写本の悪魔(7)
エイダンは逡巡しながらも、写本の悪魔に問うた。
「読むものとてない、と言ったのはお前だろう。ラテン語で書かれているならまだしも、私はこの島の古語を読解できない。どうやって読めというんだ?」
『問題ない。教会のステンドグラスと同じだ』
悪魔は言った。
『写本が識字者への「手による説教」であるならば、ステンドグラスに描かれた聖書の物語は、文盲への説教を目によって補助するものだ。聖職者が信徒に説教する時の聞き手のように、お前には知ろうという意思だけあればいい。……あとは俺が連れていく』
連れていく。
その言葉の不穏さにエイダンはたじろぐ。
悪魔によって、どこかへと連れて行かれる。
写本の悪魔は薄く笑った。
燭台の灯りに揺らめくその影が、いつの間にか大きくなった気がした。
『そう怯えるな。言ったろう、俺はお前の罪を知っていると。今更じゃないか』
蝋燭の火が細く伸び、音が遠のいた。
悪魔の影がさらに大きくなる。
エイダンは後ずさりしようとして、足が動かないことに気づく。
悪魔の足元から伸びた影が蠢き、意思持つ沼のようにエイダンの両足を絡め取っていた。
「文字」だ。悪魔から生じた黒々とした文字の虫たちが、エイダンの足を捕らえ、体を登り、群がりながら取り込もうとしている。影と虫とインクの沼の中に沈めようとしている。
「う、あ……っ!」
声を上げようと開いた口にも「虫」が入り込む。噎せ返るようなインクの味、におい。
反射的に吐き出そうとした身体が喉の肉を縮めるよりも早く、ぬらりとした文字の虫の群れが食道と臓腑の中にまでなだれ込んだ。
「……がっ……」
息ができない。
文字の虫は顔を覆い、視界まで漆黒に閉ざしていく。体が沈んでいく。
意識のすべてが塗り潰される直前、写本の悪魔の声が響いた。
『なあエイダン。お前はどうにも、俺と同類のような気がするよ』




