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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第66章|『ふたりの庭』
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(4)花

収穫を終えた翌日。


いつものように由良の家を訪れた理永は、

庭に残る昨日の収穫跡を眺めていた。


空いた畝を見つめたまま、

しばらく考え込む。


「……由良」


「ん?」


呼びかけると、

由良は顔を上げた。


「野菜だけじゃなくて」


庭を見渡しながら、

理永は続けた。


「花も植えませんか?」


由良も、

庭へ視線を向ける。


確かに。


畑の周りには、

まだ何も植えられていない場所が多い。


「花か」


「はい」


理永は、

小さく頷いた。


「一応ここは、庭ですから」


その言葉に、

由良は少しだけ目を細めた。


理永がこの場所を、

ただ野菜を育てるための畑ではなく、

庭として考えてくれている。


そう思うと、

この場所が少し身近になった気がした。


「何を植える?」


「そうですね……」


理永は、

しばらく考える。


「春になったら咲くものもいいですし」


「今から咲くものは?」


「それもいいですね」


理永は、

由良のほうを見て微笑んだ。


「花が咲いたら、庭もずいぶん変わりそうですね」


「ああ」


由良は、

小さく頷いた。




二人で、

庭を歩く。


日当たりのいい場所。

木陰になる場所。

土の柔らかい場所。


理永は、

ひとつずつ確かめていった。


その隣を歩く由良は、

理永の足元に小石がないか、

さりげなく目を配っていた。


「ここなら、花が育ちそうですね」


「じゃあ、そこにするか」


「はい」


理永が、

土を少し掘る。


隣にしゃがみ込んだ由良と、

肩が触れそうな距離になった。


理永は一瞬だけ手を止めた。

けれど、何も言わずに土へ視線を戻す。


種を見て、

理永が尋ねた。

掘った土を見つめる。


「このくらい?」


「もう少しだけ深く」


「分かった」


理永は、

教えられた深さに種を置いた。


由良が、

その上にそっと土を戻す。


指先が近づくたび、

互いにほんの少しだけ動きを緩める。


それでも、

作業の手は止めなかった。


野菜を植える時と、

何も変わらない。


けれど。


今回は野菜ではない。

食べるためではないから。


ただ。

咲くところを、

見たい。


それだけだった。


そして、

その景色を誰と見るのかを、

二人とも自然に思い浮かべていた。


「……楽しみですね」


理永が、

小さく笑う。


「ああ」


由良は、

その笑顔を見てから、

少し遅れて頷いた。


土の中の種に目を向ける。


その周りでは、 妖精たちが小さな手を動かし、 精霊たちとともに土へ水を撒いていた。


二人は、

少し離れた場所にも花を植えた。


色も、

咲く時期も違うものを選んだ。


庭のあちこちに、

少しずつ花を植える場所が増えていく。


少し離れた場所では、 炎や光の精霊たちが、 楽しそうに二人の様子を眺めている。


ミケはというと。


植えたばかりの場所を避けるように、

少し離れたところで丸くなっている。


「ミケ、踏まないようにね」


「にゃ」


「……分かってるのかな」


理永が笑う。


その隣で、

由良もミケへ目を向けた。


「たぶんな」


「ふふ」


理永の笑い声に、

由良の口元も自然に緩んだ。


二人の間に、

小さな笑い声が落ちる。


ふと、

どちらからともなく相手を見た。


目が合うと、

理永は少し照れたように視線を逸らす。


由良も、

何も言わずに作業へ戻った。


作業を終える頃には、

理永も少し疲れた様子だった。


「……少し休みましょうか」


「ああ」


由良は、

すぐに頷いた。


二人は、

庭の端に腰を下ろした。


由良が淹れた茶を、

理永は両手で包むように持っていた。


目の前には、

植えたばかりの花の種。


「早く咲かないかな」


「まだ土の中だからな」


「ふふ、分かってます」


理永は、

小さく笑った。


「でも、咲いたところを想像すると、楽しみで」


由良も、

植えた場所へ目を向けた。


「どんな花が咲くんでしょうね」


「植えた本人が分からないのか?」


「種の袋には書いてありましたよ」


「ああ」


理永は、

少し考えるように庭を眺めた。


「……どんな景色になるんだろう」


「もう少し違う種類の花も植えてみたいな」


「なら、次に来た時に植えたらいい」


「うん」


理永は顔を上げた。


由良と目が合う。


次に来ることを、

当たり前のように話していた。


そう思うと、

なぜか少し照れくさくなって。

理永は、

そっと視線を逸らした。


由良は、

不思議そうに理永を見た。


「植えたいものがあるんだろう?」


「あ……はい」


理永は、

少しだけ笑った。


「そうだなぁ……次は、どの花にしようかな」


そう呟きながら、

理永はもう一度、

植えた場所を眺めた。


その隣で、

由良も同じ庭を見つめていた。


しばらくして、

理永がぽつりと言った。


「ちゃんと咲くでしょうか」


「咲くだろ」


由良は、

静かに答えた。


「……どうして分かるんです?」


「分からない」


「ふふ」


理永は、

また笑った。


「じゃあ、一緒に待ちましょう」


「ああ」


短い返事だった。


庭には、

まだ何も咲いていない。


土の中で、

種が眠っているだけだ。


それでも。


昨日より少しだけ、

庭らしくなっていた。


花が咲く頃、

この庭はどんな景色になっているのだろうか。


理永は、

隣にいる由良を見た。


由良もまた、

同じ庭を見つめていた。


花が咲いたら、

この景色を二人で見る。


そんな未来を、

どちらも当たり前のように思い描いていた。





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