(7)名もなき石
その日の夕方。
理永は、いつものように家へ戻ってきた。
籠の中には。
採ってきた薬草と、魚。
そして――
今日、初めて持ち帰った少し大きな石が入っている。
「……きれい」
家の中へ入り。
籠を置く。
小さな石をひとつ取り出し、窓辺へ持っていく。
夕暮れの光にかざすと。
淡い光が、石の中で揺れた。
「……やっぱり、光ってる」
これまで川で拾ってきた石も。
同じように、ほんのりと光っていた。
けれど。
今日見つけた石は。
少しだけ違う。
色が濃く。
形も大きい。
何より。
あの洞窟の岩壁に。
同じような石が、たくさん埋まっていた。
「……あれは、なんだったんだろう」
理永は首を傾げた。
しばらく石を眺めていたが。
ふと。
エルドが残していった本のことを思い出した。
「……本に、書いてあるかな」
家の隅。
使われなくなった棚に。
何冊かの古い本が並んでいる。
エルドが置いていったものだ。
料理や薬草。
森で生きるための知識。
その中には。
理永が今まで開いたことのない本もあった。
背表紙に積もった埃を。
指でそっと払う。
「……これ」
一冊を取り出した。
少し重い。
机の上へ置き。
ゆっくりとページをめくっていく。
文字を追う。
鉱石。
宝石。
金属。
自然の中で生まれる、様々な石について。
理永は知らない言葉が出てくるたびに。
ゆっくり読み進めていった。
そして。
あるページで。
指が止まった。
「……魔力石?」
そこには。
長い年月をかけて。
自然界に存在する魔力を吸収し、内部に蓄える性質を持つ石について書かれていた。
自然の中で生まれるもの。
鉱石とは違う。
宝石とも違う。
魔力を多く含むものは。
淡い光を帯びることもあるという。
理永は。
手元の石を見る。
それから。
もう一度、本を見る。
「……これ、なのかな」
小さな石を。
そっと本の上へ置く。
地の精霊は答えない。
ただ。
石の周りを、嬉しそうに回っている。
理永は少し考えた。
「……これ、魔力石なのかな」
理永は少し考えて。
「……そっか」
小さく笑った。
「これ、魔力石なんだ」
初めて知った。
今まで。
ただ綺麗だから拾っていた石。
川を流れてくるたびに。
瓶へ入れて、大切に集めていた石。
それには。
ちゃんと名前があった。
「魔力石……」
声に出してみる。
不思議な響きだった。
理永はもう一度、石を手に取る。
淡い光が。
指先の向こうで揺れている。
けれど。
それ以上は。
まだ分からない。
魔力とは何なのか。
どうすれば使えるのか。
魔力石に何ができるのか。
本には書かれていても。
理永自身には、まだ知識が足りなかった。
魔法を教えてくれる人もいない。
だから。
今は。
「……きれい」
それだけ。
理永は石を小さな瓶へ入れた。
これまで集めた石の隣へ。
そっと並べる。
ひとつ。
また、ひとつ。
窓から差し込む夕暮れの光の中で。
小さな瓶の中の石たちが。
淡く輝いていた。
その夜。
理永は眠る前に。
もう一度だけ、その瓶を眺めた。
「……また、見つけられるかな」
答えるように。
窓の外で。
宝石の妖精が、きらりと光った。
理永は、それを見て微笑む。
「……また行こうね」
妖精は。
ただ嬉しそうに、くるくると舞った。
それから。
理永は知らないまま。
少しずつ。
石のことを調べるようになっていった。
――魔力石。
それは。
この小さな魔女が。
初めて自分から興味を持った、不思議なものだった。




