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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第九章 -第三の勢力-
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093.幕間:省みる事、その痛ましさ

<<ハイネ・フォン・ガリレイ視点>>


時刻は、夜明け前か。

何がきっかけというわけでもないが、定められていたかのように抵抗なく上半身を起こした。

薄暗い天幕の中、肌寒さを感じるのは、自身の身体に衣服を一切身に着けていないからだろう。

随分と広い空間を満たしているのは、むせかえるような、甘く、そして生々しい匂い。

昨晩の狂騒が、幻などではなかったことを冷酷なまでに証明している。


右を見下ろすと、そこには一人の少年が寝ていた。

昨晩、自分が理性の枷を外し、自分勝手に抱いた――セラ・ドゥルパという少年。


「...............」


思わず、両手で口を覆った。

顔を上に向け、彼から目を逸らす。


(高い天幕やなぁ...はは、これなら星付きも悪ぅないかも)


現実逃避の思考が、頭の片隅を滑っていく。

深呼吸。

深く、深く、肺に冷たい空気を送り込む。

震える視線をゆっくりと元に戻しても、そこにはやはり、毛布にくるまった少年が静かな寝息を立てていた。


精悍な顔だ。

けれど、その目元には少しだけ涙の跡が見える。

幼い中にも、どこか抗いがたい色気を感じる魔性の―――


(うぉぉおおおわあああああああ!!!やってしもたああああ!!!)


頭の中で、絶叫が木霊した。


(これからウチのこと、もっと好きになって!?十三歳のガキンチョに何言ぅてんねん!倫理観が終わってるやろ自分!ああああああもおおおお!!)


感情の波に呑まれ、無意識の内に自分の小麦色の髪を乱暴に掻き毟る。

後悔の後に押し寄せてきたのは、業火のような焦燥だった。

纏魔装<マテリアライズ>は自らの体内に流れるマナ循環を人為的に操作し、極限まで魔力適正を高めるというものだ。

神にも届くかという全能感と同時に、異常な興奮状態に陥る反作用がある。

自分を抑えきれずに、あろうことか直属の隊長であり、まだ十三歳の子供を力ずくで組み伏せてしまったのだ。


(ど、どないしよ...嫌われたら――あ、やば。泣きそう)


胸の奥がぎゅっと締め付けられ、視界が滲む。

「ぐす―――あーもう嫌やぁ...」


情けない声が漏れた、その時だった。


「...こっちのセリフだ、バカ」

「あひぇっ!?」


変な声が出た。

見下ろすと、セラくんが薄く目を開けていた。

彼は自分の身体に掛かった毛布の中をちらりと見ると、少しだけ顔を赤らめて、深いため息をついた。


「はあ、とりあえず服を着ろ。話はそれからだハイネ」

「はい......」


私は這いつくばるようにして、天幕の床に散乱した衣服をかき集めた。

昨晩、狂ったように脱ぎ捨てた翡翠色の下着。

泥と埃に塗れた軍服のズボン。

冷たい布地が素肌に触れるたび、昨夜の熱を帯びた記憶がフラッシュバックする。

震える指でボタンを掛け違えそうになりながら、布が擦れる微かな音だけが、気まずい空間に響いていた。

肌着を身に着け、上着に袖を通す。

その一連の動作が、ひどく生々しく、自分の罪を一つ一つ数え上げているようだった。


---


「セラくん、あの......その、昨晩は――」


なんとか服を着終え、膝を揃えて座り直す。

涙を堪えながら、震える声で言葉を紡ぎ出そうとする自分は、酷く情けなかった。

怒鳴られるだろうか。

軽蔑の目を向けられるだろうか。

それとも、騎士団からの追放を言い渡されるのか。


「ぷっ!はは!なんだよその顔!お前から襲って来たんだろ?」

「え――まあ......そう、なんやけど」


思っていたのと、真逆の反応だった。

彼は怒るどころか、吹き出して笑ったのだ。

予想外の態度に、少し面を喰らってしまう。


「"お互い"、難儀な力だなハイネ。まったく、面倒ったらありゃしねえ」

「お、お互いって...セラくんも、ムラムラしたってこと?」

「そうじゃねえよバカ。勘違いすんな」


呆れたように言い放つその姿は、いつもと何も変わらない、私の知るセラ・ドゥルパだった。

その事実に、張り詰めていた胸の奥が少しだけ安堵で解れていく。


「デミの実験に付き合ってた時はどうしてたんだ?」

「あの時は三日ほど、鎖で繋がれました...です」

「三日か...長いな。辛かったろ」

「う、その――はい」


惨めで、情けない。

魔法の副作用とはいえ、自分の欲情が押さえられず辛かったと十三歳の少年に吐露する自分は、本当にあの"雷神"ハイネ・フォン・ガリレイなのかと思ってしまう。

こうも居心地が悪いと、人は俯瞰して自分を見てしまうものらしい。

今、まさに、それが起きている。


(いっそ、キツい罰もらった方が楽やわ...)


俯く私を見て、彼は頭を掻きながら、ぽつりとこぼした。


「......とりあえず、昨晩のことは不問とする。お前のお陰でみんなが助かった。その、なんだ。あれでチャラだからな?」

「え――許してくれはるの?」


信じられない思いで顔を上げる。

あんな暴挙に出たにもかかわらず、彼は許すと言ってくれたのだ。


「ああ。それに――」

少年は口に手を当て、少し視線を泳がせる。

耳まで赤いのはきっと見間違いではないだろう。

「......意外と――悪く、なかったし」


「セラくんごめん。ウチの耳元でもう一回それ言ってくれへん?もうちょっとエッチな感じで...」

「調子に乗るなバカ!」


怒鳴られ、私は思わず首をすくめるが、心の中には温かいものが広がっていた。

許されたのだ。

赤らめた顔を指で掻く彼の横顔は、精悍な中にも、まだ幼さが残っていて――それがまた、どうしようもなく愛おしかった。


(――やばい。これかなり本気っぽいなぁ)


鼻でフンと息を抜いて、彼は私に向き直る。

その瞳には、もう迷いはなかった。


「ハイネ。中隊の皆を起こしてくれ。話したいことがあるんだ」

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