096.使用人、転じて
「ミルカ・ルーヴェン、ただいま馳せ参じました。お待たせして申し訳ありませんご主人様――――テメェこのミルカ様を呼びつけるとは、中々いい度胸してるじゃん」
あの凄惨な夜から、一カ月が経過していた。
私の天幕の中で仁王立ちする桜色の髪の少女、使用人ミルカがこの場に来たということは、即ち私が送った書簡は無事に届き、シンシア団長の許可も下りているということだ。
「悪いなミルカ。オレらじゃあ、もうどうしようもなくてさ。力を貸してほしい。頼む」
私が素直に頭を下げると、ミルカは軽く鼻から息を漏らした。
「冗談だっつの。あんたも大変だったみたいね。何人、その......死んだの?」
天幕の外から聞こえてくる音はない。
復興中の村、そういった雰囲気は一切感じられない。
破壊された家屋が無ければ、木材や石材を叩く音もない。
徐々に夏の強い日差しがヴィレ・バタタを包み込んでいるというのに、季節の移り変わりを知らせる蝉の声も聞こえてこない。
村を覆う空気は息苦しい、どこか停滞をしているように思える。
私は顔を上げ、静かに口を開いた。
あの夜の吸血鬼との死闘、そして失われた同志たちのこと。
慣れない復興作業に疲弊していく兵士たちの現状。
そして亡くなった村人達、サイロ・ペディアーズ二星騎士、この村を飲み込んだ災禍の全容を。
何一つ包み隠さず、一切の婉曲を許さず、彼女に伝えた。
「――分かった。あとは私に任せな、このミルカ様にね」
自信に満ちたその心強い言葉に、私は深く安堵の息を吐いた。
「助かる。その代わりと言ってはなんだけど、まだ毎日の鍛錬はしてるか?」
「ったりまえじゃん。馬鹿にすんなっつの。絶対にあんたから一本とって、私は戦場に立つんだから」
仁王立ちに映える、強い意思。
彼女の瞳には、パルテンシアの屋敷で見た時と変わらぬ野心が燃えていた。
「そうか――おいハイネ、入ってこい。影で丸分かりだ」
私が天幕の入り口に向かって声をかけると、布が不自然に揺れる。
ミルカが私の言葉で振り返ると同時に、バツの悪い顔で天幕の布をかき分けてハイネが顔を出す。
「えっへへ、あー申し訳ありませんセラ隊長。今日の予定を相談致したく、このハイネ・フォン・ガリレイ。馳せ参じた次第でございます」
「なんだその話し方――別にいつも通りでいい。いや近い。近いっての。肩に手を置くなバカ!」
ハイネは"あの夜"から、変に距離を詰めてくるようになった。
嫌ではないが、少し、というかかなり煩わしい。
私が身をよじって逃れようとしても、彼女は楽しそうに笑って密着してくる。
そんなハイネの様子に、ミルカはあからさまに困惑した顔を見せていた。
だらしない顔のまま、ハイネはようやくミルカに向き直る。
「ミルカも久しぶり。わざわざご苦労さん」
「ご無沙汰しております、ハイネ様!軍服、大変凛々しく似合っております!」
「持ち上げるの上手やねえ。で、セラくん、ウチも交えた話なん?」
予定通り、であっては困るのだが、やはり復興作業は遅々として進んでいない。
家屋や設備への被害はほぼないと言っても過言ではないものの、世話人を失った農作物の手入れという慣れない仕事に加え、硬すぎて歯が欠けたと思う程のパンしかない状況では、どうしても兵は疲弊していく。
訓練も怠るわけにはいかない以上、仲間達には動物の肉を食わせてやりたい。
怪我人とその看護にあたる者を除いた六十人程度で、畑仕事と山間部での狩りを行う必要があった。
王国からの支援物資だけでは、新たな村人を迎える上で懸念が拭えなかったからだ。
そしてこの狩りこそが最大の懸念だった。
山中での狩りでは魔物との戦闘と隣り合わせだ。
私自身はもう慣れたものだが、他の者は違う。
獲物を狙いながらも自身が獲物になりえる緊張感の中、悪路に加え視界の悪さ。
つまり、怪我人は更に増えていくのだ。
このヴィレ・バタタを仕切るのはミルカであるべきであり、山中での指揮は私が行うべきというのが、ない頭を絞って出した結論だ。
「ハイネ、村での復興に関する全権はミルカに委ねる。通達を頼む」
「ぜんけ......え?全権?あの、ご主人様?」
素っ頓狂な声を上げるミルカは無視して、私は話を続ける。
「ミルカの指揮命令はオレの言葉だと全体に認識させてくれ。それと、ミルカはいずれ戦場に出たいらしい。時間を作って鍛錬に付き合ってやってくれ」
「はいはーい。これからよろしくなあ、ミルカ指揮官殿」
「え、あ――えぇ?はい、よろしくお願いしますハイネ様......」
「あと、団長にはミルカの鍛錬については秘密にしておいてくれ。時が来たらオレから話すからさ」
混乱と僅かな歓喜が複雑な模様を形成するミルカの表情は珍しい。
喉を何回か鳴らして事情を呑み込んだ桜色の髪の少女は、手に持っていた革製の鞄から丸められた羊皮紙を取り出した。
「ご主人様のご命令、承知致しました。そしてハイネ様との鍛錬、ご主人様のご配慮に心から感謝を。それと、我が姉から書簡を預かっております」
「シンシア団長から?......あー、分かった。後で読んでおく」
広げた羊皮紙に所狭しと並べられた、砂粒かと見紛う文字の羅列を見て、私はそっと元の丸められた姿に戻す。
「じゃあミルカ、あとはよろしく頼む。ミルカはオレの天幕で寝泊まりしてくれ。負傷者の手当と物資の保管で、もう場所が無いんだ」
「「え」」
二人の声は、気持ちよく重なった。




