アレクside
正直な話をさせてもらうとあの戦いはかなり危うかったと言っていい。
一歩間違えれば僕は今、この会場に2本の足で立っていることなんかできていなかったのかもしれないと考えると本当に背筋が凍るよ。
だが、そんなのも最早過ぎた話だがな。
それよりこの僕こと、アレクが現在いる場所はダンジョン街バスパから西におよそ3キロほど進んだ所にある現在は廃坑となっている広大な敷地の砕石場だ。
なんでも10年ほど前まではこの砕石場から石を切り出して住宅やら何やらといった建造物を建てていたらしいがのだが、最近になってさらに質の良い石が切り出せる砕石場が発見されたり、この場所周辺は手強いモンスターが徘徊していやすい為、バスパまでせっかく切り出したその大量の石を運ぶのにはあまりにリスクが高いことなどから、ここは廃坑となったのだ。
だが、こちらからしたらありがたい話なのだがな。
なんたってこの会場でこの後行う催し物は一般公開できないような代物なのだから…。
まさに"僕ら"にとってはここは絶好の穴場さ。
「さて、どうやらまだ時間もあるようだし彼女の様子でも見て来るかね」
僕はランプを一つ右手に持ち、夜の闇を照らしながらこの砕石場の一番端に歩いて向かった。
そこには規則正しく並べられた3×3メートルほどの銀色をした鉄格子のついた箱が幾つも並べられている。
みなさん既に勘のいい人は気づかれていると思うけれど、これらの箱は全て奴隷収容用の独房さ。
僕はそのうちの一つの前に通った時だった。
すると、一番手前の独房に収容されていたまだ若い30代ほどの男が、僕のランプが放っていた灯りが自分達のところへ近づいてきたことに気づいたからであろう。
鉄格子越しに僕に向かって涙と鼻水を撒き散らして一生懸命に土下座をしてくる。
「なぁ頼む!!頼むから俺をここから出してくれ!
家族が待っているんだよ。俺にはこのくらいの小さい子供がいてよ…」
男は右手を目線のあたりに持ってきて地面と平行にさせ、まだ幼い子供がいるというアピールをしてくる。
…ったく、なんなんだよ!どいつもこいつも家族、家族って!!煩いんだよ。
家族なんて一体何がいい?
僕はその男の前を目を合わせることもなく無言で通り過ぎる。
だが、この男が僕に気づいてしまったせいで周りの独房からも「助けてほしい」やら僕に対する罵声やらがガヤガヤと飛び交い始めた。
「全く…」
だがそれら全ても同じく無視をして僕はある一つの独房の前で足を止めた。
中には静かで、なぜかどこか他の奴らとは何か違う雰囲気を醸し出す黒髪の女性がいた。
その名はユキナ。
手と足には鎖が繋がれており目元を見ればおそらくつい先ほどまでは泣いていたのであろう。クシャクシャになっているのがすぐに分かった。
「なんて顔をしているんだ。君はメーンイベントなんだからそんな泣き顔でクシャクシャになっていちゃ"あの人"達に嫌われてしまうよ。」
笑顔を浮かべてそう答えてやった。
しかし、ユキナから返ってきたのは予想外の言葉。
「ここはいる人達をすぐに解放しなさい。」
この女は自分の置かれている立場がどうやら分かっていないようだ。
何故か自分より先に完全に会ったこともない見ず知らずな他の人間達の心配をし始めたのであった。
「君も他の奴らへ向けたものとは少し意味が違うが、煩い奴だ。」
だったら…それなら今のうちに完全にこの女の心を折ってやろうと思い、あのエデルという男とその飼っていたペットのイヌは僕が殺してやったことを伝えた。
「…嘘です。そんな嘘に私は騙されません」
ほらほら、落ち込んだよ。
さっきまでの威勢がまるで感じられなくなった。
「嘘じゃないさ。あいつらは僕の毒魔法で毒殺してやったよ。
最後まで君のことを思ってずっと僕に抗ってきてさぁ。実に腹が立ったよ。」
「いえあの人、いやあの方々は将来必ず英雄になる人達なんです。
それまでは…あの人は絶対に止まりません。」
「ふん、バカバカしい限りだ。」
どうやら来てみても意味がなかったようだ。
まぁいい。どうせ何と言おうともこの女は聞く耳を持たないだろうしもう時間の無駄だと判断した。
僕がこの無駄な会話を終わらせようと思い、後ろを向いて立ち去ろうとした時だった。
あの女は僕に向けて独房に入っている人間とは思えないほどのキリッとした目をこちらへ向けて一言発した。
「あなたは私たち家族の力というのをナメています。もっと"信じる心"を持った方が良いですよ」
僕はその言葉を鼻で笑いその場を後にした。
「皆様、ようこそお越し下さいました!!今日は満月。この月の綺麗な光のように皆様一人一人がオメアテをここで見つけ輝かしい表情をして帰れるよう心より祈ってますよ!!
