(3)山へ
翌日。
さっそく理永は、
朝から由良の家へ来ていた。
手には、
小さな道具。
庭に生えた草を抜き、
伸びた枝を整える。
「……思ったより、やりがいがあるわね」
しゃがみ込んだまま、
理永が呟く。
庭は広い。
長い間、
手入れされていなかった分だけ。
やることも多かった。
「無理をするな」
少し離れたところから、
由良の声がする。
「大丈夫です」
理永は、
顔を上げて笑った。
「こういうの、好きなので」
その足元を。
「にゃ」
ミケが、
のんびり横切っていく。
「ミケ、踏まないでくださいね」
「にゃ」
「……分かってるのかな」
理永が笑う。
由良は、
そんな二人を眺めていた。
それから。
数日。
理永は、
毎日のように由良の家へ通った。
庭を少しずつ整える。
長く放置された硬い土は由良が耕してくれた。
2人は育てる場所を作り種を蒔いていく。
その合間には、
由良と花茶を飲んだ。
魔石の話をしたり。
森で見つけた花の話をしたり。
ミケが小さな害獣を追い払った、
そんな話をしたり。
特別なことは、
何もない。
けれど。
理永にとっては、
心地よい時間だった。
そして。
庭の一角に、
小さな畑ができた頃。
「……そろそろですね」
理永が、
窓の外を見ながら言った。
「何がだ?」
「山ですよ」
「山?」
「はい」
理永は、
嬉しそうに頷いた。
「食材を採りに行く約束です」
「ああ、そうだな」
由良は、
思い出したように頷く。
「明日、行きましょう」
「分かった」
――――――――――――――――――――
翌朝。
理永は、
少し早く由良の家へ向かった。
背負い籠を持っている。
中には、
採ったものを入れるための布袋。
「おはようございます」
「ああ」
由良は、
すでに準備を終えていた。
「行くか」
「はい」
二人は、
森へ入っていく。
いつもの道。
けれど。
今日は、
少し違った。
理永の周りには、
妖精も精霊もいない。
いつもなら。
気づけば近くにいる小さな気配。
木々の間を飛び回る光。
草むらから覗く小さな顔。
今日は、
姿がなかった。
「……」
理永は、
少しだけ不思議に思った。
けれど。
特に気にすることもなく、
歩き続ける。
「たしかこの辺りに、
食べられる実があるんです」
「そうか」
「少し先には、
薬草もありますよ」
理永は、
楽しそうに説明する。
由良は、
黙って聞いている。
しばらく歩くと。
木々の間から、
赤い実が見えた。
「ありました、この木です」
理永が、駆け寄る。
背伸びをして赤い実をもぎ取った。
「今年もたくさんあります」
小さな実を、
ひとつ摘む。
「食べられるのか?」
「はい」
理永は、
ひとつ口に入れる。
「……甘い」
そして。
由良を見る。
「由良も、食べてみて」
「美味しいですよ?」
由良の口に赤い実を持っていく。
由良は実を黙って咀嚼し、微笑んだ。
「ああ、美味いな」
理永が、
少し驚いた顔をする。
由良が、
微笑んだ横顔を見てドキリとした。
「……」
理永は、
少しだけ視線を逸らす。
そして。
赤い木の実を、
麻袋に入れた。
薬草を摘み。
また、しばらく歩くと。
草の根の間から、
黄色の実が見えた。
「見つけた」
理永が、
駆け寄りしゃがみこむ。
「これも食べられるベリーです」
小さな実を、
ひとつ摘む。
「今年もたくさんあります」
「そうか」
理永は、
ひとつ口に入れる。
「んーっ、酸っぱい」
そして。
由良を見る。
「由良も、食べますか?」
「いや」
「美味しいですよ?」
「昔、食べたことがある」
「……そうなんですか?」
理永が、
少し驚く。
「はい」
それ以上は、
聞かなかった。
けれど。
少し歩いたところで。
理永の足が、
止まった。
「……これは?なんの芽だろ」
木の枝先に、
小さな芽がいくつもついている。
「食べられる」
由良が、
何でもないように言った。
「これ?」
「ああ」
由良は、
枝先を指す。
「若いうちなら食べられる」
「知りませんでした……」
理永は、
興味深そうに芽を見る。
「どうやって食べるんですか?」
「茹でてからだ」
「そうなんですね」
理永は、
小さく頷いた。
そして。
少しだけ、
由良を見る。
「……由良って」
「ん?」
「本当に、いろんなことを知っていますね」
由良は、
少しだけ理永を見る。
「そうか?」
「はい」
理永は、
小さく笑った。
「私の知らないこと、まだたくさんありそうです」
「……そうだな」
理永は小さなナイフで木の芽を切り取っていた。
由良は、そんな理永の後ろ姿を見つめていた。
帰り道。
二人は、
並んで歩いていた。
理永にはまだ、
知らないことがある。
それが。
なぜか、
少し嬉しかった。




