これが答え
今日も雲一つない晴天だ。この世界に来てからあまり雨を見ていない気がする。移動拠点だから、天候の良い場所を選んで移動しているのかもしれないが、なんだが寂しい気もする。
艦橋から外を眺め、空は口の中で呟いていた。たまには雨音を聞きながらゆっくりしたい。
「全員集まったみたいだね」
キーボードを必死に叩く職員たちを背景に、健太郎はパイロットの四人へ順番に視線を送る。
空と美少女三人は、健太郎の指示により司令室に集合させられていた。なんでも、可及的速やかに打ち合わせがしたかったそうだ。朝食を中断させられた空は若干不機嫌である。
ようやく話が始まるか、と空は適当にさ迷わせていた視線を司令官へと合わせる。ボーッとしていて気付いたが、職員の何人かがチラチラとシトラたちに熱っぽい視線を送っていた。お前ら仕事しろよ。
「緊急招集なんてかける必要あるわけ?」
「せやな。今更打ち合わせする意味あらへんし」
「ん」
シトラ、エン、イリーナも心なしか機嫌が悪いようだ。
割と時間にゆとりがあるパイロット。そして彼女たちの連携は既に完成されたものであり、今更シミュレーションで鍛える必要もない。腕が鈍らないよう動かすか、じゃんけん代わりにデザートを取る手段として使うぐらいだ。それだけでも卓越した操縦技術を持つ彼女たちには十分だ。
何が言いたいかと言うと、普段早朝に起きる必要のない、もちろん出撃なら出向かなければいけないが、彼女たちは健太郎に叩き起こされた。しかも理由が分からないからこそ、シトラたち三人は虫の居所が悪かった。
「いやあるな。メルセデスのことだろ?」
「さすが空。その通りだ」
空がエンの疑問に答え、健太郎も同意して頷いた。
異世界組は気付いていた。メルセデスが出てきた意味を、連中の科学力がどれだけ優れているのか。
気付いているからこそ、不機嫌な三人にも話をしなければならない。健太郎が招集した時間帯は気に入らないが、ちょうどいいタイミングだとは思っていた。
「メルセデスってウチらを倒す用機体のこと?」
「それこそ議論する必要ないじゃない。アタシたちも情報を掴んだ以上負けるわけがないんだから」
「いや、違うんだ。俺が心配しているのは単機じゃない」
部屋に帰らせてもらうぞ、とばかりにあくびを噛み殺して司令室から出ていこうとするシトラ。
仮にも健太郎は上官だろう。それでいいのか軍人。空は思ったが、なんだか面倒になる気配がしたので黙っておくことにした。
「単機じゃない? 複数来るかもしれないってこと?」
「確かに複数機来たら、それこそウチらより多い数が来たら厄介やな。連携が取れんくなる」
「ん」
シトラが健太郎の言葉の裏を読んで、エンが最悪の事態を想定し、イリーナが小さく頷いた。
さすが戦闘のプロだ。面倒な事態をすぐ算出し、多分三人とも頭の中で対策を講じている。全員が真剣な表情に変わっていた。
「それは有り得ない。パイロットはすぐすぐ用意できないはずだ」
「それに相手は連携を取れない。戦力を分散されると厄介かもしれないが、それでもシトラたちには劣ると思う」
メルセデスは空と同じ、異世界からの人間でなければ操縦できない。動かし方が頭の中に入っていなければ、世界最高峰の機体性能を生かしきれないからだ。空の知る限り最高の操縦技術を持っているシトラであっても、メルセデスの性能は十二分に扱えないだろう。
そして異世界人は簡単には増えない。信号機を倒せなければ、この世界には来れない。そして信号機は公式チート。生半可な実力では倒せない。
「じゃあなんで呼んだのよ」
三人を代表して、シトラが再び不機嫌そうに腕を組む。
メルセデスの話題だと思っていたら、想定される最悪の事態は有り得ないと否定されてしまった。余計と不機嫌にならないわけがない。
「メルセデスと同じぐらいの性能を使いこなせて、しかも連携が密な連中。君たちには心当たりがないか?」
「はぁ?」
「これこそが答えだ。考えてみろ。あっ空は答えるなよ」
「ちっ」
健太郎の問いに、シトラが呆れた調子で声をあげる。それでいいのか軍人。
答えようと思っていたのに先に口止めされて、空は不満を露わにして舌打ちをした。
「えっ、空は分かるんか?」
「まあな。実力に関してはある意味信頼しているし」
空は健太郎の問題の答えを知っていた。何度も負けたのは伊達じゃない。メルセデスには及ばないものの優れた性能と、パイロット同士の練り上げられた連携の攻略にどれだけ時間がかかったと思っているんだ。
空は考えて、何だか悲しくなった。結果的に彼女たちに出会えたからよしとしよう。ポジティブに考え直しても、虚しさは消えてくれなかった。
「んー……ん?」
イリーナは少し考えて、シトラを指差した。
「じゃあエンもでしょ」
「それならイリーナもやな」
イリーナに実力を認められたシトラはライバルを指差し、エンはこの場で最年少の少女を指差す。ちょうど三人がそれぞれを指差す形になった。
「……これが答え?」
シトラは信じられないような顔で健太郎に回答する。その答えは空が思い浮かべていたものと同じだった。
