↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第60章|『転生』
365/387

(8)旅人

森の奥。

川の上流へ向かう道は、木々が生い茂り少しずつ険しくなっていた。


理永は、小さな籠を抱えて歩いている。


中には、これまでに拾った魔力石がいくつかと採取したての薬草が入っていた。


丸く、小さなその石は。

光にかざすと、淡く輝く。


「……今日は、あるかな」


いつものように川へ魚の罠を見に来た。


最近では、そのついでに。

川辺の石を拾うことも増えていた。


けれど今日は、少しだけ足を伸ばしていた。


宝石の妖精が、先ほどから理永の前を飛んでいる。

時々、振り返り。


まるで――

こちらへ来て、と言うように。


「……こっち?」


妖精が嬉しそうに舞った。


理永も、その後を追う。


川から離れ、岩場へ。


その先には、大きな岩壁があった。


「…うわぁ…すごい」


見上げる。


岩壁には、細かな鉱脈が走っている。

ところどころに、淡い光が見えた。


理永が近づこうとした、その時。


――パキッ。


小さな音。


どこかで、岩の割れる音がした。


理永が足を止める。


「……?」



顔を上げる。


音は、少し先の岩壁から聞こえた。

そして、足元の石が崩れた。


「……え?」


身体が傾く。

同時に。

上から、大きな岩が落ちてきた。


「――っ」


避ける暇などなかった。


その瞬間――。


誰かの腕が、理永の身体を強く引いた。


「理永ーーっ!」


抱きかかえられ身体が地面へ転がる。


直後。

――ドォンッ。


大きな岩が、さっきまで理永がいた場所へ落ちた。


土煙が舞う。


「…………」


理永は目を見開いた。


何が起きたのか分からない。


ただ。

自分の身体が、誰かに抱き寄せられている。


「……怪我は?」


低い声。


理永はゆっくり顔を上げた。

そこにいたのは、一人の男だった。


長い時を生きてきたことを感じさせるかの様な、静かで落ち着いた佇まい。


けれど、人間の街から来た旅人に見える。


「……だ、大丈夫です」


理永は身体を起こす。

男も手を離した。


「無事で良かった」


短い返事。


理永は、落ちた岩を見る。


それから、男を見る。


「……助けてくれたんですね」


「ああ」


「ありがとうございますっ」


ぺこり。

小さな身体で、理永は頭を下げた。


男は何も言わない。


ただ。

目の前にいる少女を見つめていた。


アメジスト色の髪。

穏やかな瞳。

小さな身体。


――知っている。


ずっと。

探し続けていた。


何度も。

見つけて。


そして。

何度も、失った。


けれど。

それを、この少女は知らない。


今の少女には。

過去も。

前世も。

自分自身のことさえ、何も知らないのだから。


男は静かに息を吐いた。


「……危ないから一人で、こんなところまで来るな」


「いつも来てるから、大丈夫です」


「そういう問題じゃない」


「……?」


理永は首を傾げた。


男は少しだけ視線を逸らす。


「……気をつけろ」


「はい」


素直に頷く。


その時。


ガサッ。

茂みが揺れた。


一匹の三毛猫が姿を現す。


「……ネコ?」


理永の顔が少し明るくなる。


三毛猫は、理永をちらりと見た。


そして。

何事もなかったように、男の足元へ歩いていく。


「……また来たの?」


理永がしゃがみ込む。


手を伸ばす。


けれど。

三毛猫は理永の手をすり抜けると、そのまま男の後ろへ回った。


「……?」


理永が首を傾げる。


男は三毛猫を見下ろした。


「行くぞ」


「にゃ」


三毛猫が鳴く。


それだけだった。


男は歩き出す。


三毛猫も当然のようについていく。


理永は、その背中を見送った。


「……ネコも帰るの?」


男は振り返らない。


ただ。

その声だけが、静かに返ってきた。


「……うちの猫だ」


理永は小さく笑った。


「そうなんですね」


それ以上は聞かなかった。


男と猫の姿が、木々の向こうへ消えていく。


理永はしばらくその方向を見ていた。


そして。


「……私も、今日はもう帰ろ」


籠を持ち直す。


さっきまでの出来事を、もう気にしていない。


助けてもらった。


何となく不思議な人だと思った。


それだけ。


理永にとっては、それだけの出来事だった。


――――――――――――――――――――


森を歩きながら。


由良は、何も言わなかった。


隣にはミケがいる。


いつものように。

何百年も変わらない距離で。


由良は、ふと足を止めた。


木々の隙間から、先ほどの少女がいた場所を見る。


「…………」


あの子は。

また、生きている。

それだけでよかった。


千年近く。

探し続けてきた。


何度も、その生を見届けた。

何度も、その終わりを見た。


そしてまた。

こうして生まれている。


それでも。

今は、まだ。

何も知らなくていい。


由良は視線を戻した。


ミケが先を歩いている。


「……お前は、いつまでついてくるつもりだ」


「にゃ」


「……そうか」


返事になっていない。

けれど。

由良は、それ以上何も言わなかった。


ただ。

長い旅の続きを歩き始める。


その背中を。

一匹の三毛猫が、いつものようについていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。