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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第62章|『可能性』
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(8)日常

文通は、それからも続いていた。


魔石の話ばかりではない。


今日は何を食べたとか。

森で変わった花を見つけたとか。


ミケがどこからか部屋へ入り込んで、ベッドで昼寝をしていったとか。


そんな、

他愛のないことばかり。


けれど。

理永にとっては、

それが少し楽しかった。


誰かに話すほどでもないことを、

誰かに書く。


そして。

数日後には、

返事が届く。


それだけのことが、

なんだか新鮮だった。




ある日。


理永は、

いつものように紙を広げて。


少し考えて筆を走らせる。


――今度、お茶でも飲みに来ませんか?


書いたところで、

少し手が止まった。


「……これでいいかしら」


一度読み返して。


その下に、

もう一言だけ付け足した。


――お茶と、お菓子があります。


「うん」


今度は、

満足そうに頷いた。


紙を折りたたむ。


いつものように、

ミケの首へ結んだ。


「お願いね」


ミケは、

いつものように歩き出した。


けれど。

その日のミケは、

いつもより少しだけご機嫌で元気だった。


森を歩き。

草むらを抜け。

川沿いを歩いた。


そして――


水たまりを、

ひょいと飛び越えた。


……はずだった。


『ぼちゃっ』


足が、

少しだけ水に入った。


首に結ばれた紙も、

その拍子に泥水を跳ねかぶる。


ミケは、

濡れた足を一度だけ振ると。

それ以上は気にすることなく、そのまま歩いていった。


由良のもとへ着いた頃には。


紙はすっかり湿っていた。


「……ミケ?」


由良は、

首元の紙を外す。


いつものように開いてみる。


けれど。


「……」


文字が、

滲んでいた。


ところどころ、

読めない。


「……これは何が書いてあるんだ?」


ミケは、

何でもない顔で毛づくろいをしている。


由良は紙を持ち上げ、

光に透かしてみる。


残っている文字を、

ひとつずつ追っていく。


――今度……


そこまでは読めた。


――お茶……


「……お茶?」


その先は、

ほとんど滲んでいた。


由良は、

少し困ったように眉を寄せる。


「……これは、困ったな」


ミケが、

小さく鳴いた。


「お前のせいじゃない」


そう言ってミケを人撫でした。


由良は、

濡れた紙をそっと乾かす。


けれど。


完全には、

元に戻らなかった。




その頃。


理永は、

返事を待っていた。


いつものように、

お茶を淹れながら。


「……まだかしら」


窓の外を見る。


ミケの姿はない。


「今日は遅いのね」


そう呟いて。


理永は、

もう一度お茶を口にした。


その翌日。

森の中。


理永の家の近くで、

足音が止まった。


「……?」


窓辺にいた理永が、

顔を上げる。


聞き覚えのある声。


「にゃあ」


振り返る。


そこには、

ミケと由良が立っていた。


「……あっ」


理永は、

1人と1匹を迎え入れる。


「?」


由良は、

手に持っていた紙を見せた。


「これを受け取ったんだが」


理永が近づく。


そして。

湿って、

文字が滲んだ紙を見る。


「……あ」


思わず、

目を丸くした。


「ミケ……」


ミケは、

何も知らない顔で座っている。


理永は、

少しだけ困ったように笑った。


「……読めなくなってしまったのね」


「その……悪かった」


由良も、

小さく笑う。


「それで」


紙を持ったまま、

理永を見る。


「何を書いた?」


理永は、

少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。


「……お茶に誘ったの」


「そうか」


由良は、

静かに頷く。


そして。


「なら――」


ほんの少しだけ、

口元を緩めた。


「せっかくだ。いただこうか」


「……ええ」


理永も、

小さく笑った。


こうして。


一通の手紙が、

思いがけず。


二人の距離を、

少しだけ近づけた。




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