信号機。メルセデスには辛うじて及ばず、逆を言えばメルセデス以外ではそうそう負けない三機。世界最強の機体たちだ。
「ご名答。君たち三人ならメルセデスの高性能にもついていけるし、連携も完成されている。俺が敵なら間違いなく真似するね」
健太郎もまた、答えは同じだったようだ。シトラの回答に満足したような笑顔で頷く。
「有り得ないわ。アタシたちはそう簡単に猿真似できるほど安くない」
「それに関しては可能だと思う。俺たちも研究して三人の動きは完全に見切っているんだから」
シトラが顔をしかめて健太郎の解答を否定するが、空にさらに否定されて、不機嫌そうに黙り込んだ。
空は信号機の無限に近いパターンのほとんどを熟知している。健太郎との研究の成果だ。もしも信号機の動きを再現しろと言われれば、ちょっと練習が必要かもしれないが不可能ではなかった。なんならほとんどの動きを知っているからこそ、改善した動きだってできるかもしれない。
信号機という機体の性能さえあれば、三人の真似事ぐらいは空でもできる。そしてメルセデスという、信号機以上の機体性能を開発できたシュテルンが、紅龍、蒼龍、黄龍の三機を開発できないとは思えなかった。
「見切ってるならあの強さも納得やな。でもいつの間に研究したんや?」
「えっ、まあいいだろ」
「そうよ。空がストーカーなのは今に始まったことじゃないわ」
「誰がストーカーだ」
エンが空の実力の根源に納得したように頷いて、次いで当然の疑問を口に出した。
三人はあまり表舞台に立っていない。世界最強の戦闘機乗りたちの素性は隠されており、シュテルンを倒せる実力を持っているとしか世間は認識できないようにするためだ。彼女たちは仮にも軍人であり、顔が広まるメリットはあまりないという健太郎の判断だったりする。
だからいくら熱心なファンであっても簡単に研究はできない。エンがそう思っているからこその疑問だ。
まさか異世界で学んだとも言えない空は言葉を濁す。エンが訝し気な目になる前にシトラが口をはさみ、空は即座に否定した。
三人の中で唯一事情を知っているシトラに助け舟を出されたんだとすぐに理解できたが、それでも他のやり方はなかったんだろうか。あまりに不名誉だ。エンは何だか顔を赤くしているし。
「ゴホン! とにかく、次にメルセデスに乗ってくるのはシトラたち三人と同じ能力を有していると考えた方がいい」
咳払いをして、雑談に移行しつつあるパイロットたちの注目を集める健太郎。そして三人に警戒を強めるようにと話を取りまとめた。
「ふぅん。納得はいかないけど理解はしたわ。ここ最近音沙汰がないのもそれが関係しているのかもしれないし」
シトラがチームのリーダーとして、彼女の上官に頷きを返した。眉間にしわを作っているその顔は、言葉通り納得していないからだろう。
ビーッ! ビーッ!
司令室が真っ赤に染まった。サイレンがたまの仕事に張り切っている。正直うるさかった。もっと音量を下げてもいい気がするのだが。
「何があった?」
「シュテルンです。母艦が出張ってきました!」
「何!?」
今度健太郎に提案してみるか、と空が考え事をしていると、部下の報告を聞いた健太郎が顔色を変えていた。
シトラやエンの表情も引き締まる。イリーナは相変わらず無表情みたいだが、それでも真剣な雰囲気を纏っている。
「……母艦があるのか?」
ただ一人取り残された空は、この世界で初めて聞く単語に首を傾げていた。
シュテルンは基本的に円盤を寄せ集めた部隊で攻撃を仕掛けていた。だからてっきり母艦なんて必要ないと思っていた。どうやらその考えは間違っていたようだ。
「ええ。ただの大きな的よ」
「母艦が出てくるってことは大規模な集団ってことや。ウチらの敵にならんのは変わらへんけど、時間がかかってしまうんよ」
シトラが雑な評価を、その次にエンが簡単に健太郎が驚いた理由を、それぞれ教えてくれた。
母艦という言葉からイメージできる通り、どうやら相当の数の円盤を格納しているようだ。数百機なら数分で倒せる三人を持って時間がかかると言わせる数。さぞ圧巻だろう。
「なるほど。じゃあシトラがどうにかしてくれるな」
「ん」
「まあ、最強やもんなぁ」
「なんだかバカにされている気がするんだけど?」
空は数だけだったら大した脅威じゃないと判断し、自称最強の少女に全部任せることにした。イリーナとエンも同意のようだ。それぞれが呆れたような表情を浮かべている。
シトラが三人をそれぞれジト目で貫いた。
「全員戦闘準備! 目標は近いぞ」
「「「了解!!」」」
司令官の言葉に空とシトラ、エンの三人が返事し、四人揃って胸に手を当てて敬礼をした。
話をした直後に出てくるとは、随分とタイミングがいい。
空は一人獰猛な笑みを浮かべた。成長のしない信号機という久しぶりの獲物だ。楽しみで仕方ない。
健太郎が悲痛の色を瞳に浮かべている気がした。
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