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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第66章|『ふたりの庭』
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(3)町へ

庭で採れた野菜は、

二人で食べるには多すぎた。


収穫した野菜を並べながら、

理永は籠の中を覗き込む。


「……こんなに採れたんですね」


「ああ」


由良も籠に目を向けた。


「町へ持っていけば、欲しい人もいるだろう」


「売るんですか?」


「食べきれない分だけな」


そう言って、

由良は籠を手に取った。


理永は少し考えてから、

もう一つの籠を持ち上げる。


「じゃあ、私も持ちます」


「ああ。頼む」


二人は籠を手に、

町へ向かった。


森を抜け、

街道を歩いていく。


町の入り口が見えてくる頃には、

昼の賑わいが通りまで広がっていた。


「おう、由良。今日は早いな」


道沿いの店から、

男が声をかけてきた。


「いつもと変わらないだろう」


「そうか? この前はずいぶん遅かったぞ」


「用事があったんだ」


由良が答えると、

男は笑って籠に目を向けた。


「野菜か。ずいぶん立派なのが採れたな」


「庭でな」


「へえ。そいつはいい。向こうの店先が空いてるぞ。今日なら場所を借りられるだろう」


「助かる」


由良は短く礼を言い、

教えられた方へ歩き出した。


理永はその隣を歩きながら、

先ほどのやり取りを思い返していた。


由良が町の人と言葉を交わす姿は、

どこか自然だった。


特別に親しげというわけではない。


けれど、

互いに気負うことなく話している。


そんな様子を見ているうちに、

理永の足取りも少しずつ軽くなっていった。


教えられた店先では、

店主が二人を迎えた。


「野菜を売るんだって?」


「ああ。少し場所を借りたい」


「構わないよ。そこを使いな」


店主は通りに面した場所を空けてくれた。


「ありがとう」


由良が礼を言い、

二人は籠から野菜を取り出して並べ始めた。


理永は、

色や大きさを揃えながら野菜を並べていく。


普段は自分たちで食べるために収穫しているだけだった。


こうして誰かに買ってもらうために並べると、

同じ野菜なのに少し違って見える。


「……なんだか、緊張しますね」


理永が小さく呟くと、

由良が隣を見た。


「初めてだからな」


「うん。お店で買取ってもらうことはあるけど、自分で売るのは初めてだから」


「俺も、野菜を売るのは初めてだ」


「由良も?」


思わず顔を上げると、

由良は並べた野菜を見渡した。


「ああ。だから、一緒にやってみよう」


その言葉に、

理永の肩から少し力が抜けた。


やがて、

通りを歩いていた女性が足を止めた。


「まあ、いい野菜ね。これはいくら?」


「えっと……」


理永は、

由良に聞いた値段を思い出そうとした。


けれど、

いざ尋ねられると頭が真っ白になる。


迷っていると、

由良が隣から静かに声を添えた。


「それなら、三つでこの値段だ」


「じゃあ、それをいただこうかしら」


女性が野菜を選び始める。


理永は慌てて籠を引き寄せ、

選ばれた野菜を包もうとした。


包み方が分からず手が止まると、

由良がそっと紙の端を押さえた。


「こうすると、崩れにくい」


「……あ、はい」


由良の手元を見ながら、

理永も紙を折り込んでいく。


無事に包み終えると、

女性は嬉しそうに野菜を受け取った。


「ありがとう。また見かけたら買わせてもらうね」


「ありがとうございました」


理永が頭を下げる。


女性が去ったあと、

手元に残った代金を見つめた。


「……売れましたね」


「ああ。よかったな」


由良の声はいつもと変わらなかった。


それでも、

理永にはその言葉が嬉しかった。


その後も、

通りを行き交う人が何人か足を止めた。


由良が野菜の種類や値段を説明し、

理永が籠から取り出して包む。


慣れない手つきに戸惑うこともあったけれど、

そのたびに由良が隣で手を貸してくれた。


客が重なったときには、

由良が応対し、理永が包む。


言葉を交わさなくても、

自然と役割が決まっていった。


「この辺りは、今年はあまり採れなくてね」


野菜を買った年配の男性が、

そんな話を聞かせてくれた。


「そうなんですか?」


理永は思わず籠を見た。


自分たちの庭では、

こんなにたくさんの野菜が採れた。


土を整え、

水をやり、

毎日様子を見てきた庭。


その手間が実ったことを、

今になって実感した気がした。


「大事に食べますよ」


男性はそう言って、

野菜を抱えて帰っていった。


昼を過ぎる頃には、

籠の中の野菜も残りわずかになっていた。


最後の一束を売り終え、

理永は空になった籠を覗き込む。


「全部、売れましたね」


「そうだな」


「こんなに売れるとは思いませんでした」


「いい野菜だったからだろう」


由良はそう言って、

籠を持ち直した。


理永は少し照れくさくなり、

自分が手入れをした庭のことを思い浮かべた。


また種を蒔こう。


次は、

どんな野菜を育てようか。


そんなことを考えていると、

由良が声をかけた。


「このあと、何か見たいものはあるか?」


「え?」


「せっかく町まで来たんだ。買い物をしていくんだろう?」


そう言われて、

理永は通りを見渡した。


調味料を扱う店。

日用品が並ぶ店。

店先に種を並べた小さな店もある。


「……種を見てもいいですか?」


「ああ」


由良は頷き、

理永の歩調に合わせて歩き出した。


種の店では、

理永が袋を一つずつ手に取って眺めた。


「これ、庭に植えたらどうなるんでしょう」


「育ててみれば分かるんじゃないか」


「そうですね。次はこれも試してみたいです」


理永が選んだ種を、

由良は黙って受け取った。


会計を済ませて店を出ると、

理永はその袋を大事そうに籠へしまった。


帰り道。


町の人が由良に声をかけると、

由良は足を止めて応じた。


短い挨拶を交わし、

また歩き出す。


理永はその隣を歩きながら、

いつの間にか由良の袖を指先でつまんでいた。


人通りが多い場所では、

はぐれないように。


そんなつもりだった。


由良は何も言わなかった。


ただ、

歩く速度をほんの少し緩めた。


町を抜け、

森へ続く道に入る。


「今日は、一緒に来てくれてありがとう」


理永が言うと、

由良は隣を見た。


「俺も来たかったからな」


それだけ言って、

また前を向く。


理永は、

つまんだ袖を離さなかった。


由良も、

急かすことなく隣を歩いていた。




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