最強やってないよな
『やるやん。さっすが空』
『ん』
「おう、お褒めにあずかり光栄だ」
円盤を全滅させたエンとイリーナから労いの通信が送られてきた。だけど空は素直にその言葉を受け取ることができなかった。
円盤の大多数をせん滅したのは確かに空だ。だけどお膳立てはシトラたち三人がやってくれたし、撃ち漏らしを速やかに潰したのも彼女たちだ。
華やかさで言えば空の方に軍配が上がる。だけど実際の立役者はやはり信号機の面々だ。少なくとも空はそう思っていた。
『待って。まだ来るわ』
敵の大多数を倒しても油断せず、シュテルンの母艦を警戒していたシトラが何かを捉えた。
蒼龍と黄龍の動きが変わる。それぞれが母艦の動きを見逃さないようにとコクピットを向ける。
空もレーダーに視線を落とす。レーダーには三つの反応があった。
『なんや? たった三機?』
「三機……三人とも、気を付けてくれ」
『ええ。司令官の話通りならね』
エンの怪訝そうな声が届く。無理もない。シュテルンは先ほどまで物量で押し通そうとしていたのだ。その増援がたった三機。彼女たちが歯牙にもかけないことは把握しているはずだ。
だから、空とシトラは警戒を最大限まで強める。
シュテルンが投入した、たった三機の敵影。二人はその正体に心当たりがあった。
やがて敵三機は、目視でも確認できるぐらいの距離まで近付いてきた。見覚えのある赤、青、黄のカラーリングがされた戦闘機。紛れもなく、仲間として飛んでいる轟龍を除く三機とほとんど同じ機体だ。
『ウチらのつもりかいな?』
味方の蒼龍から、息が詰まるほどの殺気が溢れた。彼女が珍しく怒りを感じている。それも特大の、だ。
エンだけではない。シトラやイリーナもまた、直接向けられたわけでもないのに寒気がするぐらいの感情を露わにしている。
突然、プレッシャーの数が倍になった。
仲間である三機だけではなく、敵方の偽信号機までプレッシャーを放っていたのだ。
反射的に、それもほとんど無意識で、空は偽信号機のコクピットを見る。誰もいなかった。人間は乗っていなかった。
「だろうな。プレッシャーまで遜色なしだ」
空は舌を巻いていた。無人機のくせに、パイロットのいる三機と同じプレッシャーを放つ。どれだけ再現度が高いのだろうか。さぞデータが多いのだろう。シュテルンの手を焼かせる彼女たちのデータがあるからこそ、ここまで再現できたのだろう。
『ん』
「あっおい待てイリーナ!」
空の制止を振り切って、黄色い閃光が一番槍だとばかりに尾を引いて消える。
偽物機体たちの内、イリーナの乗る黄龍と同じ黄色い機体が同じように消えた。すぐにあちこちで轟音が鳴り響く。空の知覚を超える速さで戦闘を開始したのだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
『ほんならウチも動くで』
『気に入らないわ。アタシの猿真似なんて』
「おい二人とも――ッ!」
蒼龍と偽物の青の機体が同時に無数のミサイルを放ち、紅龍と敵の赤い機体が大空の覇権を奪うべく縦横無尽に飛び回る。
「チィッ。パターンが読めねぇ」
空は感情のままに盛大な舌打ちをした。
空のアドバンテージは、膨大な攻略データを基に最善の手段を選択できることにある。逆を言えば、初めて戦うような相手には、空は一般人と同程度にしか対策を練られない。どれだけ信号機を落とすことに熱中していても、空はあくまで高校生だ。軍人ではないから戦術を学んだわけではない。まあ、個人的興味で多少のウンチクは知っているが、それでも本職の人に比べれば無知に等しい。
だから今の空はほとんど役立たずだった。信号機対信号機なんて動画ですら見たことがない。見たことがなければ対策も練れない。対策が練れなければ超人的な戦闘を繰り広げる三機に割って入ることすら叶わなかった。
「シトラ」
空は焦りにも似た感情に支配されて、通信を開いた。もちろん仕事がなくなって焦っているわけではない。一人取り残されている間に、この調子が続けばよくないという考えが生まれたからだ。
信号機のリーダー、シトラの名前を呼び、回線を開く。通信は彼女だけにしか届いていない。轟龍はシナスタジアを装備していないから、彼女たちの機体とは違い個別に通信をすることが可能だった。シトラたちの場合、空が回線を開かない限り共有チャンネルに音声が乗る。つまり空を省いてコソコソ内緒話するなんて真似は不可能だ。
