(4)魔獣
帰り道。
二人は、
採ったものを入れた籠を背負い、
町へ向かって森の中を歩いていた。
「今日は、たくさん採れましたね」
理永が、
背負い籠を見ながら言う。
「ああ」
「このまま町まで売りに行きましょう」
理永は、
嬉しそうに笑った。
由良は、
その横顔を見ていた。
けれど。
由良は、足を止めた。
「……由良?」
理永も、
立ち止まった。
「どうしました?」
由良は、
森の奥を見る。
「……静かすぎる」
「え?」
理永が、
周囲を見回す。
さっきまで聞こえていた鳥の声も。
木々の間を走る、
小さな獣の気配も。
何もない。
「……」
理永も、
耳を澄ませる。
「本当ですね」
その時。
森の奥から。
ガサッ。
何かが、
草を踏む音がした。
「……?」
理永が、
そちらを見る。
もう一度。
ガサッ。
今度は、
はっきり聞こえた。
「動くな」
由良の声が、
低くなる。
理永が、
振り返る。
「由良?」
「俺の後ろへ」
いつもとは違う声だった。
理永は、
言われた通りに由良の後ろへ下がる。
そして。
木々の間から、
それが姿を現した。
大きい。
狼に似ている。
けれど。
普通の狼とは、
明らかに違っていた。
「……魔獣」
理永が、
小さく呟く。
由良が、
理永を見る。
「知っているのか?」
「はい……」
理永は、
息を呑む。
魔獣。
本でしか見たことはなかった。
煉獄にいるものだと、聞いていた。
なのに。
どうして、ここにいるのだろう。
魔獣が、低く唸る。
「グルル……」
理永の身体が、
強張る。
「由良……」
「下がっていろ」
「でも……」
由良は、
理永を庇うように前へ出た。
それだけで。
理永は、
それ以上動けなくなった。
由良が、
一歩前へ出る。
魔獣が、
地面を蹴った。
「――!」
一瞬。
何が起きたのか、
理永には分からなかった。
由良の姿が、
消えたように見えた。
次の瞬間。
魔獣の身体が、
大きく弾き飛ばされる。
木に叩きつけられ、
地面へ落ちた。
「……え?」
理永は、
目を見開く。
由良は、
そこに立っていた。
けれど。
いつもの由良ではなかった。
長い黒い髪が、
風もないのに揺れている。
瞳が。
金色から、
赤く変わっていた。
口元から、
鋭い牙が覗いている。
「……由良?」
呼びかける。
由良は、
振り返らない。
魔獣が、
再び立ち上がる。
由良は、
ゆっくりと腕を上げた。
「来るな」
低い声。
次の瞬間。
魔獣が、
再び飛びかかる。
由良の手が、
魔獣の首を掴んだ。
そのまま。
地面へ、
叩きつける。
轟音が、
森に響いた。
魔獣は、
動かなかった。
しばらくして。
その身体から、
黒いものが滲み出る。
「……?」
理永が目を見開く。
黒い靄は、
魔獣の身体を包み込むように広がっていく。
そして。
それは、ゆっくりと霧のようにほどけていった。
地面には、
何も残っていなかった。
「……消えた?」
理永が呟く。
由良は、
消えた場所を見つめていた。
「……そう、だな」
由良は、
しばらくそれを見下ろしていた。
そして。
ゆっくりと、
理永を見る。
赤い瞳。
鋭い牙。
見たことのない姿に。
理永は、
動けなかった。
怖い。
そう思った。
けれど。
それ以上に。
「……由良」
由良の目が、
少しだけ揺れる。
そして。
赤かった瞳が、
いつもの蜂蜜色へ戻っていく。
牙も、
いつの間にか消えていた。
「……怖かったか?」
理永は、
すぐには答えられなかった。
けれど。
小さく首を横に振る。
「……少し、驚きました」
由良は、
黙っている。
「でも……」
理永は、
由良を見る。
「助けてくれました」
「……怪我はないか?」
「はい、ありがとうございます」
理永は、
小さく笑った。
由良は、それ以上。
何も言わなかった。
ただ。
理永のところまで歩いてくる。
そして。
いつものように、
その手を差し出した。
理永は、
その手を見る。
今まで何度も、
触れてきた手。
けれど。
今は。
少しだけ、
違って見えた。
「……由良」
「ん?」
「今の……」
理永は、
言葉を探す。
「……何だったんですか?」
由良は、
少しだけ黙った。
「俺は、吸血鬼だ」
「……吸血鬼」
理永は、驚きを隠せず。
その言葉を繰り返した。
知らなかった。
ずっと一緒にいたのに。
まだ。
知らないことがあった。
理永は、
差し出された由良の手を見つめる。
そして。
そっと、
その手を取った。
「由良、まだ隠してる事がある?」
由良は、
理永を見る。
「ああ」
短い返事。
けれど。
その声は、
どこか優しかった。




