(5)町へ
「……町へ降りよう」
由良が、
そう言った。
理永は、
頷こうとした。
けれど。
足に力が入らない。
「……」
自分では、
気づいていなかった。
魔獣が消えたことで、
張りつめていたものが、
一気に抜けたらしい。
「歩けるか?」
「……はい」
理永は、
一歩踏み出そうとする。
けれど。
足元が、
ふらついた。
「あれ……」
由良が、
すぐに支える。
「無理するな」
「でも……」
「ほら、背負ってやる」
由良は、
理永の前にしゃがんだ。
「え……?」
理永は、
少し驚く。
「町まで遠い」
「……」
理永は、
由良の背中を見る。
そして。
そっと、
その背中に身体を預けた。
「……重くないですか?」
「ああ」
「重いですよね?」
「軽い」
短い返事。
理永は、
少しだけ笑った。
「……そうですか」
由良は、
立ち上がる。
背中から伝わる、
由良の体温。
理永は、
両手をそっと回した。
そして。
山道を、
ゆっくり下っていく。
「あれはなんだったのかな」
「分からない」
「由良にも、分からない事もあるのね」
理永は、
由良の肩越しに、
森を見ていた。
さっきのことを、
思い出す。
赤い瞳。
鋭い牙。
魔獣を前にして、
自分を庇った姿。
「……」
怖かった?
理永は、
少しだけ考える。
確かに、
驚いた。
けれど。
「……かっこよかった」
小さく、
呟いた。
「ん?」
由良が、
少しだけ振り返る。
「……なんでもないです」
理永は、
由良の背中に顔を寄せる。
あの時。
由良は、
自分の前に立ってくれた。
怖いものから、
守ってくれた。
「……私を、守ってくれた」
今度は、
声に出していた。
由良は、
何も言わない。
ただ。
背負った理永を、
落とさないように。
いつもより、
少しだけゆっくり歩いていた。
森を抜ける。
木々の向こうに、
町が見えてきた。
「……町ですね」
「ああ」
理永は、
少しだけ身体を起こす。
そのまま二人は、
町へ向かって歩いていった。
町は、
いつもと変わらない日常。
由良と理永も、
日常に戻っていった。
町からの帰り道。
木々の向こうに、
家が見えてきた。
「……家ですね」
「ああ」
理永は、
少しだけ身体を起こす。
――長いようで短い道のりだった。
理永はまだ、
由良の背から降りようとはしなかった。
由良も、
何も言わない。
帰り道。
少しずつ妖精や精霊たちの姿が戻ってきていた。
木々の間を飛び交う小さな光。
草むらから覗く、
小さな気配。
いつもの森。
いつもの帰り道。
町も、
何も変わっていない。
けれど。
二人の間には、
行きとは少し違うものがあった。
理永は、
由良の背中に身を預けたまま。
今日知ったことを、
静かに思い返していた。
まだ知らないことが、
たくさんある。
けれど。
それを、
少しずつ知っていきたい。
そんなことを思いながら。
理永は、
由良の背中にそっと頬を寄せた。
由良もまた、
何も言わなかった。
ただ。
理永を背負う足取りは、
いつもより少しだけ、
穏やかだった。
二人はそのまま、
家へ向かって歩いていった。
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