストイックな少女を知っているから別段おかしいとは思わない。


 結論。空は何度見ても、目の前に立つ人物が同性であると判断できなかった。


「えっ?」


 現実を理解できず狼狽える空は、エンたちが醸し出す雰囲気の中で浮いていた。そして当然、彼の味方となってくれる人間はいなかったのである。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は来週月曜日、午前8時頃更新予定です。

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