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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第63章|『居場所』
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(3)由良の暮らし

数日後。


理永は、

由良のテントを訪れていた。


森の中。


木々の間を抜けた先に、

小さなテントが張られている。


「……ここ?」


「ああ」


理永は、

テントを眺めた。


思っていたよりも、

ずっと小さい。


そして――


何もない。


「…………」


入り口から中を覗いてみる。


寝るための場所。


小さな荷物。


それくらいだった。


「……本当に、何もないんですね」


「必要なものはある」


「これで?」


「ああ」


由良は、

何でもないように答えた。


理永は、

少しだけ首を傾げた。


けれど。


「まぁ……由良らしいのかもしれませんね」


そう言って笑った。


「座るところくらいはある」


由良が、

テントの外に置いてある簡素な椅子を示す。


理永が腰を下ろすと、


「少し待っていろ」


由良は、

森の奥へ歩いていった。


しばらくして。


戻ってきた由良の手には、

小さな器があった。


中には、

淡い色の花が浮かんでいる。


「……花?」


「ああ」


理永の前に置かれた。


ふわりと、

花の香りが広がる。


「いい匂い……」


「飲め」


促されるまま、一口。


理永は、

目を丸くした。


「……甘い」


もう一口。


花の香りが、

口の中に広がる。


けれど、

しつこくない。


「……これ、何ですか?」


「森に咲いている花でいれた茶だ」


「花茶……?」


「花の蜜も少し入れた」


理永は、

もう一度飲んだ。


「…凄く…美味しい」


思わず、

顔がほころぶ。


「こんなに美味しい花茶、初めてです」


由良は、

小さく笑った。


「そうか」


理永は、

しばらく花茶を飲んでいた。


森の音。


風に揺れる木々。


いつもの妖精たちは、姿を見せず。

遠く離れたところから二人を眺めていた。


穏やかな時間だった。


「……由良は」


理永が、

ふと思ったように口を開く。


「ずっと、こうやって暮らしてきたんですか?」


「ああ」


「旅をしながら?」


「そうだな」


「どうして、旅人になったんですか?」


何気ない問いだった。


由良は、

花茶の器を見つめた。


「……幼い頃に、両親を殺された」


淡々とした声だった。


「それから、命を狙われていた」


「…………」


理永の手が止まる。


由良は、

そのまま続けた。


「だから、隠れていた」


「……」


「一つの場所に留まれば、見つかる」


それだけ。


まるで、

遠い昔の出来事を話すように。


けれど。


理永には、

それが簡単な話には聞こえなかった。


幼い頃。


両親を失って。


一人で。


逃げて。


それでも、生きてきた。


「……そう、だったんですね」


それ以上の言葉が、

出てこなかった。


何を聞けばいいのかも、

分からない。


理永は、

手の中の花茶を見つめた。


さっきまで、

あんなに美味しいと思っていたのに。


今は、

胸の奥が少し苦しい。


由良は、

そんな理永を見ていた。


「……」


理永は、

しばらく黙っていた。


やがて。


「今日は……ありがとうございました」


器を置く。


「もう帰りますね」


「ああ」


立ち上がった理永は、

一度だけ振り返った。


「花茶……美味しかったです」


「そうか」


それだけ。


理永は、

森の中へ戻っていった。


一人残った由良は、

小さく息を吐いた。


静かな森。


いつものテント。


けれど。


「…………」


由良は、

何もないテントの中を見た。


理永が座っていた椅子。


飲み終えた花茶の器。


そして――


「……やはり、テントでは狭かったか」


由良は、 理永が座っていた椅子を見る。


それから。


「……家があった方がいいか」


ぽつりと呟いた。


その日の夕方。


由良は、 街へ向かって歩き始めた。





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