仕組まれた物語
朝のニュースは、もう一段階、踏み込んでいた。
『洋上テイスティングの裏側』
『勝者に残る疑問』
『サボタージュ事件との関係は?』
悠司は、タブレットの画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
昨日までは、「奇跡の逆転」だった見出しが、今日は「疑惑」に変わっている。
ミアが、静かに言う。
「完全に、流れを作られてる」
記事の構成は、どれも似ていた。
『テイスティング直前のトラブル』
『タンクに“何か”が入っていた件』
『紅丸グループの一人が連行された件』
『そして、「急きょ別の酒が出された」という事実』
それらを、一本の線でつなげている。
『最初から、別の酒を出す予定だったのでは?』
『トラブルは、出来レースだったのでは?』
証拠は、ない。
だが、「疑うには十分な材料」だけが、丁寧に並べられている。
「事実は、全部バラバラなのに」
「並べ方一つで、“話”になる」
ミアは、苦い顔をした。
そこへ、クレアから連絡が入る。
「今、いい?」
彼女の声は、いつもより、少し硬い。
会議室に集まる。
クレア。
運営側の責任者。
法務チームの代表。
「状況は、把握しています。」
クレアは、はっきりとそう言った。
「ですが今は、公式に反論すると、逆効果になる可能性が高い」
「黙ってろ、ってことですか」
悠司の声は、少し低くなる。
「黙るではなく、準備するです」
弁護士が、資料を机に置く。
「現在出回っている映像や記事は、どれも断片です。
しかし、世論は物語の形で受け取ります。」
「中途半端な反論は、言い訳に見えるだけです。」
ミアが、腕を組む。
「じゃあ、何を準備するの?」
クレアは、少しだけ間を置いてから言った。
「完全な時系列です」
一方。
ブライスは、別の場所で、同じニュースを見ていた。
「いい感じだ」
側近が、言う。
「世論は、半分以上、疑い始めています」
ブライスは、軽く肩をすくめる。
「人は、面白い話を信じる」
「真実かどうかは、二の次だ」
彼は、別の画面を開く。
そこには、配信サイトの管理画面。
「次は、専門家の声を足そう」
「味の話じゃない。手続きの話だ」
側近が、頷く。
「フェアだったのか?という軸ですね」
「そうだ」
ブライスは、笑った。
船内。
悠司とミアは、例の動画をもう一度、見直していた。
倉庫。
フードの人物。
赤い塗料の痕。
「この人が、紅丸グループの一人なのは、ほぼ確定ね」
「問題は、後ろの影だ」
悠司は、画面を止める。
ガラスに、ぼんやり映る、もう一人。
「二人で、動いてた」
ミアは、唇に指を当てる。
「しかも、この映像誰が撮って、誰が編集したのか……」
その時。
ミアの端末に、メッセージが届く。
差出人不明。
短い一文。
『本当の映像が欲しければ、倉庫Bの奥を探せ』
二人は、顔を見合わせた。
「罠?」
「でも」
悠司は、立ち上がる。
「行くしかない」
倉庫B。
昼間でも、薄暗い。
古い機材と、使われなくなったコンテナ。
その奥。
埃をかぶった棚の裏に、小さなケースがあった。
中には。
小型の記録用カメラ。
ミアが、すぐにデータを吸い出す。
再生。
そこには。
編集されていない、長い映像。
紅丸グループの一人が、タンクに近づく。
だが、その前に。
すでに、別の人物が、何かを入れている。
「やっぱり」
そして、二人が、すれ違う。
互いに、気づいていない。
「利用されたんだ」
ミアが、低く言う。
「本命は、別にいる」
悠司は、画面を見つめたまま、拳を握る。
「そして、その映像を、誰かが、ちゃんと回収してる」
部屋に戻る途中。
ミアが、言った。
「これ、出せば、流れは変わる」
「でも」
悠司は、歩きながら言う。
「誰が、これをいつ出すかで……また、物語になる」
ミアは、少しだけ、笑った。
「ほんと、面倒な世界」
夜。
悠司のスマートフォンに、また、通知が来る。
今度は、メディアからの取材依頼。
件名。
『真実について、あなたの言葉で語ってください』
悠司は、画面を見つめて、しばらく考える。
そして、ゆっくりと、端末を伏せた。
「まだ、だ」
「今は、まだ……」
窓の外の海は、静かだった。
だが、その下では。
確実に、流れが、変わり始めている。




