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もはや超能力

 規則正しく並ぶ椅子と長いテーブル。同じテーブルに複数人がつけるようになっているが、今は空の姿しかない。壁際にはカウンターが取り付けられており、奥では割烹着を来たおばちゃんや豪快な笑い方をしそうなおじさんが談笑している。


 空は食堂にいた。ピーク時には席の確保が難しいほどの人で溢れるが、今は広い食堂がほとんど貸し切り状態になっている。わざとピーク時を外したからだ。食堂が常時解放されており、空がパイロットとして時間の都合をつけやすいおかげである。


 食事を終えた空は食後の余韻を満喫していた。もっと端的に言うとボーッとしていた。


「ん」

「イリーナ、今から飯か。お疲れさん」


 湯気のたつ食器を載せたトレーを持つ少女が隣に座ってきたので、空は労いの言葉を送る。


 どうやら湯気をたてていたのは見たことのない魚の煮付けだったようだ。黄色のお茶碗には炊き立て特有の艶を放つ白米も盛られていた。白髪赤目で整った、どう考えても日本人だとは思えない外見からは想像できないが、イリーナは割と和食が好きらしい。


 空は魚を見て、複雑な気分になった。似たような味はするのだが生物の姿は微妙に異なっているものが多い。こういうとき、異世界に来たんだという実感を嫌でも叩き付けられる。


「ん?」

「俺は食べ終わってボーとしてたとこだ。邪魔ならどけるぞ」

「んーん」

「どかなくていい? まあいいならいいけど」


 イリーナが小さく首を傾げ、彼女の意図を正確に読んだ空は何をしていたのか答え、ついでに食堂を出ていくべきか聞く。イリーナは首を横に振って、空の申し出を断った。


 本人たちはもう気にしてすらいないが、完璧な意思疎通ができている。スケッチブックも、もう必要はなかった。


「ん」

「イリーナ? ……どうして俺に寄り添ってくる?」

「?」

「いや首傾げても誤魔化せないからな」


 こてんと空の肩に頭を預けてくるイリーナ。空は率直に聞いてみたが、彼女は首を傾げるだけで答えてはくれない。空はジト目になった。


「ん」


 空の冷たい視線を受け流して、イリーナがほぐした煮魚を箸でつまみ、左手を添えて空へと差し出した。


「なんだよ。くれるのか?」

「ん」

「さんきゅ」


 空は軽く手を合わせて、メインディッシュを分けようとする広い心の持ち主に感謝を示した。


 そして肝心の煮魚を落とさないよう気を付けながら、イリーナの細い右手から箸を貰おうとした。避けられた。


「……」


 先ほどは一口大の煮魚に集中していたから空振ってしまったのかもしれない。今度はちゃんと貰うことに意識を向けよう。


 空は無言で再度チャレンジした。結果は変わらず、明らかに意図してイリーナが空の手を避けた。


「……イリーナさん?」

「……ん?」


 空が名前を呼ぶと、彼女は不思議そうな顔をしていた。


「俺にくれるんじゃなかったか?」

「ん」


 イリーナは頷いた。


 空はだったら、という調子で言葉を続ける。ジト目がどんどんと冷たくなっていく。もっとも、イリーナは気にした様子がなかったが。


「じゃあどうして避ける?」

「んー」


 空の疑問に、イリーナは行動で答えた。変わらず左の手皿を構えたまま、空の顔へと箸を突き出してきたのだ。俗にいうあーんというやつだ。


「は? いやいやいや」


 空は首と右手を大きく横に振って、できる限りイリーナの箸から遠ざかるために上体を逸らした。

 いや、魅力的だ。とっさに拒否してしまったが、イリーナだってシトラやエンに勝るとも劣らない美少女なのは間違いない。ただ、問題があるとすれば、イリーナの外見は十二、三ぐらいしかないということだ。犯罪者というレッテルはまだ貼られたくない。