それでは早速、皆様お待ちの"イベント"を始めてしまいましょう!」
僕は台本通りのセリフを述べて300人は集まったお客様【奴隷のバイヤー】達を前にしたステージの上でイベントの開始を宣言した。
そう、僕こそこのバスパの街とビヤルドの街を拠点に活動している奴隷業の副元締めだ。
僕は、そこそこ有名な中級パーティ【グラリオッサ】に属している。
このパーティの理念は表向きでは初級冒険者達を中級者冒険者がダンジョン連れて行く活動などをして、冒険者全体の力の向上に務めるなどと言いギルドからの信頼もそこそこ取れているのだが、実際のところそのダンジョン攻略は将来有望な人材をダンジョン内で拉致して、月に1度この場所で開いている【グラリオッサ】主催の奴隷競りにかけているのだ。多くの人間を拉致するわけではなく少数に絞ってやってきていることもあり、今までギルドから目をつけられたことなどは一度もない。
つまりそのパーティはこんな僕と非常にやり方の気が合う汚い手を使う金稼ぎ集団さ。
さて、まず最初にこのステージに運ばれて来たのは、先ほど僕がユキナの元へ行った時に僕へ最初に噛み付いて来たあのまだ小さな子供がいると言っていたあの男だった。
先ほど会った時に比べて泣き疲れたのかげっそりとした顔をしているな。
「あれじゃあ競り値もたかが知れている」
僕は客に聞こえない程度に愚痴をこぼす。
だが、やはり若いということとガタイの良い男性だという点からバイヤー達は荷物運びには丁度良いとでも考えたのであろう。
「それでは元冒険者のこの男。銀貨20枚からです。」
「私は銀貨25枚!」
「ならワシは銀貨40枚だ!」
少しずつではあるが競り値が上がって来た。
しかし、それも長くは続かずあの男は銀貨50枚でいかにも金持ちそうなバスパ在住の老人が決着をつけさせた。
この調子で2時間ほど経ちメーンイベントであるユキナの競りまであと3人という時のことだった。
僕と同じく【グラリオッサ】に所属している同期で今日はこの会場周辺の警備を担当していたスティーンという男が額に尋常ではないとほどの汗をかきながらステージ裏から僕を呼んだのだ。
こいつは、良い槍の腕をもつ確かな実力者で滅多な事でこんな情けない顔を人前で晒さない。
僕はすぐさま異常を感じ、代わりの者に司会の担当を任せ、スティーンの元へ向かった。
「どうしたんだスティーン!」
僕は汗をタラタラと流し、ガタガタと震え始めたスティーンの肩を揺さぶり何があったのかを聞いた。
すると、彼の口からとんでもない発言が飛び出したのだ。
「……みんなやられちまったんだ。それでおれだけ生き残って…」
「はぁ!!?何だともう一度言ってみろ!」
僕は混乱のあまり激昂してスティーンの胸ぐらをつかんで詳しく話を聞いた。
要約すると、この会場から近い場所を警備していたら突如として巨大な赤い狼が襲って来て一瞬でスティーンを除いた全ての奴らがやられたらしい。
「バ、バカな。ありえない。」
僕はさすがに動揺を隠しきれなかった。
…なぜ、そんなにギリギリまで狼のモンスターの接近に気づけなかったんだ?透明になれるわけでもあるまいのに。
それより問題は、今日の競りを安全に最後までやり通す為、総員1500名もこの会場周辺の警備にあたらせていたのだ。
さらに、スティーンはその実力も買われてその中から500名を結集させ一つのグループとして一緒に警備するように任せていたのに。
「あれだけの数の警備兵をお前だけを残し、たった1匹だけの狼が一瞬で倒したというのか?」
「あぁ、なんとか俺だけは逃げ帰ってこれたのだが…」
この話を聞いて僕はこの時、ある嫌な予感を感じていた。
『ウォォォォォォォォォオン!!!』
満月の夜空に響くどこからか聞こえる遠吠え。
…いや、まさかな?
今夜にもう一話投稿予定!




