(8)日常
文通は、それからも続いていた。
魔石の話ばかりではない。
今日は何を食べたとか。
森で変わった花を見つけたとか。
ミケがどこからか部屋へ入り込んで、ベッドで昼寝をしていったとか。
そんな、
他愛のないことばかり。
けれど。
理永にとっては、
それが少し楽しかった。
誰かに話すほどでもないことを、
誰かに書く。
そして。
数日後には、
返事が届く。
それだけのことが、
なんだか新鮮だった。
ある日。
理永は、
いつものように紙を広げて。
少し考えて筆を走らせる。
――今度、お茶でも飲みに来ませんか?
書いたところで、
少し手が止まった。
「……これでいいかしら」
一度読み返して。
その下に、
もう一言だけ付け足した。
――お茶と、お菓子があります。
「うん」
今度は、
満足そうに頷いた。
紙を折りたたむ。
いつものように、
ミケの首へ結んだ。
「お願いね」
ミケは、
いつものように歩き出した。
けれど。
その日のミケは、
いつもより少しだけご機嫌で元気だった。
森を歩き。
草むらを抜け。
川沿いを歩いた。
そして――
水たまりを、
ひょいと飛び越えた。
……はずだった。
『ぼちゃっ』
足が、
少しだけ水に入った。
首に結ばれた紙も、
その拍子に泥水を跳ねかぶる。
ミケは、
濡れた足を一度だけ振ると。
それ以上は気にすることなく、そのまま歩いていった。
由良のもとへ着いた頃には。
紙はすっかり湿っていた。
「……ミケ?」
由良は、
首元の紙を外す。
いつものように開いてみる。
けれど。
「……」
文字が、
滲んでいた。
ところどころ、
読めない。
「……これは何が書いてあるんだ?」
ミケは、
何でもない顔で毛づくろいをしている。
由良は紙を持ち上げ、
光に透かしてみる。
残っている文字を、
ひとつずつ追っていく。
――今度……
そこまでは読めた。
――お茶……
「……お茶?」
その先は、
ほとんど滲んでいた。
由良は、
少し困ったように眉を寄せる。
「……これは、困ったな」
ミケが、
小さく鳴いた。
「お前のせいじゃない」
そう言ってミケを人撫でした。
由良は、
濡れた紙をそっと乾かす。
けれど。
完全には、
元に戻らなかった。
その頃。
理永は、
返事を待っていた。
いつものように、
お茶を淹れながら。
「……まだかしら」
窓の外を見る。
ミケの姿はない。
「今日は遅いのね」
そう呟いて。
理永は、
もう一度お茶を口にした。
その翌日。
森の中。
理永の家の近くで、
足音が止まった。
「……?」
窓辺にいた理永が、
顔を上げる。
聞き覚えのある声。
「にゃあ」
振り返る。
そこには、
ミケと由良が立っていた。
「……あっ」
理永は、
1人と1匹を迎え入れる。
「?」
由良は、
手に持っていた紙を見せた。
「これを受け取ったんだが」
理永が近づく。
そして。
湿って、
文字が滲んだ紙を見る。
「……あ」
思わず、
目を丸くした。
「ミケ……」
ミケは、
何も知らない顔で座っている。
理永は、
少しだけ困ったように笑った。
「……読めなくなってしまったのね」
「その……悪かった」
由良も、
小さく笑う。
「それで」
紙を持ったまま、
理永を見る。
「何を書いた?」
理永は、
少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。
「……お茶に誘ったの」
「そうか」
由良は、
静かに頷く。
そして。
「なら――」
ほんの少しだけ、
口元を緩めた。
「せっかくだ。いただこうか」
「……ええ」
理永も、
小さく笑った。
こうして。
一通の手紙が、
思いがけず。
二人の距離を、
少しだけ近づけた。




