(1)いつもの朝
翌朝。
理永は、
庭の林檎の木の前に立っていた。
枝には、
赤く色づいた林檎が実っている。
ひとつ手を伸ばし、
実り具合を確かめる。
もう十分に熟していた。
理永は、
いくつかの林檎を選んで籠に入れた。
赤い実を見つめていると、
ふと、由良の瞳が思い浮かんだ。
深い赤色。
光の加減で、
わずかに色合いを変える瞳。
「……由良」
気づけば、
その名を口にしていた。
理永は小さく首を傾げ、
籠の中の林檎に視線を落とした。
何で今、
思い出したのだろう。
そんなことを考えながら、
最後のひとつを籠に入れた。
朝日がのぼり、家を出る。
理永は、
いつものように森の小道を歩いていた。
向かう先は、
由良の家。
手には、
小さな籠を持っている。
中には、
庭で採れた林檎が入っていた。
由良に会いに行く理由は、
いつもと変わらない。
けれど。
昨日、別れたあとも、
理永の心には、
あの人のことが残っていた。
由良が話していた、昔の知り合いの魔女。
どんな人だったのだろう。
由良にとって、
どれほど大切な存在だったのだろうか。
考えているうちに、
籠を持つ指先に、
知らず知らず力がこもった。
林檎が籠の中で、
かすかに触れ合う音がする。
その音に気づいて、
理永は慌てて指の力を抜いた。
けれど、
胸の奥に生まれたざわめきは、
なかなか消えてくれなかった。
由良の顔を、
思い出すたびに、
胸の奥が落ち着かなくなる。
喉のあたりが、
わずかに詰まるような気がして、
理永は何度も唾を飲み込んだ。
「……なんか、由良のことばかり考えてる気がする」
小さく呟いて、
理永は首を傾げた。
歩みを止めるほどではない。
けれど、
足を前へ運ぶたびに、
心だけが少し遅れてついてくるようだった。
まだ、
その気持ちに名前をつけることはできていない。
ただ、いつものように、
由良に会いにいく。
そう思った瞬間、
胸の奥がかすかに熱を持った。
その熱を隠すように、
理永は視線を落とし、
籠の縁を親指でそっとなぞった。
顔を見て、
声を聞いて、
いつものように話がしたい。
そう思う気持ちだけは、
はっきりしていた。
それなのに、
由良が誰かを大切に思っていたことを考えると、
胸の奥が細く痛む。
その痛みが何なのか分からず、
理永は眉を寄せた。
やがて、
木々の向こうに、
由良の姿を見つけた途端、
心臓が一度、
大きく跳ねた。
理永は足を止めかけ、
けれどすぐに、
何事もなかったように歩き出した。




