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エイロネイアにようこそ

 波が遠ざかっていく光景をただ眺めていた。ほとんど無表情。昨晩の出来事を思い出さないように、ただただ無心になる。


 空は甲板に来ていた。何かあればここに来て外の空気を吸うようになっていた。あまり人もいないし、見晴らしもいい。気分転換には最適な場所だった。


「昨晩はお楽しみでしたね」


 もっとも、親友にはすっかり見破られてしまっているみたいだが。


「やかましいわ」


 甲板の端に腰かけたまま肩越しに振り返ると、健太郎が歩み寄ってきていた。休憩がてら甲板に出てきたのだろう。それとも空が外に出ていると気付いたからわざわざコミュニケーションでも取りに来たのだろうか。


 ただどちらであっても、空の瞑想の邪魔であることには変わらない。しかもご丁寧に、忘れようとしていた記憶も掘り返してくれる。


「イリーナと何してたんだ? 通報するか?」

「してねぇよ。通報されるようなことは何一つしてねぇ」

「じゃあ何やってたんだ?」

「……いいだろ別に」


 空は目を泳がせて、口を尖らせた。


 何かあったか。もちろんあったとも。ただ全部彼女がしてきたことであり、空からは一切手を出していない。ついでに法にも触れない、はずだ。


 唇にまだ残っていた柔らかい感触に、空は一瞬だけ顔をしかめた。


「もしもし警察ですか」

「おいやめろ」

「冗談だ」

「冗談に聞こえなかったぞ」


 懐から携帯型の端末を取り出して警察にかけるフリをする健太郎に、空は冷めた視線を再び送った。


 冷静に考えると海上で携帯が通じるはずがない。アンテナがないのだから、通信のやり取りそのものができないはずだ。と思ったが、エイロネイアは軍事組織であり、空たちの家でもあるステラという船は空母だ。衛星通信を用いた電話だって可能なのかもしれない。


 ますます冗談とは思えなくなった。


「健太郎。俺は決めたよ」

「何をだ?」

「俺が戦う理由だよ」


 このままではまずい。空は流されそうになるのを避けるために、少々強引に話を変えた。


 健太郎の表情が、親友をからかう笑みから部下を気遣うものへと変わっていく。こうしてみると、やっぱり健太郎は変わった。部下としては頼りになるが、親友としては悲しい気持ちを抱かずにはいられなかった。


「シトラにも冗談半分で言ったけど、俺は三人のために戦う。彼女たちを守るためにシュテルンを倒す」

「女の子を守るナイトを気取るつもりか? 命がけの最中でも気取れるか?」


 健太郎の試すような視線。空は真っ向から見つめ返して、自分の覚悟を示す。ここで目を逸らしてはダメだ。きっと、シトラが逃亡を認可したときのように、ステラから降りるよう言われてしまう。それだけは避けたかった。


「ナイト気取りでもなんでもいい。彼女のために戦いたいって俺が思ったから戦う。自分のために戦うぐらいでいいんだろ?」

「くくっそれもそうだな」


 腹を抱えて、健太郎は楽しそうに笑っていた。


「我がエイロネイアにようこそ甲破空。これからもよろしくな」


 健太郎が右手を差し出してきた。どうやら認められたらしい。少なくとも、強制下船だけは避けられたようだ。


「轟龍のパイロットをうまく使ってくれよ司令官」

「もちろんだ」


 空と健太郎は割と長い付き合いながら初めての握手を交わして、二人同時に吹き出した。


「あっここにいたのね空。それに司令官も」


 空と健太郎が第三者の声に反応して、ほとんど同時に甲板の唯一の入口である艦橋に目を向けた。


「聞いてぇな空。何回やってもシトラが負けを認めへんのや。どう思う?」

「負けてんのはアンタでしょエン。イリーナもそう思うわよね?」

「………………ん?」

「そんな露骨に、えっ何か言った? みたいな顔しなくてもいいじゃない」


 甲板を歩く三人の美少女こと、エン、シトラ、イリーナの姿があった。


 どうやらまた対戦をしていたらしい。それで決着が着かず空たち第三者に勝敗を委ねようと探していたようだ。面倒なときに見つかった。


 空と健太郎の顔が嫌そうに歪んだ。


「何よ。強いのはシトラですって言うだけでしょ?」

「何言うてんの。ウチの方が強いやん?」


 金髪碧眼の美少女と水色の髪を一本にまとめた美少女が睨み合い、間に挟まれた十二、三の少女が気まずそうに首を左右に振っている。


「空さっそくの仕事だ」

「嫌だぜ司令官。部下の管理は上司の役目だろ」


 健太郎と空がお互いを睨む。そしてすぐに両方がため息を吐いて、少女たちの元へと歩み始めた。


 喧嘩をしている場合ではない。とりあえず無関係そうなイリーナだけでも戦火から逃がす方が先だ。空も健太郎も、面倒見は割と良い方だった。


 チートボスが出てくるゲームをクリアした。そうしたら異世界に迷い込んでしまった。


 ゲームクリアの報酬が異世界転生なんて聞いていない。だからどうなることやろと本当は心配していた。


 ――だけどま、今は感謝してるぜ。


 空はただの偶然だろうが、エイロネイアというゲームの運営に心の内だけで頭を下げて、まだ睨み合っている彼女たちの間に割って入った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回以降は週一での投稿を考えています。


次回は来週月曜日午前7時頃の更新予定です。

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