(3)いつもの時間
その日の午後。
理永は、
バスケットに焼きたてのミートパイを入れ、
由良の家を訪れていた。
扉を開けると、
ミケが先に出てくる。
「……こんにちは、ミケ」
足元へ寄ってきたミケを、
理永がそっと撫でる。
その奥から、
由良が姿を見せた。
「来たか」
「はい。
パイを焼いたので、おすそ分けです」
「ありがとう」
それだけ。
けれど。
理永は、
少し嬉しそうだった。
いつものように、
窓辺の椅子へ座る。
由良が、
花茶を淹れる。
淡い香りが、
部屋に広がった。
「……いい香り」
「森で採ったものだ」
「前にいただいたものと、
少し違いますね」
「今日は別の花だ」
「そうなんですね」
理永は、
一口飲む。
「……美味しいです」
由良は、
向かいの椅子に座った。
やはりなぜか、少し安心する。
以前から。
由良という存在そのものが、
どこか不思議な存在だとは思っていた。
今も、それは変わらない。
どれほど長く生きているのか。
どんなものを見てきたのか。
神聖力を持っていることも。
魔石や魔力について詳しいことも。
まだ、知らないことばかりだった。
けれど。
最近は――
知りたい、と思うようになっていた。
もっと。
由良のことを。
そう思うようになる反面、
どこまで踏み込んでいいのか。
迷いもあった。
それから。
魔石の話をしたり。
森で見つけた花の話をしたり。
ミケがどこで昼寝をしていたのか、
そんな話をしたり。
特別なことは、
何もない。
ただ。
こうしている時間が、
穏やかに過ぎた。
しばらくして。
理永が、
ふと由良を見る。
「……由良」
「ん?」
「あの……
もう一度、お願いしてもいいですか?」
由良は、
何も聞き返さなかった。
差し出された手。
理永は、
その手に自分の手を重ねる。
触れた瞬間。
温かい。
静かな力が、
ゆっくりと入ってくる。
理永は、
目を閉じた。
手から。
腕へ。
身体の中へ。
以前よりも、
その流れがはっきり分かる。
それでも。
この感覚は、
心地よかった。
理永の指が、
ほんの少しだけ由良の手を握る。
由良も、
そのまま動かない。
静かな時間が、
流れていく。
やがて。
理永が、
小さく息を吐いた。
「……落ち着きます」
「そうか」
由良の声も、
穏やかだった。
しばらくして。
理永は、
名残惜しそうに手を離した。
そして。
「……そういえば」
「?」
「そろそろ、
魔石を取りに行きたいんです」
由良が、
理永を見る。
「川上のところか?」
「はい」
以前、
魔石を見つけた場所。
川上へ向かう道。
その先にある、
崖と洞窟。
「一人で行くのは、
少し危ないと思うので……」
理永は、
少しだけ言葉を止めた。
「……一緒に来てもらえますか?」
「ああ」
返事は、
すぐだった。
「ありがとうございます」
理永は、
ほっとしたように笑った。
「では、
三日後に行きましょう」
「ああ」
窓の外では、
森の木々が揺れている。
その先には。
以前も、
二人で向かった川上。
そして――
その奥には、
崖と洞窟が待っている。




