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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第67章|『揺らぎ』
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(6)知らない過去

ペンダントを贈った、その日。

理永は、

由良の家でお茶を飲みながら、

テーブルに並べた魔石を眺めていた。


テーブルの上には、

いくつかの魔石が並んでいる。


そのひとつを手に取り、

理永は首を傾げた。


「うーん……。魔力を込めることはできるんだけど、そこから取り出すことができないのよね」


「込めることと、操ることは別だからな」


由良は、

魔石をひとつ手に取った。


「魔力を蓄えるだけなら、今のやり方でもできる。だが、それを利用するには別の方法もある」


「別の方法?」


「ああ。魔法陣というものがある」


理永は、

興味深そうに顔を上げた。


「魔法陣……?」


「魔力の流れを形にして、一定の働きを与えるものだ。もしかすると魔石と組み合わせることもできるかもしれないな」


「そんなものがあるんだ」


理永は、

並べられた魔石に視線を落とした。


「でも、魔法陣を使えば、私の魔力も取り出せるようになるの?」


「それは、魔法陣の組み方にもよるな。だが、魔石を介さずに魔力を操る方法もある」


由良は、

理永の目を見た。


「魔女は、自分の中にある魔力を外へ出し、直接操ることができる」


「自分の魔力を……直接?」


「ああ。魔力を込めた石に頼る必要はない。自分の意思で流れを変え、形を与えることもできる」


由良は、

指先に神聖力を集めた。

淡い光が、

指先でゆっくりと形を変えていく。


やがて光は、

小さな球体となって宙に浮かんだ。

由良が指を動かすと、

球体もそれに合わせて動く。


「こんなふうにな」


光が小さな花をかたどると、

由良はそれを理永の手のひらにそっと載せた。


理永は、

自分の手のひらにある神聖力でできた花を見つめた。


これまで、

魔力を外へ出すことばかり考えていた。


けれど、

外へ出した魔力をどう扱うのか。


そこまでは、

まだ考えが及んでいなかった。


「……由良は、そういう魔女を知っているのね?」


何気なく尋ねたつもりだった。


由良は、

少しだけ視線を遠くへ向けた。


「ああ。よく知っている」


その声には、

どこか懐かしむような響きがあった。


「その魔女は、魔力の扱いが上手かったの?」


「最初からではなかったな」


由良は、

小さく笑った。


「自分にできることを探して、何度も試していた。思うようにいかなくても、簡単には諦めなかった」


理永は、

黙って聞いていた。


由良が語る魔女の姿は、

どこか生き生きとしていた。


その人が何を考え、

どんなふうに魔力を扱っていたのか。


由良は、

よく覚えているのだろう。


「……大切な人だったのね」


口にしてから、

理永は少しだけ戸惑った。


どうして、

そんなことを聞いてしまったのだろう。


由良はすぐには答えなかった。


手元の魔石に目を落とし、

やがて静かに口を開いた。


「ああ。大切な存在だった」


その言葉に、

迷いはなかった。


理永の胸の奥が、

小さく揺れた。


知らない誰か。


由良が長い時の中で出会い、

大切に思っていた魔女。


自分が知らない由良の時間に、

その人はいたのだ。


もっと知りたいと思った。


由良のことを。

由良が過ごしてきた時間を。


それなのに。


その魔女の話を聞くほど、

胸の奥に言葉にできないものが残った。


「……そっか」


理永は、

手元の魔石に視線を戻した。


「私も、魔力をちゃんと扱えるようになりたいな」


いつもの調子で言ったつもりだった。


由良は、

そんな理永を見つめた。


「ああ。焦る必要はない。少しずつ覚えていけばいい」


「うん」


理永は頷いた。


由良は、

いつもと変わらない。


自分に魔法を教えてくれる。

分からないことがあれば、丁寧に説明してくれる。


その時間が、

理永は好きだった。


けれど。


由良の知らない過去に触れた今、

ほんの少しだけ、遠く感じた。


テーブルの上で、

金色の魔石が淡く光っている。


理永はそれを手に取り、

そっと指先でなぞった。


もっと由良のことを知りたい。


そう思う気持ちは、

さっきよりも強くなっていた。




それからも、

二人は魔石について話を続けた。


由良に教わったことを、

理永はひとつずつ確かめるように考えていた。


魔力を込めること。

込めた魔力を操ること。


同じ魔力でも、

扱い方によってできることは違う。


まだ分からないことばかりだったけれど、

少しずつ試してみたいと思った。




やがて、

窓の外に目を向けた由良が口を開いた。


「そろそろ帰る時間だな」


「あ……もう、そんな時間?」


理永は、

名残惜しそうにテーブルの魔石を見た。


話に夢中になっているうちに、

思っていたより時間が過ぎていたらしい。


「今日はありがとう。魔法陣のことも、もっと勉強してみるね」


「ああ。分からないことがあれば、また聞けばいい」


由良はそう言って、

テーブルの上の魔石を片づけ始めた。


理永も手伝いながら、

テーブルのそばに置いていた小さな花を見つめた。


由良が神聖力で作ってくれた花。


淡い光は、

少しずつ薄れていた。


「……これ、持って帰ってもいい?」


「ああ。構わない」


「ありがとう」


理永は、

花を壊さないように両手でそっと包んだ。


由良と一緒に過ごした時間の名残を、

もう少しだけ手元に置いておきたかった。


そんな気持ちに、

まだ自分では気づいていなかった。


帰り支度を終えると、

由良はいつものように理永を家まで送り届けた。


道すがら、

二人は他愛のない話を交わした。


庭の花のこと。

次に会うときのこと。


先ほどの会話が、

なかったことになったわけではない。


けれど、

由良はいつも通りだった。


理永に歩調を合わせ、

穏やかな声で話しかける。


その変わらない様子に、

理永もいつものように笑った。


やがて、

理永の家が見えてきた。


「今日はありがとう、由良」


「ああ。またな」


「うん。またね」


理永は手を振り、

由良を見送った。


由良は軽く手を上げると、

来た道を戻っていく。


その背中が遠ざかっていくのを、

理永はしばらく見つめていた。




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