空がシトラとだけ話をしようと考えた理由はただ一つ。リーダーとしてカリスマを持っている彼女を説得できれば、この膠着を打破できると踏んだからだ。
『――何? 今忙しいんだけど』
「エンの援護に向かってくれ」
『聞こえなかった? アタシは偽物倒すのに忙しいの』
何も飾らず現状を打開する策を提案すると、シトラもオブラートの欠片もなく不機嫌を露わにした。
分かっている。最強にこだわる負けず嫌いの彼女なら、自分の偽物なんて絶対に許容できないなんてことは。
「分かっている。だから各個撃破で潰していこう」
現状、もっとも優れている手を、空は彼女の気持ちを無視して告げる。
いくら個人の技量が優れていようと、チートスペックである信号機の猛攻は耐えきれない。それは信号機に属する三機もまた同じだ。
信号機が一機落とす間他の敵は野放しになるが、空が囮となって引き付けていれば時間は稼げる。
『却下よ。アタシはアタシの偽物を倒す。最強の模倣はできないって、証明してやるんだから』
理屈で言えば、空の作戦こそが最善策。だけどシトラは当然のように首を横に振った。
予想通りだった。彼女は人類最強の戦力だ。空とは背負っているものが違う。模倣なんてされて、内心穏やかじゃないのは間違いない。
最強の自分を模倣された。つまり今まで守ってきた人類そのものが、自分のせいで脅威に晒されていることになる。自分が振り払わなければ、脅威から身を守れる人間はいなくなってしまう。
だからシトラは絶対に引けなかった。
今まで自分が築き上げてきたものを自分で否定することになったとしても、敵を倒さなければならなかった。
「――シトラ」
『それにどうしてアンタの言うことを聞かないといけないわけ? アタシと引き分け続きだからって調子に乗らないで』
「――シトラ!」
『っ! 叫ぶことないじゃない』
シトラが無視して言葉を並べるものだから、空は強く彼女の名前を呼んで意識を取り戻す。シトラは珍しく声を上ずらせていた。通信越しのため知らなかったが、彼女の顔は真っ赤である。
「偽物に手こずっている場合じゃない。シトラの言う通り、最強チームの模倣なんてできるわけがないんだ」
『だからアタシがこの偽物を――』
「一騎打ちで超えようとすることは悪いことじゃない。でも今は悪手以外の何物でもないだろ」
『……その理由は?』
空はシトラの言葉を否定することなく、彼女の意地を間違っていると断じた。言葉を被せられ、自分の意地を悪い手だと断言した空に、信号機のリーダーである少女は根拠を求める。
シトラの声は不満に溢れていたが、感情を空にぶつけようとはしなかった。意見を否定したのも最初だけで、今はすっかりと改めて空の言葉を待っている。
いつも自信に満ち溢れている彼女なら、頑固に自分の意見を押し通そうと考えてもおかしくない。だからすんなりと根拠を求めたシトラに、空は内心で舌を巻いていた。
事実を事実のまま受け入れようとする彼女は、確かに立派な軍略家だ。
「少なくとも、お前らの足止めができると証明してしまう」
『……』
シトラは黙り込んでしまった。
「忘れるなよ自分の目的を。お前は何のために戦う? 倒すためか? 根絶やしにするためか?」
空の問いかけに、シトラは黙ったままだ。
彼女が何を思ったのかは知らない。だけど、空は彼女の返答を待つつもりも黙るつもりもなかった。
「違うよな。俺の尊敬するシトラ・バール・レイはそんな下らない理由で最強やってないよな」
『アタシが戦う理由は――』
「自分で言っただろ。お前は全人類を守るために戦うんだ」
言いよどむシトラに、空は彼女自身が教えてくれた使命を告げる。
空はシトラが嫌いだ。だけど、それ以上に紅龍のパイロットを尊敬している。
彼女は自分を復讐にとらわれた哀れな女と評した。その言葉自体はきっと正しくて、シトラは今も憎悪の炎でその身を焦がしているのだろう。でも、空はシトラの自らに対する評価は間違っていると断言できた。
シトラはその背中に大勢の命を背負っている。
ただの復讐者では成し得ない、最強の看板を背負っている。
シトラは哀れな復讐者なんかではない。文字通り、世界最強の守護者なのだ。
