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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第65章|『知りたい』
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(3)山へ

翌日。


さっそく理永は、

朝から由良の家へ来ていた。


手には、

小さな道具。


庭に生えた草を抜き、

伸びた枝を整える。


「……思ったより、やりがいがあるわね」


しゃがみ込んだまま、

理永が呟く。


庭は広い。


長い間、

手入れされていなかった分だけ。


やることも多かった。


「無理をするな」


少し離れたところから、

由良の声がする。


「大丈夫です」


理永は、

顔を上げて笑った。


「こういうの、好きなので」


その足元を。


「にゃ」


ミケが、

のんびり横切っていく。


「ミケ、踏まないでくださいね」


「にゃ」


「……分かってるのかな」


理永が笑う。


由良は、

そんな二人を眺めていた。


それから。


数日。


理永は、

毎日のように由良の家へ通った。


庭を少しずつ整える。


長く放置された硬い土は由良が耕してくれた。


2人は育てる場所を作り種を蒔いていく。


その合間には、

由良と花茶を飲んだ。


魔石の話をしたり。


森で見つけた花の話をしたり。


ミケが小さな害獣を追い払った、

そんな話をしたり。


特別なことは、

何もない。


けれど。


理永にとっては、

心地よい時間だった。


そして。


庭の一角に、

小さな畑ができた頃。


「……そろそろですね」


理永が、

窓の外を見ながら言った。


「何がだ?」


「山ですよ」


「山?」


「はい」


理永は、

嬉しそうに頷いた。


「食材を採りに行く約束です」


「ああ、そうだな」


由良は、

思い出したように頷く。


「明日、行きましょう」


「分かった」


――――――――――――――――――――


翌朝。


理永は、

少し早く由良の家へ向かった。


背負い籠を持っている。


中には、

採ったものを入れるための布袋。


「おはようございます」


「ああ」


由良は、

すでに準備を終えていた。


「行くか」


「はい」


二人は、

森へ入っていく。


いつもの道。


けれど。


今日は、

少し違った。


理永の周りには、

妖精も精霊もいない。


いつもなら。


気づけば近くにいる小さな気配。

木々の間を飛び回る光。

草むらから覗く小さな顔。


今日は、

姿がなかった。


「……」


理永は、

少しだけ不思議に思った。


けれど。

特に気にすることもなく、

歩き続ける。


「たしかこの辺りに、

食べられる実があるんです」


「そうか」


「少し先には、

薬草もありますよ」


理永は、

楽しそうに説明する。


由良は、

黙って聞いている。


しばらく歩くと。


木々の間から、

赤い実が見えた。


「ありました、この木です」


理永が、駆け寄る。

背伸びをして赤い実をもぎ取った。


「今年もたくさんあります」


小さな実を、

ひとつ摘む。


「食べられるのか?」


「はい」


理永は、

ひとつ口に入れる。


「……甘い」


そして。


由良を見る。


「由良も、食べてみて」


「美味しいですよ?」


由良の口に赤い実を持っていく。


由良は実を黙って咀嚼し、微笑んだ。


「ああ、美味いな」


理永が、

少し驚いた顔をする。


由良が、

微笑んだ横顔を見てドキリとした。


「……」


理永は、

少しだけ視線を逸らす。


そして。

赤い木の実を、

麻袋に入れた。


薬草を摘み。

また、しばらく歩くと。


草の根の間から、

黄色の実が見えた。


「見つけた」


理永が、

駆け寄りしゃがみこむ。


「これも食べられるベリーです」


小さな実を、

ひとつ摘む。


「今年もたくさんあります」


「そうか」


理永は、

ひとつ口に入れる。


「んーっ、酸っぱい」


そして。


由良を見る。


「由良も、食べますか?」


「いや」


「美味しいですよ?」


「昔、食べたことがある」


「……そうなんですか?」


理永が、

少し驚く。


「はい」


それ以上は、

聞かなかった。


けれど。


少し歩いたところで。


理永の足が、

止まった。


「……これは?なんの芽だろ」


木の枝先に、

小さな芽がいくつもついている。


「食べられる」


由良が、

何でもないように言った。


「これ?」


「ああ」


由良は、

枝先を指す。


「若いうちなら食べられる」


「知りませんでした……」


理永は、

興味深そうに芽を見る。


「どうやって食べるんですか?」


「茹でてからだ」


「そうなんですね」


理永は、

小さく頷いた。


そして。


少しだけ、

由良を見る。


「……由良って」


「ん?」


「本当に、いろんなことを知っていますね」


由良は、

少しだけ理永を見る。


「そうか?」


「はい」


理永は、

小さく笑った。


「私の知らないこと、まだたくさんありそうです」


「……そうだな」


理永は小さなナイフで木の芽を切り取っていた。


由良は、そんな理永の後ろ姿を見つめていた。


帰り道。


二人は、

並んで歩いていた。


理永にはまだ、

知らないことがある。


それが。


なぜか、

少し嬉しかった。





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