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自称最強さん

 いつの間にか大空は青から赤に色を変えていた。もうすぐ夜が来るだろう。意外というか、連戦は時間を使ってしまうようだ。ボケーと外を眺めていた空は時間の感覚がなくなっていた。


 人の姿はほとんどない。至る所に設置されたディスプレイだけが虚しく輝いていた。敵は撃破した。そうそうすぐにまた襲撃をしてこようとはしないはずだ。だから乗組員のほとんどは休憩ができる今の内に夕食を取りに行っていた。きっと食堂は大混雑だ。


 空と信号機の面々は人が少なくなった司令室に報告に来ていた。と言っても、内容は主にどれだけ弾薬を消費したか、燃料を消費したかぐらいだ。何せ司令室からでも戦いは見えていた。見えていたものをわざわざ報告する必要はないだろう。


「よくやった。空」


 定例報告を聞いた健太郎は残っていた乗組員に二つ三つ指示を出してから頷き、戦果をあげた親友に労いの言葉を送った。


「俺が落としたのは雑魚だけだ。だから褒めるとしたらシトラたちであって俺じゃない」


 対する空はぶっきらぼうに言って顔を背けた。


 偽信号機を倒せたのはシトラたちの技量があってのものだ。最後の赤い機体もシトラがいなければ落とせなかった。だから彼は健太郎の褒め言葉を謹んで辞退する。


 空一人で戦っていれば、きっとこの場に彼の姿はない。実際に信号機と殺し合ったのは初めてで、どうせ万策尽きて自爆していただろうからだ。


「アンタの指示がなければ手こずっていたのは間違いないわ」

「立役者は空やのに謙遜されるとウチらの立場あらへんやん」

「ん」


 シトラ、エン、イリーナが順番に困ったような表情を浮かべていた。


 彼女たちの立場からすれば、今回の戦いで言えば撃墜王も作戦の指揮も空が取っていた。彼女たちは偽物を倒せたが、それも一人冷静だった空の的確な指示があってこそだ。だから空の態度には不満があったし、エンの言う通り立場がないと少し困っていた。


 空がいなければ、きっと三人揃って笑っていられなかった。表面にこそ出さないが、三人は空に感謝しているのだ。


「俺は口だけだって」

「口だけの奴がシトラと息を揃えられるかい」

「んっ」

「そ、そんな怖い顔しなくても」


 空が続けて否定すると、エンとイリーナが同時に睨んできた。どうやらシトラとの連携は彼女たちでも容易ではないようだ。小回りの利く機体と最高の反射神経の持ち主が相手なのだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。


「まっ今回に限って言えば空の手柄よ。リーダーのアタシが言うんだから間違いないわ」


 空に助け舟を出す形で、シトラはウインクをした。空の心臓が不可解ながらも高鳴った。


 シトラにまた助けてもらった。その屈辱に動揺しただけだ。そうに違いない。


 空は誰にでもなく言い訳を並べた。その行為そのものが、彼が動揺した理由を如実に語っている。


「そやな。もう立派なリーダーやもんな」

「エン? リーダーはアタシでしょ?」

「何言うてんの? 自称最強さん」

「は?」

「なんや?」


 シトラとエンが睨み合ったまま司令室から出ていった。多分目的地はシミュレーション室だろう。第何回どちらが最強か決定戦を開催しようとしているに違いない。喧嘩するほど仲がいい。彼女たちを見ていると特に実感できる。


「相変わらずだなあの二人は」


 健太郎も空の心境とまったく同じ言葉を呟いて、やれやれといわんばかりに首を横に振る。


 いつものことだ。ほとんど毎日繰り返されているやり取りに、空と健太郎は呆れかえっていた。


「ん」

「あん?」


 齢十二、三ぐらいの少女が空の袖を引っ張る。彼が視線を向けると上目遣いプラス潤んだ瞳のイリーナと目が合った。やってはいけないことをやっているような罪悪感に苛まれた。


「イリーナも興奮しているんだよ。多分」

「興奮? なぜ?」


 健太郎が声をかけてこなければ、空は罪悪感に押し潰されていたかもしれない。それほどの破壊力を秘めているイリーナを横に、空は言葉は健太郎に視線はイリーナに向けて質問した。


「ん」

「偽物を倒せたから? まあ確かに強敵だったかもしれないけど」


 強かったのは認める。何故ならイリーナたち信号機のコピーだからだ。ある程度劣化はあるんだろうが、少なくとも空がシトラを説得するまでの間は拮抗していた。円盤なら五分足らずで数十機が全滅してしまうから、その強さは確かなものだっただろう。


 だけど興奮するほどだっただろうか。


「ん?」

「俺へのご褒美? えっと何するつもりだ?」

「……ん」

「なんで舌なめずりをしてるんだ? なあ放してくれ頼むから」


 おっかしいな。振りほどけないぞ。小さい体のどこにそんな力を隠してやがったんだ。


 うすら寒い感覚が背中を撫でている。この感覚には覚えがあった。エンが夜襲をかけてきたときと同じだ。


 思春期に入りたての幼さの残る少女にどこか妖艶な雰囲気を感じるのは、きっとチロリと出している舌先が原因だろう。うん、これはヤバい。


 空の直感が警鐘を鳴らしている。逃げようともがくが、いつの間にか袖を掴んでいた小さな両手が空の関節を極めていた。関節が極められている以上、どれだけもがいたところで虚しい抵抗だ。


 イリーナに腕を極められたまま、空は司令室を半ば強引に退室させられた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前7時頃更新予定です。

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