(4)家
そして。
「……家があった方がいいか」
その日の夕方。
由良は、
街へ向かった。
向かった先は、
不動産屋だった。
「家を探している」
店員が、
少し驚いた顔をする。
「どのようなお家をご希望で?」
「森に近く、街から離れている方がいい」
「静かな場所、ということですか?」
「ああ」
店員はいくつかの物件を確認し、
やがて一枚の資料を取り出した。
「森に近い物件ですと、
こちらしかご紹介できないのですが……」
街の外れ。
森を背にするように建つ、
古い屋敷だった。
「こちらの物件ですが、
少々問題がありまして……」
「問題?」
「長い間、誰も住んでいません」
「そうか」
「それと……」
店員は、
少し言いにくそうに続けた。
「夜になると、
誰もいないはずの家から
物音がするという噂がありまして……」
「幽霊か」
「……そう呼ぶ人もいます」
由良は、
写真を眺めた。
古いが、広い。
庭もある
森にも近い。
「ここにする」
「え?」
「買おう」
店員が目を丸くする。
「ですが、内見は……」
「必要ない」
「かなり古い物件ですよ?」
「ああ」
「修繕も必要になると思いますが……」
由良は、
もう一度写真を見る。
古い屋敷。
荒れた庭。
周りには森しかない。
それでいい。
むしろ。
その方がいい。
「誰も住んでいないなら、
ちょうどいい」
由良は、
契約書に名前を書いた。
――――――――――――――――――――
その日のうちに、
由良は屋敷へ向かった。
写真で見るより、
さらに古い。
人が住まなくなってから、
何十年も経っているらしい。
庭には草木が生い茂り、
屋根や外壁もところどころ朽ちている。
屋敷の中へ入る。
外ほど酷くはない。
古い調度品も、
そのまま残されている。
誰かがここで暮らしていた痕跡。
けれど。
いくつかの部屋には、
雨漏りの跡があった。
由良は、
天井を見上げる。
「……屋根を直すか」
翌日。
由良は街へ降り、
大工と石材を扱う職人を探した。
屋根の修繕を依頼し、
必要な材料を揃える。
――――――――――――――――――――
数日後。
大工と石材を扱う職人が、
屋敷へやって来た。
屋敷を見上げた大工は、
しばらく黙っていた。
「……こりゃあ、また」
「何か問題があるか?」
「いや、問題っていうか……」
大工は、
屋敷を見回した。
「何十年も誰も住んでないんだろ?」
「ああ」
「なのに、またこんな辺鄙なところに住もうって人がいるとはなぁ」
由良は、
特に気にした様子もなく答える。
「静かな方がいい」
「そりゃあ静かだろうよ」
大工が、
苦笑する。
「街からも離れてる。
店もない。
こんな森の近くじゃ、夜なんか真っ暗だ」
「ああ」
「しかも幽霊が出るって噂まである」
「聞いている」
「……知ってて買ったのか?」
「ああ」
大工は、
少しだけ由良を見る。
「変わった人だな」
由良は、
答えなかった。
大工は、
屋敷の屋根を見上げる。
「まあ、俺たちは仕事だからな」
「頼む」
「ああ。とはいえ、屋根だけ直せばいいって感じでもなさそうだ」
大工は、
朽ちた外壁や窓を確認していく。
「長いこと放ってあったからな。
雨が入ってるところもある」
「必要なところは直してくれ」
「分かった」
大工は、
少し考えてから尋ねた。
「ところで……」
「なんだ?」
「この家、本当にあんた一人で住むのか?」
「ああ」
「……広すぎないか?」
由良は、
屋敷を見る。
確かに。
一人で暮らすには、
広すぎる。
けれど。
「問題ない」
「そうかい」
大工は、
それ以上は聞かなかった。
――――――――――――――――――――
大工たちが作業を始める。
屋根を直すため、
古くなった部分を取り除いていく。
石材を扱う職人も、
庭へ敷石を運び込んだ。
由良は、
その様子を眺めながら、
自分で庭の木々を整理していく。
伸び放題になった木を切り倒し、
使えそうなものは集めていく。
乾燥させれば、
木材として使える。
薪にもなる。
家。
今まで、
必要だと思ったことはなかった。
雨を凌ぐだけなら、
テントで十分だった。
眠るだけなら、
何の問題もない。
旅人でいる方が、
楽だった。
一つの場所に縛られることもない。
誰かに見つかることもない。
誰かを失うこともない。
――ずっと、
そうやって生きてきた。
だから。
家を持つ理由なんて、
なかった。
……はずだった。
由良は、
ふと目を閉じる。
森の中。
小さなテント。
椅子に座る理永。
手の中には、
花茶の器。
理永は、
あの場所で笑っていた。
狭いテントの中でも、
何もない場所でも。
楽しそうに、
花茶を飲んでいた。
もし。
また理永が来たら。
同じ椅子に座って、
花茶を飲むのなら。
その時くらいは――
もう少し、
ゆっくりできる場所があってもいい。
雨が降っても、
気にせずいられる場所。
寒い日でも、
暖かく過ごせる場所。
花茶を飲んで、
話をして。
帰りたいと思ったら、
いつでも帰れる。
……そんな場所が。
「…………」
由良は、
修繕の始まった屋敷を見る。
自分が住むためだけなら、
こんな家はいらない。
けれど。
理永が来る場所なら。
そう思った瞬間、
由良は少しだけ眉を寄せた。
なぜ、
そこまで考えるのか。
自分でも、
よく分からなかった。
ただ。
「……家があった方がいい」
今度は、
はっきりと思った。
由良は、
森の方へ視線を向ける。
そして。
理永の家へ向かった。
――――――――――――――――――――
「理永」
「……由良?」
突然訪ねてきた由良を見て、
理永が首を傾げる。
「どうしたんですか?」
由良は、
いつものように淡々と告げた。
「家を買った」
「…………え?」
理永は、
目を丸くした。




