写本の悪魔(6)
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俺が写本僧として生きたのは、もう千年近く昔のことだ。
その頃、写本がどれだけの価値を持つ存在であったか、どれだけの犠牲を払って作り上げられるものだったか、お前には分かるまい。
いや、学僧であれば知識としては知っているかもしれん。だが実感はわかぬだろう。
俺が「抜け殻」と呼んだこの身の依り代、綴じた羊皮紙それ自体でさえ、どれだけの家畜を屠って作ったものか。どれだけの工程を経て、やっと文字を記せる形態と成し得たものか。
傷や虫の穿痕の無い羊を選び、職人が細心の注意を払って皮を剥ぐ。数日に渡って石灰水に浸し、幾日もかけて削り、伸ばし、乾かす。脂や肉の腐敗臭と溶液の臭いはすさまじく、従事する者はしばしば病を得て、喉を潰し肌は爛れた。
それでも書ける面積はわずかだ。写本一冊を作るために、村一つ分の家畜が必要になることもあった。
色インクはあらゆる無機物、有機物と化学の綾なす芸術だった。
最も高価だったのは青だ。大陸の遥か彼方、幾つもの山脈と海を越えて初めて手に入る海を渡る青。美しいラピスラズリを磨り潰して作る青の価値は金にも勝り、一筆で金貨数枚にも相当した。
写字室は尊い苦行と瞑想の場所だ。羊皮紙を守るために酷寒の冬でも暖めることはできず、霞む目とかじかんだ指先を励まし、沈黙の中でただただ羽ペンの軋む音だけを聞き続けた。写字とは手による説教。その中で幾十、幾百の写本僧が光を失い、命を削ってきたか。どれだけの刻が費やされたか。
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『エイダンよ。それを燃やすということがどれだけ残酷であるか、《島》の学僧であるお前ならわかるはずだ』
写本の悪魔はエイダンの目を見て言った。
この男は嘘を言っていない。借り物の記憶を語っているとも思えず、それは確かにかつて修道士であったというこの男が、実際に経験した過去なのだろう。
しかしそれでいて――エイダンは思った。
言葉とは裏腹に、彼の声音には「説得」に伴うはずの、情に訴えるような芝居らしさが無い。
無さすぎるのだ。悪魔の罠であるにしろ、人間の情感であるにしろ。
ただ経験した事実を並べて、後からそこに感慨がある"振り"をしているような、どこか乾いた響き。この男が己の過去に抱いているのは呪詛でも虚偽でもないだろう。それでいておそらくは、誇りでも懐旧でもない。
しかし、代わりに何があるのかも掴めない。
エイダンの戸惑いをよそに、写本の悪魔は言葉を続けた。
『そして、今や己自身となったこの装飾写本は、俺にとって特別なものだ。もはや読むものとてない古語で書かれ、失われた物語を封じたもの。どうしても燃やさねばならぬというのならば、お前が読め。それが条件だ』




