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第6話 太陽の失墜――ファウスト

 真珠姫、ランドー、アリアドネ、そして俺は横並びに並んで、その様子を観察していた。

 太陽が森を焼き尽くさんばかりに燃えている。

 ガリア王国最果ての森、最深部。

 鬱蒼とした木々の中、突如として切り立った崖が現れた。下部に黒々とした穴が開いている。こここそが俺が伝授された、錫杖《ロッド》の隠し場所だった。見たところ、中は不思議なきらめきを見せる黒い岩肌が延々と続いている。古い時代の坑道か、それとも亡き王が自らの魔力でもって穿《うが》った洞穴か、今となってはわからない。

 4人ともが長い旅路の果てに薄汚れ、疲れ果てているが、目は意気揚々と輝いている。ここがこの旅の終着点にして、救国の唯一の手段だと信じていればこそだ。

「行くぞ」

 ランドーの音頭に俺たちはそれぞれに声を上げて応え、洞穴の中へと足を踏み入れた。


 穴の中に一歩踏み入るとひんやりと肌寒い。かすかに硫黄のにおいが漂い、物語の中の地獄が思い出されていやな気持ちになる。

 静寂の中、革のブーツと金属製の武器のこすれ合う音だけが岩壁に反響している。4人の仲間のものだとしたら、ずいぶんと賑やかな音だ。

 透明魔法《バニシング》は音までは消せない。

 ランドー、と俺は小声で隣の大男に合図する。うん、とランドーはうなずく。ランドーはさらに隣のアリアドネになにか耳打ちする。

 パーティは足を止めた。

「ところで」と、おもむろにアリアドネは言葉を紡ぐ。「アレス将軍はいったいいつになったら姿を現すおつもりか」

 瞬間、背後に殺気が立つ。

 俺たちは反転し、真珠姫を背にして半円形に展開する。

「やっとお出ましか」とランドー。

 黒衣の男たちが手に手に得物を持って格闘姿勢をとっている。魔道戦士《メイジウォリアー》。魔法と物理攻撃に長けた戦士たちだ。それが8人、我が方の倍の人数。面倒なことになった。

 無言でにらみ合う。冷気が熱い体にまとわりつく。息づかいだけが聞こえる。

 前触れもなく黒衣の男たちが左右に分かれた。その中央をある人物が歩み出て来た。

 金色の鎧の美貌の将軍《ジェネラル》。俺の元戦友にして仇敵、アレスその人であった。

 背後から真珠姫の穏やかな声がする。「アレス将軍。たどり着いたのは私たちが最初です。そのうえ、王位継承者本人ではなく、来たのは代理のあなたでしょう。無駄な血を流すのはやめて、ここはお引き取りください」

 アレスは形のいい頭をそらし、声を上げて笑う。

「そうしたければ、父ではなく、この私が継承してもいいのだ。そう要求するだけの血筋はあるだろう?」

 我知らず俺は血が煮えたぎるのを感じた。なぜ? どこで間違った? 軍でエース争いをした、あのまばゆい青春の日々はすべてまやかしだったのか? 違う、俺が気づかなかっただけだ、見捨てられた王子の苦しみに。親友と名乗りながら俺は思い至らなかった。その絶望がどれほど深いものか。遅いかれ早かれ、いつか道は分かたれただろう。だけどアレスよ、もう少しだけ一緒に戦いたかったよ。

「やれ!」

 首領の合図に、黒衣の男たちが飛びかかってくる。

「プラエスタト・ミヒ・ヴィレス・トゥアス・ルクス――満ちよ、光《こう》芒《ぼう》!」

 真珠姫の放つ激しい閃光が瞬間、敵の目をくらませる。直後、激しい乱戦が起こった。

 初めは不利に思われた戦況も、歴戦の成果で武力を上げていた俺たちパーティの相手ではなかった。暗闇の洞穴にランドーの大剣が軌跡を描いて荒れ狂い、アリアドネの槍が稲妻のごとく繰り出される。業火が上がり、光が放たれる。数分後には、敵方はすべて地面に倒れ伏していた。

