誰が死に急ぎ野郎だ
轟龍に乗り込んだ空は、隊列を組んでいる信号機の後ろを飛んでいた。
「ホントに多いな」
眼前に広がる光景に、空はたまらず呟いていた。
円盤しかいない。
青空を文字通り埋め尽くす円盤。不自然な光沢が覆っており、背景の青色はすっかり見えなくなっている。
昔テレビで見たイワシの群れのようだ。確かあのときは一億匹の群れだった。つまり目の前の円盤たちもそれだけ数がいるということか。全部落とすのにどれだけ時間がかかるんだろうか。
『大したことあらへんよ。空なら余裕や』
エンから気軽な調子の通信が届く。彼女なりの気遣いだろうか。多分違う。エンは本気でそう思っているんだろう。
『無理よ。アタシじゃないんだから』
『んーん』
「イリーナの言う通り、やれやれだな」
シトラの鼻につく自慢にイリーナが呆れ、空も同意しながら操縦桿を動かす。
世間話はおしまい。これからは、仲良く楽しく円盤を撃ち落とすゲームの始まりだ。
空は操縦桿に取り付けられている引き金を躊躇いなく引き絞り機銃を解放。円盤の群れに毎秒百発の鉛玉を食らわせる。
連続して爆発が巻き起こった。狙ったわけでもないのに誘爆して、連鎖的に広がっていく。
「チッ、キリがねぇ」
だがいくら落としても数が減ったようには感じなかった。
数が多すぎるのだ。だから少しぐらい落としたところで、目に見えるような変化は起こらない。
『母艦を倒すんが一番手っ取り早いんやけど、この数やからな』
『ん』
「ああ、邪魔だな。いいアイデアないか?」
無限に感じる円盤の向こうに、わずかに黒い物体が見える。多分アレが母艦という奴だろう。落とせたら少なくともこれ以上は増えない分だけ気が楽になるが、近づくのは容易ではない。
いや、空だけなら可能かもしれない。でも、轟龍に母艦を仕留めるほどの火力はない。確実なのはエンをぶつけることだが、鈍重な蒼龍では円盤の隙間を抜けられない。
エン、イリーナ、空の三人は自分でも策を考える。だけど見つからない。他人にも意見を求めるが、自分でも見つかっていないため三人は黙ったままだった。
『そうね……エン。あの死に急ぎ飛行はどれぐらいできる?』
口を開いたのは、最強を自負する少女だった。
『死に急ぎ? 空の物真似のことか?』
「誰が死に急ぎ野郎だ」
エンとシトラの会話に横やりを入れる空。二人ともに無視された。少し傷ついた。
『まだ練習中でなぁ。空ほど上手くは踊れへんねん』
通信の向こう側で、苦笑いを浮かべているエンの姿が容易に思い浮かんだ。
無理もない。空は自分のことながら、彼女に同情した。
空の戦い方はゲームだから練習できたものだ。常に命のやり取りをしている実戦で生まれたものではないのだから、たとえ技量で優れていようと簡単に真似できないのは仕方がない。
『じゃあやっぱり空が一番なのね。空はどれぐらい落とせる自信がある?』
「数が多い分難易度が跳ね上がるんだが、密集してる方が効果が高いのは確かだ」
『質問の答えになってないわよ』
効果の話をしたら、シトラにぴしゃりと吐き捨てられてしまった。
彼女は気付いていた。わざとはぐらかそうとしていることを、空が無意識に明言を避けていることを、シトラは見抜いていた。
「度胸次第だ。やり遂げれたら、シトラ一人でお釣りが出るぐらいには減らせる」
空は正直言って彼女の言い草にカチンと来た。だけどシトラの言った通り答えにはなっていない。だから空は嫌味ったらしくシトラを基準に答えてやった。
いくら数が多くてもシトラなら、紅龍なら負けはしない。そんな価値観はこの場にいる誰もが共有している。
『言うじゃない。アタシなら今のままでも余裕なんですけど?』
空の意図を読んだシトラが、声だけでも分かるぐらい不機嫌な通信を送ってきた。
彼女もまた、空のようにカチンと来たんだろう。いい気味だ。
「時間がかかるけど、だろ?」
『時間がかかったらさらに増えるかもやんか。ウチもう飽きてきたんやけど』
『ん』
空、エン、イリーナの順番でシトラに呆れつつ、四機は円盤を瞬く間に撃墜していく。
少しずつだが数が減ってきたように感じる。円盤の群れの奥に隠れていた青空がたまに見え隠れするようになってきた。だが、簡単には終わらせてくれそうにない。
