(6)知らない過去
ペンダントを贈った、その日。
理永は、
由良の家でお茶を飲みながら、
テーブルに並べた魔石を眺めていた。
テーブルの上には、
いくつかの魔石が並んでいる。
そのひとつを手に取り、
理永は首を傾げた。
「うーん……。魔力を込めることはできるんだけど、そこから取り出すことができないのよね」
「込めることと、操ることは別だからな」
由良は、
魔石をひとつ手に取った。
「魔力を蓄えるだけなら、今のやり方でもできる。だが、それを利用するには別の方法もある」
「別の方法?」
「ああ。魔法陣というものがある」
理永は、
興味深そうに顔を上げた。
「魔法陣……?」
「魔力の流れを形にして、一定の働きを与えるものだ。もしかすると魔石と組み合わせることもできるかもしれないな」
「そんなものがあるんだ」
理永は、
並べられた魔石に視線を落とした。
「でも、魔法陣を使えば、私の魔力も取り出せるようになるの?」
「それは、魔法陣の組み方にもよるな。だが、魔石を介さずに魔力を操る方法もある」
由良は、
理永の目を見た。
「魔女は、自分の中にある魔力を外へ出し、直接操ることができる」
「自分の魔力を……直接?」
「ああ。魔力を込めた石に頼る必要はない。自分の意思で流れを変え、形を与えることもできる」
由良は、
指先に神聖力を集めた。
淡い光が、
指先でゆっくりと形を変えていく。
やがて光は、
小さな球体となって宙に浮かんだ。
由良が指を動かすと、
球体もそれに合わせて動く。
「こんなふうにな」
光が小さな花をかたどると、
由良はそれを理永の手のひらにそっと載せた。
理永は、
自分の手のひらにある神聖力でできた花を見つめた。
これまで、
魔力を外へ出すことばかり考えていた。
けれど、
外へ出した魔力をどう扱うのか。
そこまでは、
まだ考えが及んでいなかった。
「……由良は、そういう魔女を知っているのね?」
何気なく尋ねたつもりだった。
由良は、
少しだけ視線を遠くへ向けた。
「ああ。よく知っている」
その声には、
どこか懐かしむような響きがあった。
「その魔女は、魔力の扱いが上手かったの?」
「最初からではなかったな」
由良は、
小さく笑った。
「自分にできることを探して、何度も試していた。思うようにいかなくても、簡単には諦めなかった」
理永は、
黙って聞いていた。
由良が語る魔女の姿は、
どこか生き生きとしていた。
その人が何を考え、
どんなふうに魔力を扱っていたのか。
由良は、
よく覚えているのだろう。
「……大切な人だったのね」
口にしてから、
理永は少しだけ戸惑った。
どうして、
そんなことを聞いてしまったのだろう。
由良はすぐには答えなかった。
手元の魔石に目を落とし、
やがて静かに口を開いた。
「ああ。大切な存在だった」
その言葉に、
迷いはなかった。
理永の胸の奥が、
小さく揺れた。
知らない誰か。
由良が長い時の中で出会い、
大切に思っていた魔女。
自分が知らない由良の時間に、
その人はいたのだ。
もっと知りたいと思った。
由良のことを。
由良が過ごしてきた時間を。
それなのに。
その魔女の話を聞くほど、
胸の奥に言葉にできないものが残った。
「……そっか」
理永は、
手元の魔石に視線を戻した。
「私も、魔力をちゃんと扱えるようになりたいな」
いつもの調子で言ったつもりだった。
由良は、
そんな理永を見つめた。
「ああ。焦る必要はない。少しずつ覚えていけばいい」
「うん」
理永は頷いた。
由良は、
いつもと変わらない。
自分に魔法を教えてくれる。
分からないことがあれば、丁寧に説明してくれる。
その時間が、
理永は好きだった。
けれど。
由良の知らない過去に触れた今、
ほんの少しだけ、遠く感じた。
テーブルの上で、
金色の魔石が淡く光っている。
理永はそれを手に取り、
そっと指先でなぞった。
もっと由良のことを知りたい。
そう思う気持ちは、
さっきよりも強くなっていた。
それからも、
二人は魔石について話を続けた。
由良に教わったことを、
理永はひとつずつ確かめるように考えていた。
魔力を込めること。
込めた魔力を操ること。
同じ魔力でも、
扱い方によってできることは違う。
まだ分からないことばかりだったけれど、
少しずつ試してみたいと思った。
やがて、
窓の外に目を向けた由良が口を開いた。
「そろそろ帰る時間だな」
「あ……もう、そんな時間?」
理永は、
名残惜しそうにテーブルの魔石を見た。
話に夢中になっているうちに、
思っていたより時間が過ぎていたらしい。
「今日はありがとう。魔法陣のことも、もっと勉強してみるね」
「ああ。分からないことがあれば、また聞けばいい」
由良はそう言って、
テーブルの上の魔石を片づけ始めた。
理永も手伝いながら、
テーブルのそばに置いていた小さな花を見つめた。
由良が神聖力で作ってくれた花。
淡い光は、
少しずつ薄れていた。
「……これ、持って帰ってもいい?」
「ああ。構わない」
「ありがとう」
理永は、
花を壊さないように両手でそっと包んだ。
由良と一緒に過ごした時間の名残を、
もう少しだけ手元に置いておきたかった。
そんな気持ちに、
まだ自分では気づいていなかった。
帰り支度を終えると、
由良はいつものように理永を家まで送り届けた。
道すがら、
二人は他愛のない話を交わした。
庭の花のこと。
次に会うときのこと。
先ほどの会話が、
なかったことになったわけではない。
けれど、
由良はいつも通りだった。
理永に歩調を合わせ、
穏やかな声で話しかける。
その変わらない様子に、
理永もいつものように笑った。
やがて、
理永の家が見えてきた。
「今日はありがとう、由良」
「ああ。またな」
「うん。またね」
理永は手を振り、
由良を見送った。
由良は軽く手を上げると、
来た道を戻っていく。
その背中が遠ざかっていくのを、
理永はしばらく見つめていた。