「んー!」


 しかし、当然ながらイリーナには空の事情なんて関係ない。


 箸をさらに突き出して、それこそ顔に突き刺さん勢いだ、イリーナは自分の主張を無理やりにでも通そうとする。


「……あーん」


 空は諦めることにした。


 イリーナが見た目以上の頑固であると知っている。そう彼女が諦めないから空が折れるしかなかったのだ。決して欲望に負けたわけじゃない。美少女のあーんを役得だなんて思っていない。


「ん?」

「ああ、うまいよ。悔しいぐらい」


 たまには煮魚もいいかもしれない。空は現実逃避気味にそう思った。


「ん?」

「えっうまいって言っただろ?」

「んーん」

「違う? じゃあなんだ?」


 イリーナが首を横に振ったから、空は彼女を注視して微妙な表情の変化をより読み取ろうとする。


 一見すれば無表情だけど、慣れてくるとイリーナが表情豊かなことに気付かされる。そして豊かな表情が、彼女の言葉となっていると理解するのも、そう難しくはなかった。他人からすれば微妙な変化であり全部無表情だと言われてしまうが、少なくとも空、シトラ、エンの三人は完全に表情と言葉を読み解けるようになっていた。


「ん」

「――ああ。俺の様子がおかしかったことを心配してくれたのか?」

「ん」


 彼女の表情にあまり見られなかった感情があった。それを心配だと読み取った空は尋ね、彼女は同意の頷きを返した。


 空は苦笑する。


 自分ではうまく隠せていると思っていた。年の変わらない少女たちに心配させないようにと、気丈に振る舞っているつもりだった。

 だけど実際はバレバレだった。全員に気付かれて心配されて、それぞれに気を使わせてしまっていた。情けない限りだ。


「ありがとな。もう大丈夫だ」

「ん?」

「本当だって。もう悩んだりしないよ」


 ――保留にしただけだけど。


 空は口の中で呟いた。イリーナにこれ以上の心配をかけたくはなかったからだ。


「んー」

「心配してくれてありがとな」


 イリーナは空の言葉を信じていないようだ。ジト目で睨んでくる。


 空はイリーナの疑いを回避するため、彼女のきめ細かな白い髪を乱暴に撫で回した。イリーナは気持ちよさそうに目を細めている。まるで犬を撫でているようだ。


「そういえば、なんでイリーナは俺に懐いてきたんだ?」


 空はふと疑問に思った。目を閉じて空の手のみに意識を集中させているイリーナ。その顔は幸せですと物語っているが、いささか警戒心が薄すぎやしないか。


 信頼の証。ともに戦場で背中を預け合ったからこその絆が今の彼女の表情にはある。そう断言してしまいたくなるが、その考えは間違っている。


 何故ならイリーナは初対面で、空の布団に入ってきたのだから。


 短い時間ながらも一緒に過ごしていて、分かったことがある。イリーナは誰の布団にでも侵入してくるような大胆な女の子ではない。彼女が侵入するのは、決まって他のパイロットの三人だ。それ以外の人間、例えばそれなりの信頼関係を築いていそうな健太郎でさえ、イリーナが部屋を訪れているところを一度も見たことがなかった。


「イリーナの共感覚が特殊だからよ」

「うぉわっ……いたなら声かけてくれよ」


 ふぅむ……? とか言いながら空がイリーナの頭を変わらず撫で回していると、もうイリーナの髪はグチャグチャだ、二人きりのはずの食堂で第三者の声が背後から聞こえてきた。


 振り返ると、携帯型の端末を操作しているシトラがいた。


 シトラ、イリーナ、エンの三人だけに支給されている携帯型端末には簡易的なシナスタジアが搭載されており、キーボードなどの機能は一切ないそうだ。頑張れば、一切触れることなく操作することも可能らしい。もちろん、インターネットにだって接続できる。


 シトラは三人の中でも特に情報収集が好きらしく、空いた時間は基本的に端末をつついている。一度さり気なく画面を覗き見たが、そのときは子猫がたどたどしく歩いている動画を見ていた。多分今回も同じだろう。


