(8)今を生きる
由良は、
夜の窓辺に立っていた。
外には、
月明かりに照らされた森が広がっている。
手元には、
理永から贈られたペンダントがあった。
その奥に宿る金色の光を、
由良は静かに見つめていた。
今日も、
理永と過ごした時間を思い返す。
魔法の話をして。
小さな花を作り、
それを手渡した。
理永の、
感動に輝く瞳。
嬉しそうに上がった口角。
あの笑顔を思い出す。
理永は、
あの花をどうしただろうか。
そんなことを考えて、
由良はかすかに目を細めた。
理永と過ごす時間は、
いつも穏やかで。
言葉を交わし、
知らなかったことを尋ねられ、
自分のために作られたものを贈られる。
そんな日々が、
少しずつ積み重なっていく。
それが、
何よりも嬉しかった。
けれど。
由良は、
ペンダントを握る指に、
わずかに力を込めた。
同じ魂。
間違えるはずがない。
何度生まれ変わっても、
由良には分かる。
理永の魂が、
そこにあることを。
けれど、
魂が同じだからといって、
その人まで同じになるわけではない。
原初の理永には、
原初の理永として生きた時間があった。
人間に転生した理永には、
由良と恋人として過ごした日々があった。
そして、
今の理永には、
今の理永だけの人生がある。
同じ魂を持ちながら、
それぞれが違う人生を生きてきた。
由良は、
そのすべてを見守ってきた。
そばにいられた時間もあれば、
遠くから見守ることしかできなかった時間もある。
そして、
由良はそれを失ってきた。
二度と戻らない時間。
もう交わすことのできない言葉。
それらは、
今も由良の中に残っている。
忘れたことなどない。
忘れたいとも思わなかった。
過去の理永たちは、
由良にとって、
今もかけがえのない存在だった。
今、
由良が見つめているのは、
過去の誰かではない。
目の前で笑い、いまを生きる、
共に庭の手入れをし、魔石に夢中な、
今の理永だった。
懐かしさを覚えることはある。
ふとした仕草に、
遠い面影を感じることもある。
けれど、
今の理永は、
過去の誰とも違う。
わかっていないことは、
まだたくさんある。
これから先にも乗り越えなければならない壁が、
きっとたくさんある。
それでも今は、
理永と居られることが嬉しかった。
由良は、
窓の外へ視線を向けた。
今世こそは。
理永と一緒に幸せになりたい。
そう願い、
今の理永のそばにいる。
過去を取り戻したいわけでも、
失った時間を、
埋め直したいわけでもない。
今の理永と、
これからを生きていきたい。
ただ、
それだけだった。
それなのに。
胸の奥に、
消えることのない感覚があった。
また、
失うことになるのではないか。
ふとした拍子に、
そんな言いしれない不安がよぎる。
由良は、
目を伏せた。
何度も見送ってきた。
理永が生まれ、
生き、
そして自分の知らないところで、
その人生を終えていくこともあった。
見守ることしかできなかった人生もある。
手を伸ばしても、
届かなかったこともある。
どれほど願っても、
変えられなかったことがある。
その記憶は、
消えない。
今の理永は、
過去の理永とは違う。
分かっている。
だからこそ、
今の理永と築いていく未来は、
過去のどの人生とも違うものになる。
今度こそ、
この未来を守りたい。
そう思っていても、
未来は約束されているわけではない。
由良は、
長い年月を生きてきた。
恐れを知らないわけではない。
失う痛みを忘れたわけでもない。
ただ、
そのすべてを、
自分の中に抱えてきた。
誰かに委ねることもなく、
誰かに背負わせることもなく。
そうして、
ここまで生きてきた。
由良は、
手の中のペンダントを見つめた。
金色の光が、
静かに揺れている。
今の理永が、
自分のために贈ってくれたもの。
過去の記憶とは関係のない、
今の理永が選び、
作り、
手渡してくれたものだった。
由良は、
それをそっと握り直した。
不安がなくなったわけではない。
これから先、
何が起こるのかも分からない。
だからといって、
今の理永と過ごす時間を、
失うことを恐れるあまり、
遠ざけるつもりはなかった。
過去を忘れる必要はない。
過去の理永を愛したまま、
今の理永を愛していけばいい。
今の理永が、
どんな人になっていくのか。
何を知り、
何を願い、
どんな未来を選ぶのか。
それを、
これから知っていけばいい。
由良は、
ペンダントを枕元に置いた。
そして、
窓の外に広がる夜を見つめた。
明日も、
理永に会いに行こう。
その想いに、
迷いはなかった。
胸の奥に残る不安も、
過去の記憶も、
消えることはないだろう。
それらを抱えたまま、
由良は今の理永と生きる未来を、
望んでいた。
静かな夜の中で、
由良はそっと目を閉じた。
その心に、
過去も、現在も、
そしてまだ見ぬ未来も、
すべて抱いたまま。
ここまで読んでくださりありがとうございます!評価ポイント、本当に励みになります!もしよろしければブックマークもポチッとしていただけると、執筆の大きな力になります!
今後とも、よろしくお願いいたします