 アレスをのぞいて。

 なぜ戦いがこれほど簡単に終わったか、傷一つないその姿を見て俺は察知する。やつは部下を盾にしたのだ。部下に俺たちを追跡させ、レガリアの場所が判明する瞬間を王都で待っていたアレスは、ミノス大公の跡取りとして、最も重要な局面で自ら手を下しに来た。そして最後にはその部下をも殺した。なぜそんなにもなりふり構わぬふるまいを。アレス、お前の望みは、願いは、いったいなんなのか。

 アリアドネの鎧を、アレスの剣が一閃した。彼女が静かに倒れ込むのを、俺は絶望的な目で見つめていた。彼女の悲鳴のような叫びが聞こえる。

「姫! 姫! 行ってーー! 行って錫杖《ロッド》をお取りなさい!」

 真珠姫が転がるように洞穴の奥に向かって駆け出した。


 血と煙のにおいが満ちている。頭上から、アレスの笑い声が降ってくる。視界が赤くくもりかけている。

「あと一歩だ……あと一歩で王座は我らのものだ」

「なにを失うかわかって言っているのか」

 アレスは俺を見る。その目からなにかを読み取ろうとして、俺はついに諦めた。

「私に愛する者などいない」

「正気か? ミノス大公が錫杖《ロッド》を手にしたら、息子のお前が死ぬかもしれないんだぞ」

「父は私を愛してなどいない!」

 アレスは声を荒げる。息を切らしていたが、再び唇の端を上げる。

「エーデルワイスにその勇気があるのかね、ファウスト? どうだ、美しき騎士《ナイト》アリアドネ、我が閨《ねや》に侍るなら、貴様は死にはしないぞ。貴様だけではない、誰も死なぬ。エーデルワイスと違って」

「くだらない冗談など言うな!」叫んだのは俺だ。

 今すぐに食ってかかりたいが、腕を上げることすらできない。無力だった。惨めだった。視界がぼやける。ところが、こちらを見たアレスと目が合ったとき、それが揺れていることに気づいて、俺はぎょっとした。

「冗談ではない。その騎士《ナイト》の身を案じているのだ。死の運命が待ち受ける、エーデルワイスの愛する者を」

 突然、俺はあることに気がついた。

「お前は……悔しいのか? そうなんだろう? お前は誰からも愛されなかった。愛することもできなかった。王位継承の血としきたりに翻弄され、本当に欲しいものが手に入らなかった。だから力が欲しいんだろう? お前の人生は嫉妬にまみれていた。本当は、お前の本当の願いは、真珠姫を消し去ることなんじゃないのか? だけどなアレス、それは八つ当たりって言うんだぞ」

 アレスはなにも言わず長い息を吐いた。沈黙。最後に、やつは少し微笑んだようだった。あの初めて共闘した日の戦場でのように。剣が振り上げられる。「ファウスト、貴様ともっと早くに会えていたら――だが、今はもうさらばだ、友よ」

 動けない。固く目を閉じる。なにも起こらない。再び目をひらくと、アレスの切っ先が眼前で止まっていた。戸惑いが脳内を駆け巡る。なぜ斬らない? 剣先が震えている。

 その瞬間だった。

 まばゆい七色の光の風が洞穴奥から、怒濤のごとく吹き込んできた。風は俺たちの体を包み込み、一瞬にして全身を治癒させる。ランドー、アリアドネは立ち上がるが早いか、アレスに飛びかかる。しかし、突然の巨大な魔法の力にアレスがうろたえたのは一瞬でしかなかった。剣が弧を描いて俺たちを襲う。ランドーが絶叫し、立ち向かう。プラエスタト……詠唱を始めた俺の前を騎士《ナイト》が常のごとく守る。ミヒ・ヴィレス・トゥアス……アレスとランドーの剣戟がこだまする。

「トール――落ちよ、雷!」

 激しい稲光と共に、洞穴中を雷が走り抜ける。黒い岩肌のきらめきが乱反射して途方もない光景が広がった。聴覚が麻痺し、肌に無数の矢が突き刺さるような衝撃が走る。

 アレスは静かに前方に倒れた。

 輝く白銀の錫杖《ロッド》を手にした少女が姿を現わす。それは、俺たちに王の帰還を知らせる光景だった。耳鳴りが消えていく。

 アリアドネが金色の鎧の中心めがけて槍で突く音を、俺は目を閉じて聞いていた。

 さらばだ、友よ。

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