円盤たちの向こう側には、さらにさらに大きな一つの黒い円盤が鎮座していた。遠近感がおかしくなったと言われた方がまだ納得できる。何せ、今空たちが落としている円盤よりも遠くに位置しているはずなのに、母艦の方が大きく見えるからだ。しかも母艦からはゴマ粒ほどの何かを散布している。考えたくはないが、その正体は今空たちの目の前にあるものかもしれない。どう考えても、ただいたずらに時間を消耗させられていた。
『わ、分かったわよ。アタシも無駄な時間使いたくないし』
三対一ではさすがに分が悪いと思ったのか、シトラは珍しく自分の意見を曲げた。
このまま戦っていればジリ貧とまではいかなくても時間がかかり過ぎてしまう。シュテルンの目的は不明だが、できるだけ効率よくいきたいと思うのは当然だ。
『エン、イリーナ。アタシと三人で連中を一か所に集めるわ。空はその間に上昇して』
『了解』
『ん』
頼れるリーダーの指示に少女二人が即座に了承し、それぞれ行動パターンを切り替えた。シトラの指示に従い、シュテルンの連中を一か所に集めるために外周から零れた円盤を優先して撃墜する。すると円盤たちは落とされまいと群れの中心へと向かっていく。結果一か所に集まっていくのだ。
「俺を除け者にしたいだけじゃねぇだろうな」
『違うわよ。おいしいところをあげようとしてるの』
「ホントかよ」
空は胡散臭そうに呟いてから操縦桿を引き、轟龍の機首を上へと向けて上昇を開始する。そういえば、直立して上がるより小さく螺旋を描いた方が効率がいいんだっけ。空は思い出した知識を披露するために操縦桿を再度操作し、シトラの合図を待ちながら上昇することにした。
――数分後。
「信号機こわい」
空は思わず呟いた。通信は切っているから完全に独り言だ。誰も空の呟きには反応しなかったが、今の空は気にしていない。
眼下にて展開されている光景を見れば、空でなくても呟かずにはいられないだろう。
上昇を続ける轟龍の下で、蠢いているのは円盤たち。一億かそれ以上に増えてしまったというのに逃げ場を失って上下に伸びるその姿はまるで塔のようだった。
正直言ってドン引きである。
『準備できたわよ空。覚悟はいい?』
「あっああいいぞ」
塔を建造した一人であるシトラが、若干笑みすら混ざっていそうな弾んだ声で合図を出す。
声が上ずってしまうのは仕方がないことだ。いくら技量が優れていると言っても数千万倍の数を意のままに操ってみせるのだ。動揺しないでいられる方が珍しい。
『時短は空にかかってるで。頑張りな』
『ん』
「分かってるよ」
エンとイリーナの激励を貰って、空は左手のスロットルレバーを操作。完全に出力をゼロにした轟龍は慣性に従って更なる上昇を続けたが、やがて重力に従って落下を始める。
空は操縦桿を操作して慎重にコースを選択する。数は一億を超えている。わずかにでも手元が狂えば、例えば途中でくしゃみの一つでもしようものなら、空は爆発に巻き込まれてお星さまの仲間入りだ。慎重に慎重を重ねたとしても罰は当たるまい。
しかし、不思議と空に恐怖はなかった。
人間離れした技巧を見せてくれた信号機に、もしかすると対抗心を抱いているのかもしれない。自分でも自分の気持ちは読めなかったけど、少なくとも撃墜はされないと確信が持てた。
空が円盤の塔に飛び込む。途端に爆発が連鎖し、重なった衝撃が花火となりて世界を照らしていく。
『壮観やな』
『ん』
『ええ、そうね……本当に』
巻き込まれないようにと空が落下し始めると同時に離脱行動に移っていた三人が、それぞれ青空に咲く大花に視線を奪われながら呟く。
自分たちの誰であってもこれほどの花は咲かせられないだろう。だからこそ、彼女たちはその美しさに目を奪われる。
「まとめて落ちろぉぉおお!!」
『二人とも、取りこぼし落とすわよ』
『了解』
『ん』
空の叫びが通信越しに聞こえてきて、正気に戻った三人は速やかに次の行動に移った。
一億を超える円盤は、わずか十五分で消滅した。
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