(3)町へ
庭で採れた野菜は、
二人で食べるには多すぎた。
収穫した野菜を並べながら、
理永は籠の中を覗き込む。
「……こんなに採れたんですね」
「ああ」
由良も籠に目を向けた。
「町へ持っていけば、欲しい人もいるだろう」
「売るんですか?」
「食べきれない分だけな」
そう言って、
由良は籠を手に取った。
理永は少し考えてから、
もう一つの籠を持ち上げる。
「じゃあ、私も持ちます」
「ああ。頼む」
二人は籠を手に、
町へ向かった。
森を抜け、
街道を歩いていく。
町の入り口が見えてくる頃には、
昼の賑わいが通りまで広がっていた。
「おう、由良。今日は早いな」
道沿いの店から、
男が声をかけてきた。
「いつもと変わらないだろう」
「そうか? この前はずいぶん遅かったぞ」
「用事があったんだ」
由良が答えると、
男は笑って籠に目を向けた。
「野菜か。ずいぶん立派なのが採れたな」
「庭でな」
「へえ。そいつはいい。向こうの店先が空いてるぞ。今日なら場所を借りられるだろう」
「助かる」
由良は短く礼を言い、
教えられた方へ歩き出した。
理永はその隣を歩きながら、
先ほどのやり取りを思い返していた。
由良が町の人と言葉を交わす姿は、
どこか自然だった。
特別に親しげというわけではない。
けれど、
互いに気負うことなく話している。
そんな様子を見ているうちに、
理永の足取りも少しずつ軽くなっていった。
教えられた店先では、
店主が二人を迎えた。
「野菜を売るんだって?」
「ああ。少し場所を借りたい」
「構わないよ。そこを使いな」
店主は通りに面した場所を空けてくれた。
「ありがとう」
由良が礼を言い、
二人は籠から野菜を取り出して並べ始めた。
理永は、
色や大きさを揃えながら野菜を並べていく。
普段は自分たちで食べるために収穫しているだけだった。
こうして誰かに買ってもらうために並べると、
同じ野菜なのに少し違って見える。
「……なんだか、緊張しますね」
理永が小さく呟くと、
由良が隣を見た。
「初めてだからな」
「うん。お店で買取ってもらうことはあるけど、自分で売るのは初めてだから」
「俺も、野菜を売るのは初めてだ」
「由良も?」
思わず顔を上げると、
由良は並べた野菜を見渡した。
「ああ。だから、一緒にやってみよう」
その言葉に、
理永の肩から少し力が抜けた。
やがて、
通りを歩いていた女性が足を止めた。
「まあ、いい野菜ね。これはいくら?」
「えっと……」
理永は、
由良に聞いた値段を思い出そうとした。
けれど、
いざ尋ねられると頭が真っ白になる。
迷っていると、
由良が隣から静かに声を添えた。
「それなら、三つでこの値段だ」
「じゃあ、それをいただこうかしら」
女性が野菜を選び始める。
理永は慌てて籠を引き寄せ、
選ばれた野菜を包もうとした。
包み方が分からず手が止まると、
由良がそっと紙の端を押さえた。
「こうすると、崩れにくい」
「……あ、はい」
由良の手元を見ながら、
理永も紙を折り込んでいく。
無事に包み終えると、
女性は嬉しそうに野菜を受け取った。
「ありがとう。また見かけたら買わせてもらうね」
「ありがとうございました」
理永が頭を下げる。
女性が去ったあと、
手元に残った代金を見つめた。
「……売れましたね」
「ああ。よかったな」
由良の声はいつもと変わらなかった。
それでも、
理永にはその言葉が嬉しかった。
その後も、
通りを行き交う人が何人か足を止めた。
由良が野菜の種類や値段を説明し、
理永が籠から取り出して包む。
慣れない手つきに戸惑うこともあったけれど、
そのたびに由良が隣で手を貸してくれた。
客が重なったときには、
由良が応対し、理永が包む。
言葉を交わさなくても、
自然と役割が決まっていった。
「この辺りは、今年はあまり採れなくてね」
野菜を買った年配の男性が、
そんな話を聞かせてくれた。
「そうなんですか?」
理永は思わず籠を見た。
自分たちの庭では、
こんなにたくさんの野菜が採れた。
土を整え、
水をやり、
毎日様子を見てきた庭。
その手間が実ったことを、
今になって実感した気がした。
「大事に食べますよ」
男性はそう言って、
野菜を抱えて帰っていった。
昼を過ぎる頃には、
籠の中の野菜も残りわずかになっていた。
最後の一束を売り終え、
理永は空になった籠を覗き込む。
「全部、売れましたね」
「そうだな」
「こんなに売れるとは思いませんでした」
「いい野菜だったからだろう」
由良はそう言って、
籠を持ち直した。
理永は少し照れくさくなり、
自分が手入れをした庭のことを思い浮かべた。
また種を蒔こう。
次は、
どんな野菜を育てようか。
そんなことを考えていると、
由良が声をかけた。
「このあと、何か見たいものはあるか?」
「え?」
「せっかく町まで来たんだ。買い物をしていくんだろう?」
そう言われて、
理永は通りを見渡した。
調味料を扱う店。
日用品が並ぶ店。
店先に種を並べた小さな店もある。
「……種を見てもいいですか?」
「ああ」
由良は頷き、
理永の歩調に合わせて歩き出した。
種の店では、
理永が袋を一つずつ手に取って眺めた。
「これ、庭に植えたらどうなるんでしょう」
「育ててみれば分かるんじゃないか」
「そうですね。次はこれも試してみたいです」
理永が選んだ種を、
由良は黙って受け取った。
会計を済ませて店を出ると、
理永はその袋を大事そうに籠へしまった。
帰り道。
町の人が由良に声をかけると、
由良は足を止めて応じた。
短い挨拶を交わし、
また歩き出す。
理永はその隣を歩きながら、
いつの間にか由良の袖を指先でつまんでいた。
人通りが多い場所では、
はぐれないように。
そんなつもりだった。
由良は何も言わなかった。
ただ、
歩く速度をほんの少し緩めた。
町を抜け、
森へ続く道に入る。
「今日は、一緒に来てくれてありがとう」
理永が言うと、
由良は隣を見た。
「俺も来たかったからな」
それだけ言って、
また前を向く。
理永は、
つまんだ袖を離さなかった。
由良も、
急かすことなく隣を歩いていた。




