第8話 カーテンコールの裏で――アリアドネ
三日三晩続いた戴冠祝賀パレードも、フィナーレを迎えようとしている。城下中をうねり歩いた豪奢な馬車の一団が城門を通り、真っ直ぐに玉座へと向かっていく。中庭に詰めかけた群衆は、大歓声を上げて新女王を迎え入れる。身分の高い者も低い者も今宵は祝宴に招かれ、音楽に合わせて舞い踊り、ワインを手に快哉を叫ぶのだ。「新女王陛下、万歳!」と。
ここ数日で多くの式典がひらかれた。新たな大臣や将軍の任命式、叙勲式……。
私にはその最後の式典で、白薔薇章という名誉勲章が与えられた。ありがたいことだ。
日が暮れて祝宴が盛り上がる前に、私は大広間をあとにし、ひとり後宮の自室に戻った。音楽も喧騒も遠くなる。石造りの窓から星の瞬きが見えた。姫を守るために住み込んでいたこの部屋も、今夜で最後だ。
ベッドにうつ伏せに沈み込む。もう体はどこも痛くない。丁寧に湯浴みした髪は亜麻色を取り戻し、清潔なクリーム色のローブデコルテに身を包み、旨いワインも飲んで、なにも気に病むことはないはずだった。そのまま目を閉じる。
数分して、室内に気配を感じ、静かに身を起こした。相手は背後にいる。
「どうやって入った?」
絹ずれとともに、小さく笑うような声が漏れ聞こえた。
「入り口から」
振り返ると、長いローブに身を包んだファウストが、石組の入り口に片肘をついて寄りかかっていた。私は密かに期待していた人ではなくて、内心がっかりした。
「それはわかっている」
「特に見とがめられなかったよ。今夜は後宮の警護は休みのようだったから」
私は舌打ちする。もちろんそれは私の任務だ。いくら祝宴だろうがおろそかにすべきではなかったのだ。
ファウストは微笑んで、降参するように両手を上げた。
「皮肉のつもりじゃない」
「なんのご用でしょうか、参謀閣下。もうお会いすることはないでしょう」
「アリアドネ、みんなが宴で待ってるぞ」
気まずい指摘に、私は黙った。ファウストは窓を見上げる。
「いい夜だ。あのときもこんなだったな。アリアドネ、どうだろう、あのとき聞けなかったあなたの物語を、今聞かせてくれないか」
参謀に抜擢された黒魔道士は、旅のときと同じ気安い調子で言う。
私は唇を歪める。
「そんなことのために来たのですか。私はしがない下級貴族の出。父を早くに亡くし、没落した一家のために、女ながらに騎士の道に進んだのです。そして、姫の護衛隊に取り立てられ、姫を愛し、忠誠を誓った。ああ、心底誓った。姫の望みのために命を賭けたけれど、その結果、あのかたは手の届かないところに行ってしまわれた。女王陛下は城内にお住まいになり、女だけの後宮はもはや必要とされない。ファウスト、貴殿は参謀、ランドーは将軍に取り立てられたけれど、私の旅は今日ここで終わりなのだ。私が姫のために死んでもいい覚悟を持っていたのを知っているだろう!」
言葉は堰を切ったようにほとばしる。後半はもう声が震えていた。
さようなら、懐かしい日々! 胸躍る冒険よ。ランドー、ファウスト、真珠姫、あんな旅はもう訪れない。私はこれからどう生きていこう?
気づくと、両頬を冷たいものが伝っていた。
突然、ファウストの細い両腕が伸びてきて、胸の中に閉じ込められた。声を上げる間もなく、私たちはベッドに倒れ込む。騎士である私のほうが筋肉質で武芸に秀でているはずなのに、痩身のファウストは想像以上に力強かった。艶やかな黒髪、黒い瞳。乱暴されるのかと思って身構えたが、どうも彼の目的はそのためではなさそうだったので、私は力を緩めた。
「なぜ遠ざけられたのかはわかっているはずだ、アリアドネ。陛下はあなたを死なせない」
愛ゆえに私は捨てられた。私の命を守るためと知ってはいても、ああ陛下、あまりに残酷です。
ファウストの声が耳元で震える。
「それにな、終わったなら始めればいいだろ、何度でも」
窓の外では、遠く星が瞬いていた。あの最果ての森で、私はずっと誰かとこうしたかったのかもしれない。