「なのに足止めに有効だって思われてみろ。たった三機で足止めして、どこか遠くでさっきみたいな雑魚が集まっていたらどうする」
『それは、面白くないわね』
空の指摘で想像してしまったようだ。シトラの声音が固くなった。
恐らくだが、シュテルンの目的はデモンストレーションだ。空の言った作戦が通用するか否か、実際に確かめている可能性が高い。もし今回の偽信号機にその意図がなかったとしても、次回までに思いつかないという保証もなかった。シュテルンの目標はあくまで人間の拉致であり、シトラたちを倒すことではないからだ。
「ああ、そうだ。だから瞬殺しなければならない。そのためにはしっかり役割分担をしなければならない」
『分かったわ空。アンタの作戦を聞いてあげる』
上からの物言いが引っ掛かったがあえて触れず、空はコクピット内に大量にあるボタンの内、一つを左手で押す。視界端にあるこれまたたくさんのランプの一つが消え、一つが点灯した。通信の相手がシトラ一人から、信号機全体へと増えたからだ。
もちろん、通信相手を増やした理由はある。一番頑固なシトラは説得した。残り二人、エンとイリーナなら空が説得せずとも話は聞いてくれるはずだ。もし聞いてもらえなかったとしてもシトラに協力に頼める。
空は偽物をいち早く落としたい。三人が互角の戦いを繰り広げているこの瞬間でさえ惜しいと思っていた。だからこそ、全員に聞こえるようにする必要がある。
「イリーナとシトラはエンの援護に向かってくれ。相手は武装が豊富だがその分鈍重だ。二人の機動力が加わればすぐ落とせるはずだ」
『自分に言われとるみたいで傷つくけど、確かに二人なら余裕やろな』
『ん』
『了解よ。他は?』
空は手早く作戦と簡単な理由を三人に語った。エンが複雑な気分なのだろう、あまり乗り気ではないながらも同意し、イリーナとシトラも二つ返事で了承した。
「もちろん、俺が引き付ける。三人で青を倒したら今度は黄色に向かってくれ。赤は最後だ。厄介だからな」
何度も何度も何度も赤い機体に落とされてきたからこそ、空の言葉には重みがあった。
『んーそれが最善やろな』
『ん』
『アタシを元にしてるんだから当然よ。アンタこそ、勝てないからって変な真似はしないでよね』
「分かってるよ」
空は苦笑して、シトラの心配を振り払う。
さらっとではあるが、彼女に自分の魂胆を話したのは失敗だったかもしれない。勝てなかったら自爆で倒す。今はもう遠い場所でゲームをしてきたときの癖が、彼女に余計な心配をかけさせてしまう。
空はもう、自爆なんてするつもりがないというのに。
「カウント、三、二、一」
ゼロとは言わず、代わりの合図で轟龍下部に取り付けられていたミサイル、連戦だったため残りはあと一発、の拘束を外した。ミサイルは真っ直ぐ黄色い機体目掛けて飛んでいく。
しかし、轟音が鳴り響くことも衝撃と爆風が咲き誇ることもなかった。黄色い機体が人間離れの反応を見せて全力加速。ミサイルを無理やり振り切るという荒業を披露したからだ。ミサイルより早い戦闘機なんて聞いたことがない。常識離れもいいところだ。
――だが、空はその光景を既に脳裏に焼き付けていた。
操縦桿を操作し、轟龍を急旋回させる。同時にシュテルンの青い機体から数多のミサイルが飛び出していた。そのまま直進、もしくは見てから回避行動をとっていれば間違いなく避け切れなかっただろう。
空はチラリと後方へ視線を投げる。青い機体の展開した致死の弾幕に隠れるようにして、赤い機体と黄色い機体が恐ろしい速度で距離を詰めてきている。すぐに後ろを取られるだろう。空戦で背後を取られるのは致命的だ。嫌な汗が出てくる。
「俺の命は三人にかかってる。頼んだぞ」
『『『了解(ん)』』』
シトラ、エン、イリーナの頼もしい返事は、既に集中状態に入っている空には届かなかった。
背後に赤と黄色の機体を引きつれて、空は可能な限り全力で戦線を離脱した。シトラたちの邪魔をさせず、青い機体の援護を振り切るためだ。蒼龍とまったく同じ性能なら空の轟龍よりも動きは鈍い。そして轟龍は、シトラの紅龍やイリーナの黄龍には遠く及ばない機能性だ。二人の機体が規格外過ぎるのであって、轟龍そのものの性能は決して低くはないのだが。