「最初からいたわよ。誰かさんが呆けてるから悪いんじゃない」

「うぐぅ。いや待て、最初から?」

「ええ。誰かさんたちが自分だけの空間作ってイチャイチャしているところもバッチリ見させてもらったわ」


 シトラの正論に空は唸って、それから聞き捨てならない言葉と無視できない絶対零度の視線を貰った。


「今すぐ忘れろ。間違ってもエンには言うなよ」

「そんなことよりイリーナの共感覚だけど」

「俺の死活問題はそんなこと扱いか」


 空はジト目を強めてシトラを睨んだ。彼女はどこ吹く風とまるで気にしていない。


「イリーナは他人のオーラが見えるそうよ。人柄とか感情が読めたりできるんですって」

「ん」


 シトラが簡単にイリーナの共感覚を教えてくれた。イリーナは自慢げに未発達の胸を張った。


「おかしいだろ。そんなのもはや超能力の域じゃねえか」

「アタシに言わないでよ」

「ん」

「俺に味方なしか」


 以前超能力じゃないと否定された空が不満を露わにして呟く。二人の少女が逆に顔をしかめて、自分たちのせいじゃないと表情で語る。どうやら空に同調してくれる人間はいないらしい。


「イリーナはテレパシーに近いぐらいの強力な共感覚を持っている。だからこそ、好意的な人間には近づくし悪意ある人間からは離れるわ。アンタが善人じゃなかったら、アタシたちはもっと武力行使できたのに」


 シトラが苦虫を噛み潰したような表情で、憎々し気に呟いた。


 イリーナは初めて会ったときから空に一定の好意を抱いていた。まだ会話すらしていなかったにもかかわらず布団に入り込んでくるなんて、普通は警戒心のない箱入り娘か尻が軽いかのどちらかだ。でもイリーナはどちらでもなかった。普通ではない、強力な共感覚を保有しているからこそ、空に警戒心を抱かなかった。


 イリーナが接触を極力避けるような人間なら、エンも近付いてこなかっただろうしシトラも傍観はしなかった。健太郎には丁重な扱いを命じられていたようだが、彼女たちが忠実に従うような人間ではないと、実際に投げ飛ばされた空は知っている。


「悔しがるなよ。悪かったな善意の塊のような人間で」

「自分で言ってて恥ずかしくならない?」

「お前が最初に善人だって言ったんだろうが」


 呆れたような顔をするシトラに、空は何だこの野郎と視線で訴える。


 やはり分かり合えそうにはない。


「まあでも分かったよ。イリーナから警戒心を感じない理由が」

「ええ、お役にたてたなら光栄よ。じゃああとはがんばってね」


 シトラは手を振って携帯をしまい、食器を重ねたトレーを持って立ち上がった。気付かない間に食事を終えていたイリーナも同様に、足早と食堂から離れようとする。


 ――ドドドドドド。


 空たちが乗っているこの空母ステラを揺らさんという勢いの足音が聞こえてくる。段々と食堂に近付いてくる。


 嫌な予感がした。


「……おいシトラ。エンには話すなって言ったよな?」

「ええそうね。だから動画を送ったわ」


 シトラはさらりと言った。


「この悪魔が!」


 空は全力で叫んで、食器を片付けようと立ち上がる。早く逃げなければならない。


 悪魔は動画と言った。多分空がイリーナに煮魚を貰うところの動画だろう。ウチは構ってくれへんくせに! と思っているだろうことは容易に想像がついた。だから逃げ出さなければならない。何せエンは一度、空の寝込みを襲撃に来たぐらいなのだから。


 結論から言うと、シトラやイリーナに比べ出遅れた空は逃げられなかった。怒り狂ったエンに押し倒されて、理性と本能が全力で戦争をしたことだけは報告させてもらおう。ギリギリの戦いの末、何とか理性が勝利を収めた。潤んだ瞳で空を求めてくるエンは、それはもう絶大な破壊力だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前7時頃更新予定です

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