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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第67章|『揺らぎ』
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(7)金色の揺らぎ

理永は窓辺に立ち、

遠ざかっていく由良の背中を見つめていた。

やがて、

その姿が木々の向こうに消える。

理永は、

しばらく窓辺に立ったままだった。


手の中には、

由良が作ってくれた小さな花。

淡い光は、

もうほとんど消えかけていた。

それでも、

花の形は崩れていない。

理永は、

そっと指先で花弁に触れた。


今日も、

由良といろいろな話をした。


魔石のこと。

魔法陣のこと。

魔力を操る方法。


知らなかったことを教えてもらう時間は、

いつも楽しかった。


けれど。

今日は、ひとつ気になっていることがあった。


由良が語った、

あの魔女のことだ。


自分にできることを探し、

何度も試し、

簡単には諦めなかったという魔女。


由良は、

その人のことをよく覚えていた。


どんなふうに魔力を扱っていたのか。

どんなことを考えていたのか。


まるで、

今もその姿が目に浮かぶかのように。


「……どんな人だったんだろう」


ぽつりと、

言葉がこぼれた。


由良は、

長い時を生きている。


とうぜん理永の知らない場所で、

理永の知らない人たちと出会ってきたのだろう。


その中には、

大切に思う人もいただろう。

そう考えるのは、

不思議なことではない。


頭では分かっている。

それなのに。


胸の奥に、

小さな棘のようなものが残っていた。


由良がその魔女を語るときの声。

その人を覚えている目。

自分には知らない由良を、

その魔女だけが知っているような気がした。


「……どんな関係だったのかな」


口にした途端、

理永は小さく眉を寄せた。


どうして、

こんなに気にしているのか。

ほんとうにただ、

由良のことをもっと知りたいだけなのか。


それとも。

由良の中に残るその人の場所を、

自分も知りたいと思っているのか。


魔女の話を聞くたび、

胸がざわつく。

自分でも気づかないふりをしていたけれど、

それは不安に似ていた。


由良の隣にいた時間も、

由良から向けられた言葉も、

自分だけのものではない。


そう思うと、

指先が冷たくなる。


あのときの由良の声が、

何度も思い出される。


――ああ。大切な存在だった。


迷いのない、

静かな声。


理永は、

手の中の花を見つめた。


由良が作ってくれた花は、

指先に触れても何も答えない。


ただ、

そこにあるだけだった。


それでも、

由良が自分のために作ってくれたものだと思うと、

手放したくなかった。


由良が誰を大切にしてきたのか。

どんな人に心を寄せてきたのか。


知りたい。

けれど、

知るのが怖い。


その中に自分の居場所がないと、

思い知らされるような気がした。


「……由良、貴方はどんな人なの」


小さく呟いて、

理永は花をそっと両手で包んだ。


由良のことを知りたい。

もっと近くで、

自分だけが見られる表情を知りたい。


そんな願いが、

胸の奥から静かに湧き上がっていた。


その気持ちが、

どうしてこんなにも胸に残るのか。


ほんの少し、心の奥で。

由良を誰かに奪われたくないと思った。


今の理永には、

その想いの名前を、

まだ見つけられずにいた。


――――――――――――――――――――


同じ夜。


由良は、

寝室の椅子に腰を下ろしていた。


手元には、

理永から贈られたペンダントがあった。

細い銀のワイヤーに包まれた魔石。

その奥には、

淡い金色の光が宿っていた。



昼間、

指先で触れたときに感じた魔力を思い返す。

間違えるはずのない力だった。

長い時を経ても、

忘れたことなどない。


それが今、

理永の中にも息づいている。


由良は、

ペンダントをそっと握った。


「……不思議なものだな」


小さく呟き、

視線を落とす。


理永は、

自分がどんな力を込めたのか知らない。


ただ、

自分の魔力を形にして、

由良に贈ってくれた。


そのことが、

何よりも嬉しかった。


由良は立ち上がり、

寝台のそばへ向かった。


枕元には、

小さな宝飾箱に入った黒い種が置かれている。


長い年月、

変わることなく由良のそばにあったもの。


由良は、

その隣にペンダントを置いた。


すると金色の光が、

薄暗い部屋の中で淡く揺れた。


――微かな光。


由良は、

ふと顔を上げた。


黒い種の表面を覆う金の炎が揺れ、

その奥に、

かすかな金色の波紋が浮かんでいた。


「……何だ?」


目を凝らす。


見間違いかと思った。


けれど、

光は消えなかった。


種の奥で、

何かが揺らいでいる。


それだけではない。


種の表面を覆う金の炎が、

一瞬だけ理永の魔力と同じ脈動を刻んだ。


由良の胸の奥で、

遠い記憶がかすかに軋む。


――この反応を、以前にも見たことがある。


そう思った瞬間には、

その記憶は霧の向こうへ沈んでいた。


由良は、

息を潜めて見つめた。


これまで、

いつも身近に置いてきた種だった。


それが、

今までこんな反応を見せたことはなかった。


由良は、

そっとペンダントを手に取った。


金色の光が、

指先に触れる。


そして、

種の光がわずかに強まった。


「……この魔力に、反応しているのか?」


由良は、

ペンダントと種を見比べた。


理永の魔力。


それ以外に、

思い当たるものはなかった。


けれど、

なぜ今になって反応したのか。


理永の魔力そのものに反応したのか。

それとも、

魔石という形を得たことで、

何かが変わったのか。


あるいは、

理永の中にある魔力が、

種の奥に眠る何かと同じものなのか。


由良には、

その理由が分からなかった。


その考えに、

由良は無意識に指を強く握り込んだ。


答えは、

どこにもなかった。


ただ、

種の奥から一度だけ、

心臓の鼓動にも似た微かな振動が伝わってきた。


由良は、

ペンダントを種のそばへ戻した。


すると、

種の光は再び淡く揺れた。


まるで、

その存在を確かめるかのように。


けれど今度は、

金の炎の奥に、黒い何かが揺らいだ。

炎とともに揺れるそれは、

一瞬で姿を消した。

それでも、

由良には見間違いとは思えなかった。


由良は、

しばらく何も言わずに見つめていた。


この種には、

まだ自分の知らない何かがある。


そして、

理永の魔力は、

その何かに触れたのかもしれない。


いや。


由良の直感が、

静かに告げていた。


これはただの反応ではない。


種は、

理永の魔力を知っている。


「……お前は、一体何なんだ」


問いかけても、

種は答えない。


ただ、

黒い表面に浮かんだ金色の炎が、

静かに揺らいでいた。




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