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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第63章|『居場所』
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(5)浄化

屋敷の修繕が始まって、

数日。


大工たちは、

屋根の修理を進めていた。


けれど。


「……なあ」


一人の大工が、

作業の手を止めた。


「なんだ?」


「今……誰か、歩かなかったか?」


「えっ?」


「二階の方から」


大工たちは、

顔を見合わせる。


けれど。


二階には、

誰もいない。


「……気のせいじゃないか?」


「そうかなぁ……」


別の日。


作業をしていた石材職人が、

ふと振り返った。


「……誰かいるか?」


「いないぞ」


「いや……今、後ろに気配が……」


誰もいない。


「……やっぱり、何かいるんじゃないか?」


「昨夜もまた、二階から物音がした」


屋敷の中では、

時折、小さな物音がする。


床が軋む音。


誰かが歩くような音。


置いてある物の場所が変わっていた。


閉めたはずの扉が、

いつの間にか少し開いていることもあった。


「……」


由良は、

それを黙って見ていた。


大工たちは、

明らかに怯えている。


「この家……本当に大丈夫なんだろうな」


「噂だけじゃなかったんじゃ……」


「夜には絶対来たくないぞ」


そんな声まで聞こえる。


由良は、

小さく息を吐いた。


「……面倒だな」


職人たちは、

日に日に落ち着かなくなっていった。


そして――


ガタンッ。


誰も触れていない椅子が、

部屋の隅で倒れた。


「うわっ!」


「またかよ!」


ミケも、

耳を伏せ、

屋敷の中を警戒している。


由良は、

そんなミケを見た。


「……そうか」


幽霊そのものは、

怖くない。


由良には、

神聖力がある。


この程度のものなら、

問題はない。


だが。


このままでは、

修繕を頼んだ者たちが困る。


それに。


「…………」


由良は、

屋敷の入口に立ち、

中を見やった。


――理永が来るかもしれない。


ここへ来たとき。


もし、この気配を感じたら。


「……嫌がるかもしれないな」


理永は、

魔女として生き始めたばかりだ。


妖精や精霊には慣れている。


けれど。


死者の気配まで、

平気とは限らない。


そして。


「ミケも……」


いつもなら、

由良の近くへ来るはずなのに。


今日も、

屋敷の入口で立ち止まっている。


耳を動かし、

落ち着かない様子で毛を逆立てている。


睨むように、

屋敷の中を見ていた。


「……やはり、お前も嫌か」


ミケは、

返事をするように尻尾を揺らした。


けれど、

中には入ろうとしない。


由良は、

屋敷を見上げた。


「……浄化するか」



その日の夕方。


大工たちが帰ったあと。


由良は、

一人で屋敷の中へ入った。


玄関を閉める。


静かになった屋敷の中。


昼間よりも、

気配がはっきりしている。


由良には見えていた。


長い年月、

この屋敷に留まり続けている者たち。


ただそこにいるだけの者。


自分が死んだことさえ、

もう忘れてしまった者。


そして。


怯えながら、

逃げることもできずにいる者。


その奥に――


異質な気配があった。


黒く濁った何かが、

他の幽霊たちに絡みついている。


喰らっている。


長い年月をかけて、

他の魂を取り込みながら、

この屋敷に居座っていた存在。


由良は、

しばらくそれを眺めた。


「……出てこい」


悪霊が、

こちらを向いた。


次の瞬間。


屋敷中の扉が、

一斉に開いた。


バンッ!!


窓ガラスが震える。


古い家具が浮かび上がり、

廊下を埋め尽くす。


けれど。


由良は、

動かなかった。


「……騒がしいな」


その声と同時に。


手を上げる。


白い光が、

手のひらに集まった。


淡い光だった。


神聖力。


魔力や妖力とは違う、

静かで清らかな光。


「ここは、もう俺の家だ」


次の瞬間。

空気が、

わずかに揺れた。


そして。

神聖力が、

一気に膨れ上がった。


屋敷全体が、

白く染まる。


廊下を。

階段を。

部屋を。

壁を。

床を。

天井を。


すべてを包み込むように、

神聖な光が広がっていく。


窓から溢れた光が、

夜の森まで照らした。


森の木々が、

白く浮かび上がる。


悪霊が、

悲鳴を上げた。


黒い影が、

光から逃げようとする。


けれど。

逃げられない。


白い光が触れるたび、

黒い身体が崩れていく。


それでも、

悪霊は他の幽霊へ手を伸ばし。

喰らおうとする。


だが。


その手が触れるより先に、

光が悪霊を包み込んだ。


黒い影が、

大きく揺らぐ。


そして。

音もなく、

消えた。


それと同時に。


屋敷に残っていた幽霊たちへ、

柔らかな光が降り注いだ。


怯えていた者。


長い間、

この場所から離れられなかった者。


悪霊に喰われ、

逃げることさえできなかった者。


その身体から、

黒い影が少しずつ剥がれていく。


やがて。

一人。

また一人。


淡い光へと変わっていく。


苦しむ者はいなかった。


ただ。

長い眠りから、

ようやく目を覚ましたように。


どこからともなく、

小さな声が聞こえた。


――……。


由良は、

静かに目を閉じる。


「もう、ここに留まる必要はない」


幽霊たちは、

静かに由良の前を通り過ぎていく。


そして。


それぞれの場所へ向かうように、

夜の闇へ溶けていった。


由良の前を通り過ぎるとき、

一人の幽霊が、

小さく頭を下げた。


最後の一人が消えると。

光も、

少しずつ薄れていく。


やがて。


屋敷は、

静まり返った。


軋んでいた床も。

開閉していたはずの扉も。

風もないのに揺れていたカーテンも。

静かになった。


何十年も、

何かが潜んでいたとは思えないほどに。


由良は、

周囲を見回した。


「……終わったか」


それだけだった。


ミケが、

ゆっくりと屋敷の中へ入ってくる。


先ほどまで警戒していた場所を、

何事もなかったように歩いていく。


由良は、

ミケを見る。


「大丈夫そうだな」


そして。


誰もいなくなった廊下を、

もう一度見渡す。


「……これなら」


少しだけ考えて。


「理永が来ても問題ないな」


そう呟いた。


――――――――――――――――――――


本当の意味で。


誰もいない、

ただの古い屋敷になった。


翌朝。


大工たちがやって来る。


「……あれ?」


昨日まで感じていた、

妙な気配がない。


「なんか……」


大工が、

屋敷の中を見回す。


「今日は静かだな」


「そういえば……」


別の大工も、

首を傾げる。


「昨日まで、変な音がしてたのに」


「気のせいだったのか?」


「……まあ、いいか」


大工たちは、

何事もなかったように作業へ戻っていった。


少し離れたところでは。


ミケが、

いつものように木陰で丸くなっている。


もう、

落ち着かない様子はない。


由良は、

そんなミケを見ていた。




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