(4)花
収穫を終えた翌日。
いつものように由良の家を訪れた理永は、
庭に残る昨日の収穫跡を眺めていた。
空いた畝を見つめたまま、
しばらく考え込む。
「……由良」
「ん?」
呼びかけると、
由良は顔を上げた。
「野菜だけじゃなくて」
庭を見渡しながら、
理永は続けた。
「花も植えませんか?」
由良も、
庭へ視線を向ける。
確かに。
畑の周りには、
まだ何も植えられていない場所が多い。
「花か」
「はい」
理永は、
小さく頷いた。
「一応ここは、庭ですから」
その言葉に、
由良は少しだけ目を細めた。
理永がこの場所を、
ただ野菜を育てるための畑ではなく、
庭として考えてくれている。
そう思うと、
この場所が少し身近になった気がした。
「何を植える?」
「そうですね……」
理永は、
しばらく考える。
「春になったら咲くものもいいですし」
「今から咲くものは?」
「それもいいですね」
理永は、
由良のほうを見て微笑んだ。
「花が咲いたら、庭もずいぶん変わりそうですね」
「ああ」
由良は、
小さく頷いた。
二人で、
庭を歩く。
日当たりのいい場所。
木陰になる場所。
土の柔らかい場所。
理永は、
ひとつずつ確かめていった。
その隣を歩く由良は、
理永の足元に小石がないか、
さりげなく目を配っていた。
「ここなら、花が育ちそうですね」
「じゃあ、そこにするか」
「はい」
理永が、
土を少し掘る。
隣にしゃがみ込んだ由良と、
肩が触れそうな距離になった。
理永は一瞬だけ手を止めた。
けれど、何も言わずに土へ視線を戻す。
種を見て、
理永が尋ねた。
掘った土を見つめる。
「このくらい?」
「もう少しだけ深く」
「分かった」
理永は、
教えられた深さに種を置いた。
由良が、
その上にそっと土を戻す。
指先が近づくたび、
互いにほんの少しだけ動きを緩める。
それでも、
作業の手は止めなかった。
野菜を植える時と、
何も変わらない。
けれど。
今回は野菜ではない。
食べるためではないから。
ただ。
咲くところを、
見たい。
それだけだった。
そして、
その景色を誰と見るのかを、
二人とも自然に思い浮かべていた。
「……楽しみですね」
理永が、
小さく笑う。
「ああ」
由良は、
その笑顔を見てから、
少し遅れて頷いた。
土の中の種に目を向ける。
その周りでは、 妖精たちが小さな手を動かし、 精霊たちとともに土へ水を撒いていた。
二人は、
少し離れた場所にも花を植えた。
色も、
咲く時期も違うものを選んだ。
庭のあちこちに、
少しずつ花を植える場所が増えていく。
少し離れた場所では、 炎や光の精霊たちが、 楽しそうに二人の様子を眺めている。
ミケはというと。
植えたばかりの場所を避けるように、
少し離れたところで丸くなっている。
「ミケ、踏まないようにね」
「にゃ」
「……分かってるのかな」
理永が笑う。
その隣で、
由良もミケへ目を向けた。
「たぶんな」
「ふふ」
理永の笑い声に、
由良の口元も自然に緩んだ。
二人の間に、
小さな笑い声が落ちる。
ふと、
どちらからともなく相手を見た。
目が合うと、
理永は少し照れたように視線を逸らす。
由良も、
何も言わずに作業へ戻った。
作業を終える頃には、
理永も少し疲れた様子だった。
「……少し休みましょうか」
「ああ」
由良は、
すぐに頷いた。
二人は、
庭の端に腰を下ろした。
由良が淹れた茶を、
理永は両手で包むように持っていた。
目の前には、
植えたばかりの花の種。
「早く咲かないかな」
「まだ土の中だからな」
「ふふ、分かってます」
理永は、
小さく笑った。
「でも、咲いたところを想像すると、楽しみで」
由良も、
植えた場所へ目を向けた。
「どんな花が咲くんでしょうね」
「植えた本人が分からないのか?」
「種の袋には書いてありましたよ」
「ああ」
理永は、
少し考えるように庭を眺めた。
「……どんな景色になるんだろう」
「もう少し違う種類の花も植えてみたいな」
「なら、次に来た時に植えたらいい」
「うん」
理永は顔を上げた。
由良と目が合う。
次に来ることを、
当たり前のように話していた。
そう思うと、
なぜか少し照れくさくなって。
理永は、
そっと視線を逸らした。
由良は、
不思議そうに理永を見た。
「植えたいものがあるんだろう?」
「あ……はい」
理永は、
少しだけ笑った。
「そうだなぁ……次は、どの花にしようかな」
そう呟きながら、
理永はもう一度、
植えた場所を眺めた。
その隣で、
由良も同じ庭を見つめていた。
しばらくして、
理永がぽつりと言った。
「ちゃんと咲くでしょうか」
「咲くだろ」
由良は、
静かに答えた。
「……どうして分かるんです?」
「分からない」
「ふふ」
理永は、
また笑った。
「じゃあ、一緒に待ちましょう」
「ああ」
短い返事だった。
庭には、
まだ何も咲いていない。
土の中で、
種が眠っているだけだ。
それでも。
昨日より少しだけ、
庭らしくなっていた。
花が咲く頃、
この庭はどんな景色になっているのだろうか。
理永は、
隣にいる由良を見た。
由良もまた、
同じ庭を見つめていた。
花が咲いたら、
この景色を二人で見る。
そんな未来を、
どちらも当たり前のように思い描いていた。
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