シュテルンの赤と黄色は、空の後ろをぴったりとついてきていた。空中戦において、敵機体の背後というのは最高のアドバンテージ。簡単に手放すとは思えなかったし、もしも空が逆の立場なら機体スペックを活かし切れなかったとしても同じように後ろをついていく。いくらスペック差があるからといって、敵機を追い抜くなんて有り得なかった。
背後から鉛玉の雨が際限なく飛んでくる。が、空は操縦桿を左右に揺らして一発残らず回避していた。頭の中にはほとんど行動パターンが入っている。倒すならともかく、逃げるだけなら余裕だ。気に入らない状況なのは変わらないけど。
『ん!』
『撃破! これより空の援護に行くわ』
多分、イリーナが撃墜したのだろう。珍しく興奮した声が聞こえてきた。
「……了解。引き離す」
いつの間にか息を止めていた空は一瞬声が出なかった。すぐに一息吐いて、彼女たちが不審がる前に通信を返す。
操縦桿の操作に反応して、轟龍が旋回してから機体先端を上げてすぐに下ろし、さらに急降下までしてみせた。空お得意の変態機動。ゲームの中では鼻歌交じりでできていたのに、現実でやるとこみ上げてくるものがあった。主にすっぱい感じで。何とか呑み込んだ。
後ろをついてきていた赤は驚異的な反応をみせ、紙一重の距離まで詰め寄りながらも轟龍に食らいついたままだった。しかし、黄色の機体は突然の機動に追いつけず、真っ直ぐ飛びぬけていく形で離れていった。
「今だ!」
『狙い撃つで!』
気持ちのいい相槌と共に、蒼龍から恐ろしい数のミサイルが一斉に黄色い機体に向けて放たれる。
どれだけスピードに優れていようと、空間そのものを爆撃されてしまえば逃げ場を失う。逃げる先を失えば、必然的に攻撃は当たり龍は地に落ちる。
シュテルンの黄色い偽物もまた、例外に漏れず火炎に包まれて戦場から離脱していった。
『「後一機!」』
空とシトラの声が重なる。
残りは赤い機体一機だ。いくらシトラの模造品だとしても、三人がかりなら簡単のはずだ。それに空もいる。偽信号機の敗北は、この瞬間決定した。
シトラが空の後ろを飛ぶ赤い機体のさらに後方を陣取った。そして空に当たらないよう絶妙に調整して機銃を撃つ。世界最強のパイロットから逃れようとして、赤い機体は空の背後から退散した。
ようやくストーカーから解放された空は、機体を旋回させてシュテルンの赤い機体の前へと回り込む。シトラが執拗に背後を取り続けていたからすんなり回り込むことができた。
空とシトラが挟み込んで機銃を掃射する。もちろん同士討ちをするつもりはない。お互いが位置を微調整して相手の射線に入らないように動いていた。
空とシトラの初めてには思えない連携に、赤い機体は機首を上にはね上げて上へと逃げる。ちゃっかり轟龍と紅龍の激突を狙ったようだ。タイミングはばっちりだ。動きを見てから回避すれば、自爆は避けられない。
『二人とも!』
『「予想通り!」』
エンの悲痛な叫びをかき消すように、空とシトラは再び声を重ねた。
空とシトラは赤い機体が誘爆を狙ってくると予想していた。空はもちろんゲームの中で学び、シトラは自分ならどうするか考えたからこそ、赤い機体とほとんど同時に機首を上げていた。
機体の腹が当たりそうなほどすれすれで、紅龍と轟龍は赤い機体を追いかけて上昇する。そして両方が鉛玉の嵐を解き放つ。
同時に二機の火力を貰った赤い機体は、驚くほどあっさりと火を噴いて轟音を巻き散らした。
衝撃で轟龍が揺れる。シトラたちがいるこの世界に来る前にも、同じような揺れが起きたとなんだか懐かしい気持ちになった。
『いよしっ! やったでぇ!』
『ん!』
「いや、まだだ」
『そうね。まだ大きな的が残ってる』
エンとイリーナが嬉しそうに声音を弾ませて、空とシトラが対照的に落ち着いた調子で告げた。
まだ残っている。遠近感が狂ったとしか表現できないほど巨大なシュテルンの母艦がまだ大空に浮いているのだ。空たちの仕事はまだ残っている。
「さっ、早く終わらせて帰ろうぜ」
『んっ』
『せやな』
『あれ? どうして空が仕切ってるわけ?』
シトラの疑問を無視して、空はスロットルレバーを全力まで解放した。
大きいだけの金属質の塊が落ちるまで、そう長い時間はかからなかった。
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次回は明日午前7時頃更新予定です。




